1573 滑る男は投げ技の夢を見るか
カエデも空気を読むものだ。
対戦相手の退屈なスライディングアタックに付き合っている。
お陰で均衡したように見える対戦状況であるが、実際はそうではない。
相手が同じ攻撃を繰り返したことでカエデの回避は作業的になっていた。
素人目にはそういう風には見えないだろうがな。
故に大半の観客は未だに盛り上がっている。
「やるじゃねえか」
「あの姉ちゃんに投げさせないとかスゲえぞ」
「どうせなら、ガンガン当てろよー」
「そりゃ無理だ。
わずかな隙でも投げられちまうぞ」
「そうだぞ!
焦るなよぉっ」
などという声援が意外に多い。
カエデはこの盛り上がりを早々に消すのは良くないと考えたようだ。
ぼっちで生きてきたが故に集団心理の怖さを理解しているのかもしれない。
だとすれば、もう少し盛り上げておいて充分に暖まったら終わらせにかかるはずである。
カエデの頭の中ではスライディングアタック対策も組み上がっているはずだ。
まあ、言うほど緻密なものでもないだろう。
こういう感じで投げて終わらせようみたいな漠然としたものだと思われる。
一応は相手もフェイントを入れたりパターンを変えたりしているからな。
その程度では一度カエデが反撃に転じれば、どうしようもなくなるのだけど。
「カエデさん、随分と退屈そうですね~」
ダニエラがケラケラと笑いながら言った。
笑うだけでゆさゆさ揺れるとか反則である。
【天眼・遠見】スキルで目の保養をしておく。
これがないとチラ見することになるので【千両役者】で誤魔化すのも難しい。
見てるのはバレるからな。
ガン見かそうでないかだけの差だが違いは大きい。
「さっさと決めに行かないのはどうしてかな?」
「不思議だねえ」
メリーとリリーが顔を見合わせて不思議そうにしている。
「会場の雰囲気を見ているんだろう」
舞台の方を見たままでルーリアが言った。
カエデがスイッチを切り替えるタイミングを見逃すまいとしているようだ。
「なるほど、そういうことか」
レオーネが頷きながら言った。
「お姉ちゃん、どういうこと?」
リオンが疑問符を顔一杯に広げながら問いかける。
姉が気付いたものが何であるか想像がつかなかったのだろう。
「回避動作を見てどう思った?」
問い返す形で応じるレオーネ。
いきなり全解説するつもりはないってことか。
「えーっと……」
リオンは人差し指を顎に当てながら上に目線を向け、少し考え込むと──
「ちょっと大袈裟かなぁって思ったよ」
何か引っ掛かりを感じているような表情をしながら答えた。
「変だと思わなかった?」
「思った」
うんうんと頷くリオン。
「そっか、それを疑問に思っていたんだね」
残るは変だと感じた原因が何であるか。
「ええ、そうよ」
「それで原因も分かったんだ」
んー、と鼻を鳴らしてリオンは再び考え込んだ。
「カエデさんは会場の雰囲気を気にしていた……」
今度はブツブツと呟いている。
「回避の動きと関係している……?」
首を傾げて、ちょっと困惑したような表情になった。
「大袈裟に見せることに意味があるんだよね……?」
疑問を呟く形で自問している。
「そう言えば、ダニエラさんが退屈そうって言ってた……」
関係しそうな情報は判断材料としてすべて引っ張ってくるつもりらしい。
決して間違っている訳じゃない。
それにレオーネの思惑もあるだろうから余計な口出しはしないことにする。
「本来であれば無駄なことをしてるんだよね……」
フムフムとごくわずかに頷きながらリオンは呟く。
「カエデさんはそれが必要なことだと考えている……」
その呟きでリオンは少しだけハッとした顔つきになった。
「会場の雰囲気とリンクしてるんだ……」
なるほどと頷きを徐々に大きくしていくリオン。
「カエデさんは演出することで会場にいる人たちを敵に回さないようにしてるんだね」
「おそらくはね」
「じゃあ、反撃するタイミングはもう少し先なのかな」
「そろそろじゃないかしら」
「そうなの?」
「飽き飽きしているように見えるでしょ」
「そうだけど……」
どうやら姉妹の意見が割れたみたいだな。
このあたりは、どう感じたかで変わってくるところだ。
どちらが正解とは一概に言えない。
カエデが飽きているように見える観客はミズホ組とオペラグラスで見ている面子のみ。
が、対戦相手にはバレバレだ。
そこをどう受け止めるかは相手次第。
観客には分からぬであろうということを計算に入れたカエデの芝居か。
それとも素の状態か。
カエデの性格を知らぬ相手には、いずれであるかは読み切れぬだろう。
まあ、今までの試合の様子を見て推測することはできるか。
それを判断するだけの余力があればな。
「お2人さん、カエデ嬢のことばかり見ていてはダメだね」
レオーネとリオンに声を掛けたのはトモさんだった。
「む、そうか。
相手は余力が無かったんだったな」
すぐに気付くレオーネ。
「あっ」
完全に失念していたと驚きを隠せない様子のリオン。
すぐにばつの悪そうな顔をしてションボリモードに入ってしまう。
そこは経験の差だろう。
なんにせよ、試合は動く。
トモさんが指摘したように対戦相手の動きが鈍り始めた。
疲れを残した状態でよく動き続けたと言うべきだとは思うが。
他の観客たちが、そこまで考慮してくれるとは限らない。
いま以上に動きが悪くなれば気付かれるだろう。
その時にどういう反応があるかは読み切れない。
ここまで頑張ったのだからと暖かく応援を続けるのか。
あるいは頑張りが足りないと険悪な雰囲気に変わってしまうのか。
後者にはならないという保証は何処にもない。
「スタミナ切れのようだが、思ったよりは持ったな」
リーシャが感心した様子で言った。
「それだけ回復に努めていたということだろう」
ルーリアが応じる。
「諦めていなかったようだが一手足りなかったな」
「いやいや、一手じゃ少なすぎるでしょ」
レイナがツッコミを入れた。
普段は大雑把な行動をする割に細かいところがあるよな。
重箱の隅を突くというか。
つい、口を出してしまう感じだ。
長らくアニスとのコンビでツッコミを鍛える形になった結果だろう。
意図して鍛えた訳ではないとは思うがね。
ただ、それだけに深く考えた訳ではなさそうなんだよな。
「手数のことじゃないと思う」
こんな具合にノエルからツッコミを被せられてしまったりする訳だ。
「うっ、そう?」
相手がノエルだと強気で反論できないレイナである。
タジタジになって聞き返していた。
あの様子だと条件反射で口走ったのは明白だ。
「ん、策の練りが甘いと言いたかったはず」
ノエルが真面目な顔でそう言うと、ルーリアは苦笑いしながら頷いた。
「まあ、それにしたって一手ではカエデ相手だと厳しいだろうがな」
そのまま言葉を続けたのはレイナに対するフォローだと思われる。
レイナもそれに気付いたようだ。
ルーリアに視線を向けて目で礼を言っていた。
俺たちの周囲に緩い雰囲気が漂いかけたその時。
「動きます」
カーラが注意を促した。
即座に皆が舞台の方へと視線を戻す。
ちょうどその時、カエデが相手のスライディングに対して踏み込み始めていた。
いや、しゃがみ始めたと言うべきか。
踵が浮き両膝を床につける。
そのまま足の甲まで床につければ正座になる状態。
いわゆる跪座の姿勢である。
対戦相手の瞳がギラつくように輝きを一気に増した。
この瞬間を待っていたと言わんばかりだ。
カエデの膝を狙っていた蹴り足で床を蹴り、強引にスライディングの進路を変える。
迂闊に近寄ったり攻撃しようとすると投げられると事前に読んでいたのだろう。
距離を取るように見せてカエデの手が届かぬギリギリの範囲で横を抜けていこうとする。
下半身が通り抜けたところで相手が再び動いた。
今度は手を使ってブレーキをかける。
それだけではない。
体に捻りを加えてグルリと回転をかけ始めた。
相手はここで勝負をかける気のようだ。
読んでくれてありがとう。




