1564 前座って訳じゃないんだけど
武王大祭の準々決勝ともなると人の入りが違うようだ。
朝イチの試合直前には満員御礼状態となっていた。
さすがは10年に一度の大イベントと言うべきか。
何日もかけて催すだけのことはある。
「はー、お弁当を作ってきて正解だったわね」
呆れた様子でマイカが嘆息した。
「マイカちゃん……」
ミズキも呆れたように嘆息している。
が、呆れる対象が違った。
ダメな子を見る目を向けているから相手が誰であるのかは明白だ。
「な、なによぅ」
唇を尖らせて不満そうに抗議するマイカ。
「カレーパンサンド」
ボソッと呟くようにツッコミを入れるトモさん。
「うぐっ」
マイカは一瞬たじろぐ様子を見せた。
それでも気を取り直す。
「被害がなかったんだからいいじゃない」
うそぶいて強がるマイカ。
「それはハルくんが、そうしたからでしょ」
ミズキは些か御立腹のようだ。
俺は別に被害がなかったんだし構わないと思ったのだけど。
まあ、余所様の厨房でふざけたのはいただけないか。
本人はふざけたつもりがないのだとしてもね。
マイカも分が悪いと思ったのだろう。
「はい、しゅみましぇん」
一応は謝っていた。
言葉の上では真面目に謝っているようには思えないけどね。
ショボーンとした顔は真面目に謝っているように見える。
見ようによっては精一杯の抵抗という感じに受け取れそうだが。
これは雰囲気を暗くし過ぎるのもどうかと判断したからだと思われる。
まあ、身内だから通用する手だろう。
「ほんとに、もうっ」
ミズキもそれを察したようで深く追求はしないようだ。
そんなことより座席確保が優先されるからね。
1日まるまる缶詰にされるのが確定しているのに立ち見は勘弁願いたい。
そのあたりは妖精組がササッと要領よくキープしてくれたんだけどな。
で、席について雑談している間に最初の試合が始まっていた。
「おやおや、これは……」
オペラグラスで試合観戦をしている軽戦士サリーが驚きの声を上げた。
ビックリ仰天というレベルではないけどね。
だが、俺は違和感を持った。
そんなに驚くような試合だろうかと。
むしろ逆だと思うのだが。
「これで準々決勝なのかよ」
槍士ランサーが嘆息しながら口にした言葉で納得がいったけど。
「仕方あるまい。
連日の試合で疲れておるのだろう」
重戦士タワーが充分に予測できたことだと言っている。
「そうですね。
動きに精彩がないのは仕方ないかと」
魔法使いスタンもタワーの意見に同意する。
「それは分かるけどよ」
ランサーが再び溜め息をついた。
「この体たらくが続けばブーイングものだぞ」
「無茶を言うな、ランサー。
あの2人も必死で戦っているのだぞ」
タワーがたしなめの言葉をかけた。
「それが分からぬ、お主ではなかろう」
「だから、分かるけどって前置きしたじゃねえか」
ランサーは渋い表情で返事をする。
「それにな」
一旦、言葉を句切って溜めを作るランサー。
「俺がどう思うかじゃない。
俺たち以外の観客の目が肥えていないことを願うばかりだぜ」
「む、それもそうか」
今度はタワーが渋い顔になる番だった。
他人の心証をコントロールすることなんてできないからな。
それができるのは舞台の上で戦っている選手たちだけだ。
が、それに異を唱えるものがいた。
「意外と大丈夫かもしれませんよ」
スタンである。
「大きく出るじゃないか」
「根拠があるのか?」
興味深げにスタンの方を見るランサーとタワー。
「確信を持っている訳じゃありませんけどね」
そう前置きをするスタン。
保険をかけておかないと心配なようだ。
「今日、最初の試合ですから」
「フン」
ランサーはそれがどうしたと言わんばかりに鼻を鳴らした。
タワーもそこまで露骨な真似はしないが不満そうだ。
だが、スタンは怖じ気づくような様子を見せなかった。
確信がないと言った割には自信があるようだ。
「印象が悪くなるのは仕方ありません。
そこは私も否定しませんよ。
ですけど、まだ皆も我慢してくれると思うんです」
「どういうことだ?」
怪訝な表情でランサーが問うた。
「言葉は悪いですが前座みたいなものでしょう?」
自分なりの考えで問い返すスタン。
「酷え言い草だな、おい」
呆れたと言わんばかりにランサーが仏頂面になった。
だが、スタンの言いたいことは理解したらしい。
そこから先は反論しようとはしなかった。
その後の試合展開がどうなったかであるが……
「ブーイングは聞こえてこなかったな」
ランサーが安堵したように溜め息をついた。
試合が終わるまでハラハラし通しだったからな。
スリリングな試合展開だったからではない。
始終、盛り上がりに欠けた展開だったからだ。
一応はポーカーフェイスを貫いたようだけど。
ソワソワしっぱなしでは顔だけ普通でも意味がない。
「かろうじてだとは思うぞ。
次の試合が似たような感じだと厳しいだろう」
そう言っているタワーも似たようなものだったがね。
ランサーが不甲斐ないとも言い切れない。
現に試合が終わった後の観客席はあちこちで不満が燻っているように思えた。
観客の声を拾うまでもない。
「これはカエデ嬢にはプレッシャーがかかるかな」
トモさんがそんなことを言っている。
誰かに対しての問いかけと言うよりは独り言のようだ。
「試合が始まったら関係ないわよ、きっと」
すかさずマイカが反論していたけどな。
「試合が終わった後のことまでは分かんないけど」
トモさんの懸念が当たるとするなら、そのタイミングでだろう。
昨日の試合を見る限りでは大丈夫そうだけど。
「それは言えてるわね」
クックと喉を鳴らしてエリスが笑った。
もしかすると試合後に慌てふためくカエデが見られるかもと想像したに違いない。
「悪趣味ですよ」
マリアがたしなめる。
「ちょっとくらいいいじゃない。
カエデちゃんのことは応援してるんだし」
「応援するしないは個人の自由です」
憮然とした表情になりながらマリアは言った。
「応援しておきながら、どうしてイジメッ子のような真似をするのですか」
「えーと、強すぎるから?」
「確かに彼女は強いです。
今日の対戦相手では太刀打ちできないでしょう。
ですが、だからといって意地悪なことを考える理由にはならないはずです」
「いいんじゃないですか」
「試合後だったら問題ないでしょー」
ABコンビが横入りしてきた。
「ちょっと、アナタたちまで」
マリアの目がキリキリと釣り上がっていく。
生真面目さんだから、こういう時の沸点が低いんだよな。
まるで学級委員長である。
本気で怒りかけているのだけれどABコンビは慌てた様子を見せない。
「あんまり強すぎても悪役っぽくて嫌われかねないし」
「そーそー、試合じゃ強いけど普段はポンコツな感じの方が愛されキャラになりますって」
「……………」
ABコンビの言葉を受けてマリアが無言になった。
不機嫌さ丸出しのまま考え込む。
待つことしばし。
不意にマリアの方から力みが消えていった。
それと同時に釣り上がっていた眼も下がっていく。
どうやら怒りメーターはレッドゾーンに突入せずに済んだようだ。
そしてマリアはエリスの方を見た。
問いかけるような視線を投げかけている。
ABコンビが言ったことを考えていたのかの確認だろう。
「大体そういう感じかしら」
ニコニコしながら無言の問いかけに応じるエリス。
「そうならそうと言ってください」
渋い表情で抗議するマリアである。
「えー、言う前に怒り出したじゃない」
「ぐっ」
自覚があったのかマリアが悔しそうな顔をして呻いた。
「話してる最中に悪いんやけど、ちょっとええかな」
そこにアニスが入ってくる。
「どうしたの?」
エリスが不思議そうに問いかけた。
まだツッコミを入れられるようなことがあっただろうかと考えていそうな顔をしている。
「もうカエデはんの試合が始まるで」
「あらっ?」
いつの間にと言わんばかりにエリスが目を丸くさせる。
ちょっとレアなところが見られたかもしれない。
カエデの試合の前に得した気分になれたと言うと大袈裟だろうか。
読んでくれてありがとう。




