1572 まずはカエデの試合
本日の試合は午後からである。
既にベスト4だから2試合で終わってしまうからな。
少しでも休息を取ることが出来るようにという配慮もされているそうだ。
まあ、疲れているのはカエデの対戦相手くらいのものだろう。
観客からすると退屈な試合の末に勝ち上がった選手にすぎない。
当人は必死だったとは思うがね。
だからこそ昨日の試合後はヘロヘロになっていたし。
対等の相手だったからというのもあるが。
まあ、そのお陰で泥仕合になったんだけどな。
そのくせ盛り上がりに欠けるという残念な展開だった。
素人を沸かせる派手な展開に欠け。
玄人を唸らせる巧みな試合運びもなく。
ただひたすらに体力を消耗するばかり。
誰も喜ぶはずはない。
勝者でさえも勝ったことを喜ぶ余裕がなかったくらいだ。
1日程度で疲れが抜けないのは、やむなしと言ったところだろう。
今日の様子を【天眼・遠見】スキルで確認した限りは本調子ではなさそうだ。
これでこの男がウルメと対戦することになっていたら、ウルメは落胆したと思う。
カエデと覆面男のいずれかとしか戦えなくなるからな。
まあ、今日の結果次第ではカエデと戦えないことになるのだけれど。
というより、そうなる確率の方が高いと言わざるを得ない。
それでも勝ち目がゼロでないのならモチベーションも変わってくる。
不思議なもので、そういうものの高低差が結果を大いに違えてしまったりするのだ。
試合内容は言うに及ばず得られる経験にまで差が生じてしまうのだから侮れない。
故にこの組み合わせはウルメにとって、もっとも望ましい形であると言えた。
俺の見立てでは覆面男よりカエデと対戦する方が決勝に残れる可能性が高いのだが。
つまり準決勝でウルメ対カエデとなるのがベストだった訳だ。
そこまでのクジ運がウルメになかったことになる。
とはいえ、ウルメにとっては充分に幸運だ。
ツバイクの立場からすると運が悪いとしか言い様がないのだけど。
ウルメの勝ち目は薄いので結果がほぼ読めているからな。
何に価値を感じるかで生じる差異だから仕方のないところである。
ここで優先すべきはウルメの希望であろう。
ベストではなかったが完璧を望むのは贅沢というもの。
充分に満足すべき状況だ。
ただ、考え方を変えればベストな状態と言えなくもない。
カエデとはしばらく行動を共にすることになるからな。
武王大祭の後に模擬戦を申し込むことはできる。
個人の要望となるのでカエデが受けるかどうかという話になるけれど。
おそらくカエデは拒んだりはしないだろう。
ウルメは礼儀もしっかりしているし調子に乗ってカエデに迷惑をかけるとも思えないし。
実力差があるとはいえ話にならないほど弱い訳でもない。
カエデにとっても得るものはあるはずだ。
上手くすれば、何度か組み手をすることになったりもするかもしれない。
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最初はカエデの試合であった。
カエデは相変わらずの自然体。
対戦相手は緊張しているのかと思ったが……
「相手も落ち着いているな」
意外にもガチガチではなかった。
格上であることには気付いているはずなんだが。
もちろん侮っている様子もない。
「旦那よ、あれを落ち着いていると言うのはどうかと思うぞ」
ツバキが呆れた様子でツッコミを入れてきた。
「自然体じゃないか」
「疲れが抜けておらぬから無駄なことをしておらぬだけであろう」
「そうとも言うな」
「そうとしか言わぬ」
渋い表情で訂正してきた。
いかんな。
どうやら引き際のようだ。
これ以上は怒らせてしまいかねん。
「ハハハ、分かってるよ」
誤魔化しながら俺はカエデの対戦相手の方を見た。
体の力を抜いて周囲の情報を可能な限り遮断しているようだ。
そうすることで少しでも回復に努めようという意図が透けて見える。
試合直前となった今では、もはや意味のある行為とは思えないが。
1日をかけても体力は回復しきらなかったのだ。
ここから数分でどうにかできるものでもあるまい。
本人もそのあたりは承知の上なんだろうがね。
戦う前から諦めることだけはしないといったところか。
その意気や良しなんて言うと上から目線になるだろうけど。
相手は諦めた訳ではないことだけは分かった。
たとえ勝てずとも一矢報いるという心境なのかもしれない。
それとも何か奇策でも用意しているのか。
無いとは言えないので余計なことは言わないことにする。
「相手が一生懸命な時の冗談は良くないぞ」
それでもツバキに釘を刺されてしまった。
「うん、そうだな。
申し訳ないことをした」
対戦相手には謝りようがないので反省して終わりにするしかない。
ツバキも、これ以上追及してくるつもりはないようだ。
そして試合が始まる。
同時に相手がフットワークを使い始めた。
「あら? 待ちの体勢に入るかと思ったんだけど」
クリスが首を傾げながら言った。
「そうですね」
マリアが意外なものを見たという顔で同意する。
「それはアップデートが甘いんとちゃうかな、お2人さん」
アニスがツッコミを入れた。
「どういうことでしょうか?」
クリスが問う。
何も思いつけなかったようだ。
「アップデートということは何か新しいことを考えた可能性があると?」
マリアはある程度、想像したようではあるが。
「せやで」
大きく頷いて肯定するアニス。
「とは言うても、これはうちの考えやから間違ぉてることは充分に考えられるけどな」
「戦っているのは我々ではありませんからね」
微苦笑しながら応じるマリア。
「それでも異なる意見が得られるのは価値のあることだと思いますよ」
その言葉にABコンビが頷いていた。
「勿体ぶらずに言いなさいよ」
レイナがツッコミを入れた。
「いいえ、それには及ばないわね」
ツッコミにツッコミを被せるリーシャ。
「どうしてよ」
「ほら、あの男が攻撃を始めたわ」
「うっ」
ヤバいという顔で呻いたレイナが慌てて舞台の方へ視線を戻した。
ズザザッ
カエデの足を狙ってスライディングする男。
それはスピード派が最後に繰り出した攻撃とは趣を異にしていた。
なんと言ってもスピードがない。
助走はつけていたが、全力ダッシュではなかったし。
何より転倒させることが目的のようには見えなかった。
滑り込みながら脚部を狙って蹴りを入れる。
それが当面の目的のようだ。
カエデが回避するのは織り込み済み。
男は慎重に滑り込んでいく。
離脱は手や足で床を押したり蹴ったりして方向を変えていた。
カエデに捕まらないことを重視している訳だ。
それを何度も繰り返して様子を見ながらチマチマと蹴ろうとしている。
しかしながら、そんな攻撃がカエデに通用するはずもない。
余裕で躱されていた。
ただ、男の方もフェイントを織り交ぜた離脱で反撃を許さない。
「なるほど、考えたね」
そんなことを言い出したのはトモさんだった。
「考えた……」
フェルトが不思議そうにしながら呟いている。
そのまましばし考え込むが、結局はギブアップした。
「とても勝ちにいこうとしているようには見えないのですが」
おずおずとした感じではあるが疑問をトモさんにぶつけていた。
「ああやって攻撃し続ける限りは負けずに済むだろう?」
「そう、ですね?」
フェルトは今ひとつと言いたげな感じの反応を見せた。
「勝ちにいってるように見えないと言ったのはフェルトじゃないか」
「それはそうですが、どう繋がるのか分かりません」
「あの男は負けないように工夫している。
だから、カエデに捕まらない訳だが……」
そこまでは分かるよなという視線を向けるトモさん。
「はい」
「見方を変えれば善戦しているように見えるだろう?」
「そう……かもしれませんね」
「相手に反撃を許さず、自分は一方的に攻撃しているんだ」
「言われてみれば、確かに」
「まあ、何時までも通用するものじゃないのは確かだけど。
その代わりに現状では意外に善戦していると見られる訳だ」
「あ……」
何かに気付いたように声を漏らすフェルト。
「最初から勝つことが目的じゃなく……」
「そういうことだね。
観客の評価がある程度得られれば、負けても構わないと考えているんだと思うよ」
読んでくれてありがとう。




