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1576 相撲にならない

 当たって砕けよという言葉がある。


 成否にかかわらず実行してみろという意味だったはずだ。

 思い切りの良さを求めている訳だが今日のウルメに欠けているものだろう。

 考えなしに突進するのは脳筋のすることではあるがね。


 無策で突進しても、ここまで実力差があると自爆するのに等しい。

 大義を持たず名誉なども眼中にないウルメでは玉砕にさえならない。


 それが故にウルメは一矢報いたいと願っていた。

 頭の中であらゆるシミュレーションを繰り返しても、それすら達成できそうにない。


 だが、破れかぶれになるのも何か違う。

 故に葛藤があった。


 勝利を渇望してのことではない。

 何としても、この勝負で価値ある何かを掴みたい。

 ウルメの中にあるのはそれだけだった。


 しかしながら、その思いが強すぎたのである。

 それこそが動けなかった原因であった。


 まあ、これは後に本人から聞いた話なのだが。


 とにかく強く思うが故に金縛りに近い状態にあったのは事実だ。

 そこを覆面男が間合いに踏み込んでくることで思い切らざるを得なくなってしまった。


 新たに策を思いつく余裕などありはしない。

 できることは己の中にあるすべてを絞り出すことだけだ。


 このままでは相手が先に踏み込んでくるだろう。

 先手を打たれては、どうにもならない。


 カエデの技を見ただけでコピーできてしまうような相手だ。

 技の引き出しはウルメが想像する以上だろう。


 いくつかは対応できるかもしれない。

 が、それは一部に限られるはずだ。


 少なくとも胸に触れただけで相手をギブアップさせる技は防げない。

 なにかしら対応策はあるのかもしれないが。

 現状でそれを考える時間はない。


 今日、舞台の上に立つまで考えても出なかった答えだ。

 どうしようもあるまい。


 仮に思いついたとしても、そう簡単に実行できるものではないだろう。

 技を身につけるまでの時間がないのも同様なのだ。

 ないない尽くしである。


 それに覆面男の技はそれだけではないはず。

 下手をすればカエデよりもずっと多いだろう。


 そのすべてに反応して対処するなど現実的とは言い難い。

 もっと端的に言うなら不可能だ。


 薄かった勝ち目が消え去ってしまいかねない。

 それでは意味がないのだ。


 何のために武王大祭に出場したのか。

 目の前にいるような強者と戦うためだ。

 少しでも多く何かを得ようなどと欲を出したが故に自分を見失ってしまうところだった。


 ウルメもようやく覚悟を決める。


 小細工はなしだ。

 にわか仕込みが通用するような相手ではない。


 ならば短い期間とはいえ特訓で身につけた技を信じて全力を尽くすのみ。

 ウルメは目の前の相手をより強く睨みすえた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ウルメの目の色が変わった。


「ようやく覚悟を決めたか」


 思わず嘆息してしまった。

 そこそこ焦らされたからな。


「目の色が変わりましたね」


 カーラが応じる。

 それを小耳に挟んだツバイクがより真剣な表情で舞台の方を見る。


「えっ!?」


 ツバイクが驚きの声を上げた。

 ウルメが見たこともない動きを始めたからだ。


 腰を落とし両脚をやや広げた状態で片脚を横に上げる。

 そして踏み込むように脚を振り下ろした。

 反対側も同じように振り上げて踏み込む。


 会場もざわつきはしないものの、困惑した空気が流れ始める。


「四股、踏んじゃったね」


 トモさんが笑う。


「何処かで聞いた台詞のような気がするんだけど」


 マイカが首を傾げつつもツッコミを入れる。


「何かのネタじゃないかな?」


 ミズキが苦笑しながら言った。


「ま、気にしてもしょうがないか」


「そうだね。

 それよりも試合だよ。

 四股を踏んだってことは……」


 ウルメが気合いを入れ直したってところか。

 相撲スタイルで行くという予告でもある。


 まあ、それが通じる相手は限られているんだが。

 そのせいで会場中を困惑させているんだけどな。


 ウルメが拳を床についた。


「「「「「はっけよぉーい!」」」」」


 子供組とマリカが威勢良く掛け声をかける。


「しっ!!」


 短く鋭い掛け声を発したウルメが飛び出す。

 一気に距離を詰め……


「「「「「のこってなーい」」」」」


 子供組たちが言ったように相撲は始まらなかった。

 覆面男がウルメとほぼ同時にバックステップしたからだ。


 間合いはそのまま。

 組み付けなければ相撲にはならない。


 張り手に持ち込むこともできないしな。

 あれはパンチよりも間合いが深めだし。


 ウルメも無理には追わなかった。

 こう距離を取られると、迂闊に手を出すのは危険だ。


 覆面男はカエデの技を見てコピーできるからな。

 投げ技も使えると見ていいだろう。


 下手に手を伸ばすと腕を取られて投げられかねない。

 現状では場外を気にする距離ではないが別の手はあるので油断はできないのだ。


 床に落とすように投げてダメージを深くする。

 あるいは胸に触れる技を投げの途中で入れる。


 前者はダメージを予測した投げをどれだけの精度で実行できるか。

 後者は投げの最中に高度な技を差し挟む余裕があるのか。


 スピードも要求されるだろう。

 無理な体勢になることも考えられる。


 それらをどうするのかできないのか。

 覆面男の実力を見極める上では後者の方が面白いことになりそうだ。


 結局のところ、覆面男は引いただけで攻防はなかったのだけれど。


「手の内を伏せましたね」


 カーラが言った。

 もちろん覆面男のことを言っている。


 ウルメを誘い出すために前に出たものの自分の手は簡単には見せない。

 なかなか慎重な男である。


「引けば押し、押せば引くか」


 つまらないと言いたげにフンと鼻を鳴らすツバキ。


「そう言うでない」


 それを見て苦笑するシヅカ。


「動き始めてすぐに終わらせては味気ないじゃろ?」


「それもまた勝負だと思うが?」


「一般の観客にとっては面白くも何ともなかろう?」


 疑問を疑問で返す2人。

 そんな応酬の何処が楽しいのか。

 それでもツバキがニヤリと笑う。


「まあ、それは否定しない」


 そう言ってシヅカへ視線を向けると、同じような表情で応じてきた。


「2人とも、それくらいにした方がいいですよ」


 呆れたような顔でカーラが割って入った。


「「む?」」


 同時に怪訝な表情をしてカーラを見る2人。

 会話をしている間にシンクロしてしまったらしい。


「舞台の上を見れば分かります」


 促されて2人はウルメたちが戦っている方へと視線を向けた。


「「おおっ」」


 会話をしている間にウルメが覆面男を押し込んでいたのだ。


 とはいえ組み付けた訳ではない。

 両者の距離は少しも縮まってはいなかったからな。


 変わったのはウルメと覆面男の舞台上での位置だ。

 ウルメが突進すると覆面男が引く。

 これを繰り返していた。


 1回の距離は大したことがないとはいえ、繰り返せばそこそこになる。

 塵も積もれば山となるってやつだな。

 覆面男も真っ直ぐ後ろに下がるだけなので場外へ向かって一直線状態だった。


「後ろを見てないわね」


「油断しすぎじゃない?」


 ABコンビがそんなことを言い始めた。


「これは番狂わせがあるかもしれない」


「だとしたらドジすぎない?」


「そこは自己責任でしょうよ」


「そうだけどさぁ……」


「何よ?」


「周りの観客が受け入れがたいんじゃない?」


「あー、それね……」


 ABコンビが周囲の観客の反応を心配したあたりで──


「「「「「「わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」


 観客席が一気に沸き上がった。

 覆面男が舞台の端まで追い詰められたからだろう。


 さすがに黙っていられなくなったか。

 つまらないことで場外負けなんて見たくはないもんな。


 だが、実は余計な御世話だったりする。

 実は、覆面男は残りの距離を把握していた。


 舞台が正円だからだ。

 後ろを見ずとも前から得られる視覚情報で現在位置は分かる。


 目測を誤ることは充分に考えられたけれど。

 ただ、覆面男がそういうヘマをしないであろうことも分かっていた。


 バックステップの距離を調整していたからな。

 パッと見は同じ距離だけ退いているように見えてしまう程度の差でしかなかったが。


 芸の細かい男である。

 この調子では追い詰められたとは考えない方が良さそうだ。


読んでくれてありがとう。

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