1562 コーヒータイムは続く
「ハル兄は原因に見当がついてるの?」
ノエルが聞いてきた。
アニスとレイナによる漫才風の口喧嘩は華麗にスルーだ。
いつものことなのでね。
大半の面子がスルーもしくは苦笑で見守るのみである。
唯一の例外が苦虫を噛み潰したような顔をしているリーシャであろう。
そちらもノエルはスルーした。
「何となくだがな」
「やっぱりマズメシ?」
「それは候補のひとつだな」
「他の候補もあるの?」
むしろ本命じゃないかと思っているのがあるのだよ、ノエルくん。
「あるな」
俺は頷いた。
それを見たノエルは首を傾げて考え込んだ。
が、程なくしてギブアップする。
「ちょっと想像がつかない」
そして俺を見上げる。
無表情だが答えを知りたくて仕方ないらしい。
ここで焦らして可愛い表情をゲットしたいと思わなくもないが──
「マズくはないが味がないパターンだな」
俺は即答した。
ノエルの機嫌とトレードオフで得られるようなレア表情は不要だ。
御機嫌斜めになってしまうリスクはノーサンキューである。
「味付けをしないことってありえるの?」
「普通はないな」
「じゃあ、どうして?」
「大量に用意する必要があって、なおかつお金がない時」
単純に塩味をつけるのだとしても大量に用意する必要がある場合はバカにならない。
ルベルスの世界はダンジョンで塩が得られるので比較的安価ではあるのだけれど。
それさえケチると素材の味しかなくなってしまう。
旨味成分を含んだ食材なら、それでも何とかなるかもしれないがね。
「あ……」
ノエルが目を丸くする。
いつもより、そういう感じになったというだけだが。
「おそらくは塩なしの粉吹き芋とかじゃないか」
「えっ!?」
驚きの声を上げたのはカエデだ。
「どうして分かるのですか?」
唖然とした様子で聞いてくる。
「おや、適当に言った答えが当たったようだな」
「そうだったんですか?」
俺の言葉にカエデは少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
「まったくの根拠レスとは言わんがね」
「えっ?」
今度はギョッとした目を向けられてしまった。
「あっ、ああ、賢者様なんですよね」
それなら分かってしまうのも道理かと言わんばかりの顔で安堵したようだけど。
1人で勝手に解決してしまいましたよ?
俺としては取り残された感があるんですがね。
「そんな複雑な思考はしてないぞ」
「そうなんですか?」
「格安や無料でもマズメシなら悪評が出てくるはずだ。
それが出てこない時点でマズメシは候補として考えにくくなる」
完全に除外するほどでもないとは思うが。
「はあ」
呆気にとられた様子で生返事をするカエデ。
「そうなるとマズくはないが食べたいとも思えない味が有力候補として浮上してくる訳だ」
「っ!」
カエデが少し大きめに目を見開いた。
その発想はなかったと言いたげである。
ちょっと背中がむず痒くなりそうだ。
そこまで難しい推理をしている訳でもないんだけど。
少なくとも迷宮入りしそうな事件とかではない。
問題はここから先であろう。
ある程度は絞り込めるとはいえ答えの候補が幾つもありそうだからな。
安物の粉だけで作った蒸しパンとか。
焼いただけの茄子とか。
茹でただけのモヤシとか。
バターなしジャガバターとか。
これはジャガバターとは言わないか。
やはりジャガバターはバターを使ってこそだろう。
仕上がりにも影響すると思う。
こんなヘンテコ料理は試そうと思ったことさえないので、どうなるかは分からないけど。
ひょっとすると味なし粉吹き芋より酷いかもしれないとは思う。
どれも味付けをすれば美味しく食べられるはずなんだが。
調味料を使わないだけで酷いことになる。
マズメシレベルとしては味がしないだけだから初心者級だけどな。
そう考えると調味料は神様だ。
あ、でも人によってはマズメシになるから悪魔にもなり得るのか。
それはともかく、俺は思いついた候補の中から適当にチョイスしただけである。
「正解したのは単なる偶然だ」
そこに根拠はない。
場合によっては候補外のものが答えだったりした可能性もあるしな。
「はあ……」
生返事するカエデ。
そちらから向けられる視線は本当だろうかという疑問が乗っているように思えた。
「神様ならいざ知らず、そこまで分かる訳がない」
こう言っても納得した様子は見受けられなかった。
このまま話を続けても平行線を辿りそうだ。
「そんなことより──」
不毛な会話を続けるつもりはないので話題を変えることにする。
「ベスト8だな、おめでとう」
言うのをすっかり忘れていた。
皆も口々に祝福の言葉をかける。
「ありがとうございます」
少しだけ、はにかんだ様子で応じるカエデだ。
当人は修行の一環と考えているので勝ち残ってもそこまで嬉しいものではないようだ。
皆に称賛されるのは嬉しいみたいだけど。
でなきゃ淡々と素っ気なく返事をしたと思う。
この調子だとスカウトも上手くいくかもしれないな。
過度の期待は禁物だけど。
「あのあのっ、いいですか?」
小さく手を挙げながらクリスが言った。
何か気になることでもあるのだろうか。
「次の相手はどんな人なんですか?」
クリスが興味深げに瞳を輝かせて問いかけた。
これは相手のタイプを聞くことが目的じゃないな。
話を広げるための切っ掛けにするつもりなのだろう。
試合展開を予測したり、カエデの試合構想を聞いたりするものと考えられる。
要するにお友達になりたいですとクリスは言っている訳ですよ。
ブンブン振り回されるエア尻尾が見えるかのようだ。
話が始まる前から期待感で御機嫌メーターが振り切れている。
が、世の中そんなに甘くない。
カエデが困り顔になったのが何よりの証拠だろう。
「すみません、よく知らないのです」
小さく頭を振りながら返事をした。
「相手の対戦内容も少し見ただけで戦い方も把握しきれていませんし」
「そうなんですね、ごめんなさい」
「いえ……」
そこで会話が途切れてしまう。
カエデは会話スキルが弱そうだ。
まあ、ぼっち生活が長かった訳だから無理もないけど。
「今日のような試合展開は望めないだろうな」
フォローするようにリーシャが言った。
「あら、その人の試合を見たんですか?」
クリスが不思議そうに聞いている。
「おいおい」
リーシャが短くツッコミを入れた。
その表情は「勘弁してくれよ」と語っていた。
「今日、場所取りをしている時に試合をしていただろう」
「えーっと?」
クリスは小首を傾げてしばし考え込んだ。
「あっ、そうかもしれませんねえ」
「そうかもしれないって……」
「でも場所取りに夢中でほとんど見ていませんでした。
そんなに凄い選手じゃないように思えましたし」
「それで充分だろう」
「え?」
キョトンとした表情になるクリス。
リーシャが何を言ってるのか分からないと言いたいのだろう。
「気付かんか?
今、クリスは対戦予定の相手を凄い選手じゃないと言ったんだぞ」
指摘されたクリスが呆気にとられた状態から復帰するまで数秒を要しただろうか。
「あら」
そう言って口元に手を当てた。
そのまま照れ笑いをする。
「そうでしたね。
ウッカリしてましたー」
ドドドッとずっこけるミズホ組。
お約束とも言うべきクリスの天然ぼけだからな。
慣れると何処かの新喜劇みたいなリアクションも取れるようになる訳だ。
逆にカエデは目を白黒させている。
一体、何事かってなものだ。
訳も分からず困惑するのは無理もない。
この場にツバイクがいれば同じような反応をしただろう。
生憎と言うべきか、居合わせてはいない。
食事は他のアカーツィエ組と別の部屋で取ったのでね。
向こうと合同で食事をすると、さすがに部屋も窮屈に感じるし。
それに向こうにはウルメがいる。
明日は対戦しないとはいえ、ぎこちない雰囲気になりかねないもんな。
そういう空気の中で食事をするのは、できれば勘弁願いたい。
ということでツバイクとも話し合って食事は別にすることとなった。
お陰で平和でありながら騒々しい食後のひとときが過ごせた訳だ。
読んでくれてありがとう。




