1578 飛び越えたのは覆面男の方だった
ウルメがすり足で覆面男に近付いていく。
張り手の間合いに入った瞬間。
「しっ!」
気合いの乗った短い掛け声と共に右の張り手を繰り出すウルメ。
だが、それは途中で止まる。
フェイントだ。
そこから低い姿勢へと腰を落とし込む
「本命はフェイントからの組付きだったのかっ」
トモさんが外連味を感じさせる驚きを演じながら言った。
まあ、そういうことだ。
右手を囮にしたようなものである。
組み付いてしまえば右腕を掴まれても投げられないだろうという読みもあると思う。
とにかく、これくらいはしないとダメだというウルメなりの結論なのは間違いない。
即席の策にしては技の流れがスムーズだった。
悪くないと言えるだろう。
相手が他の者であったなら……
組み付こうとした瞬間、覆面男の姿が揺らいでそして消えた。
「なっ!?」
ウルメが驚愕の声を発したのも無理はない。
一瞬で覆面男が目の前から姿を消したのだ。
が、動転している場合ではない。
場外が目前に迫っていた。
「くっ!」
踏み込んだ足でどうにか踏ん張り場外落ちを回避。
あのまま落ちていたらウルメ本人はかなりの屈辱を感じていただろう。
だが、覆面男が視界から消えた現状でそんなことを気にしている場合ではなかった。
目の前にはいない。
ならば、それ以外だ。
もっとも考えられるのは背後である。
舞台は円形であるが故に横への回避は考えにくい。
わずかではあるが斜め前に出る必要があるからな。
まあ、ウルメはそこまで考えてはいまい。
直感的に後ろだと思ったはずだ。
踏み込みの反動を利用して即座に振り返ったくらいだし。
ちょうど覆面男が舞台の床に着地するところであった。
爪先から降り立つ覆面男。
大したことのない段差から飛び降りましたと言わんばかりの軽い着地音。
着地の衝撃を逃がすべく、しゃがみ込んだりもしていない。
間合いは広めに取っているというのに。
ウルメにとっては衝撃的な出来事であったはずだ。
「─────っ!?」
真上に飛び上がって回避したのは想像がつく。
それでいて、この間合い。
どう考えても高く跳んだに違いないとウルメは考えたようだ。
それ以外に距離をこれだけ取る方法がない、とね。
ウルメの困惑した顔がそう推測したことを物語っている。
実は違うのだけれど。
「肩に触れていたことを気付かせないとはね」
トモさんが素で感心していた。
「指先だけだからなぁ」
レベル差もあるようだし瞬時のことだと認識しづらかったのかもしれない。
何回か同じことを繰り返せば、さすがにウルメも気付くだろう。
だが、現状では衝撃を受けて凍り付いてしまっている。
いま攻め込まれれば為す術なく試合終了だ。
背後は場外。
相手は格上。
逃げ場はないも同然である。
唯一の活路は前に出ることだけだろう。
だが、動けない。
またしても膠着状態へと陥っていた。
「壁が高いわねえ」
アンネがウルメに対して同情の視線を向けている。
「先に飛び越えられちゃったし」
ベリーが妙なコメントをした。
「ウルメはんは壁かいな」
アニスがすかさずツッコミを入れたことで気が付いた。
ウルメを物理的な壁に見立てていた訳か。
まあ、覆面男は跳躍して回避した訳だけど。
「誰が上手いことを言えと」
トモさんが追従している。
「バカなことを言ってる場合じゃないでしょ」
呆れたように嘆息するマイカ。
「ガーン」
口で言いながらショックを受けた顔をするトモさん。
こういうわざとらしいことをする時は芝居っ気がタップリなのはお約束である。
「ちょっと、喧嘩売ってる?」
「滅相もない」
トモさんはブルブルと頭を振った。
その割りには楽しそうだけどな。
お約束的なやり取りができて満足したようだ。
「まったく、もう……」
マイカもそれに気付いたらしい。
「とにかく、あのままだと何もできずに負けちゃうわよ」
「でも、私達には何もできないよね」
ミズキが正論を言った。
戦っているのはウルメ自身である。
武王大祭の舞台に上がってしまえば、そこは1対1の勝負の場だ。
戦争における戦場とは違って加勢することなどできない。
舞台に上がろうとすれば衛兵の出動案件となってしまう。
まあ、そんなつもりは毛頭ないけどな。
「応援くらいはしましょうよ」
クスクスと笑いながらエリスが言った。
「あっ」
何もできない訳ではないことに気付かされて思わず声を上げるミズキ。
微妙に赤面しているのは恥ずかしいからだな。
「そうだったわね」
マイカも納得している。
というよりミズキに哀れむような視線を向けていた。
気付いていたと言いたいのだろう。
いつもなら逆の立場なんだが。
そのせいか微妙に違和感がある。
「とりあえず、声援のひとつも送った方がいいんじゃないか」
ツッコミを入れるとこじれそうなのでスルーした。
マイカが荒ぶると面倒くさいことになりかねないからな。
その間にウルメが立ち直って試合を進めたりされると勿体ない。
まあ、簡単に復帰できそうには見えないのだけど。
覆面男の回避を勝手に過大評価してショックを受けているし。
何か切っ掛けがほしいところである。
「「「「「さんせー!」」」」」
子供組とマリカがシュバッと手を挙げて同意する。
「それでは行くニャ!」
さっそくミーニャが仕切り始める。
まあ、目を向けているのは幼女たちだけなんだが。
「「「「「オッケー」」」」」
皆もそれが分かっているので、他の面子が返事をしたりはしない。
微笑ましげに見守る感じである。
「さん、はいニャ」
ミーニャが手を振りながら合図を出した。
指揮者さながらの手振りというか、体の動かしっぷりである。
「「「「「ウルメ~、頑張れぇーっ!」」」」」
子供の声援というものは周囲を和ませつつ、やる気にさせる何かがあるよな。
ウルメもそれは実感していると思う。
幼女たちの声援にビクッと身を震わせていたからね。
「このままだと何にもできずに終わってしまうわよ!」
「舐められっぱなしで良いのか!?」
カーラやツバキも続いている。
他のミズホ組も各々の言葉でウルメに声援を送り始めた。
「今のままだとヘタレで終わっちゃうわよ!」
中にはレイナのように手厳しい声もあった。
相手を見て言っているとは思うけどね。
でないと繊細な者なら余計に畏縮しかねない訳だし。
幸いにしてウルメは発奮するタイプだったようだ。
再び四股を踏むようなことはなかったが、拳を床について力を溜め込み突進した。
だが、今度は組み付きに行かない。
怒濤の張り手ラッシュだ。
某格ゲーのキャラのように片手で残像を残すほどの張り手を繰り出す。
ただ、それで当たるなら苦労はしない。
ウルメもそれは承知の上だ。
パターンを変えないと先読みされて詰むからな。
上半身の動きだけで躱す覆面男。
「ふむ、下がらんか」
「ハルト様?」
俺の呟きを耳にしたカーラが声を掛けてきた。
「俺の読みだと、覆面男は間合いを取ってくると思ったんだが」
舞台の縁までウルメが追い続けた時の再現である。
「同じでは観客受けが悪いと考えたのではないでしょうか?」
「確かにそれはあるか」
ワンパターンはこういう試合では嫌われるからな。
何か隠し球があれば話は別だが。
それもよほどのものでないと観客は納得しないだろう。
覆面男がネタ切れするとは思えないのだけれど。
より観客受けする手段を用意しているというのか。
何か、しっくりこない。
それなら単に面倒くさがって今の位置から離れたがらないと考えた方がマシである。
舞台の端で攻防が繰り広げられる方が観客もハラハラドキドキを楽しめるしな。
「そうか、そういうことか」
「どういうことでしょうか?」
「おそらくだが予定外なんだ」
「えっ?」
「本来なら覆面男は舞台の端での攻防をしたかったんだよ」
「はあ」
今ひとつ理解しかねるという顔をするカーラ。
「奴は跳びすぎたんだ」
読んでくれてありがとう。




