1561 武王大祭の食事事情
ハイラントが差し入れの受け取りを渋っていた理由は単純なものだった。
自分だけ受け取るのは他の頑張っている者たちに申し訳ないんだと。
だったら最初に城を抜け出してくるなと言いたい。
まあ、友好国である5国連合の面々を接待するのも仕事のうちではあるんだけどさ。
とはいえゲストはお忍びで羽を伸ばしているんだし。
影武者もちゃんと仕事をしていたし。
俺たちから引き継いだ仕事を頑張ってもらいたい。
そのために用意した差し入れである。
それなりの人数分を用意していない訳がない。
「心配しなくても量はたんまりある」
「何ぃ?」
怪訝な表情と引っ繰り返りそうな声でハイラントが聞いてきた。
そんなに驚くことかと思ったが……
「ああ、別に屋台で買い占めとかはしてないぞ。
材料を別に用意してかさ増ししているだけだ」
「そうなのか?」
「言ったろう?
再調理してきたと」
「なるほどな」
ようやくハイラントも納得してくれたようだ。
それで料理を受け取ってくれた。
まあ、執務室内を差し入れだらけにしたのには呆れられたけどな。
無駄に広い執務室に足の踏み場もないほど置いたから無理もないか。
「待て待てっ」
「何だよ?」
「ここでそんなに出されても困る」
「そこまでは責任を持てないな。
使用人を呼んでどうにかしてくれ。
俺だって皆を待たせているんだから」
そう言い残して帰ってきた。
差し入れというより押しつけになってしまったかもな。
見た目と味はそこそこにはなったはずだから有り難迷惑にはなってないと思うけど。
たぶん……
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宿屋に帰ったら皆で夕食だ。
カエデも同席したのだが状態がリセットされてしまっていた。
「本当に私が同席してもよろしいのでしょうか?」
なんて聞いてくる始末である。
「良いから誘っているんだけど?」
「はあ……」
返事は鈍い。
調理している時の生き生きした感じの表情は完全に鳴りを潜めてしまった。
居心地が凄く悪そうだ。
「落ち着かないならハッキリ言ってくれた方がありがたい。
無理強いさせるのは俺たちとしても本意ではないからな」
「いえっ、そういうことはないのですが……」
否定しながらもカエデは煮え切らない。
賑やかな環境に放り込まれるのが苦手なのかもな。
ずっとぼっちだったから慣れていないんだろう。
シンパシーを感じずにはいられないんですが?
ぼっちはぼっちを知るというか。
カエデの場合は選択ぼっちだった俺より重症かもしれないが。
輪の中に入りたくても入り方が分からないみたいなところがあるように思えるし。
日本人だった頃の経験がある俺と比較するのは適切とは言い難い気もするけどな。
「こういう賑やかなのに慣れておくのも経験だと思うぞ。
場数を踏めば踏むほど、苦手なものもそうでなくなっていくからな」
「っ!」
しょぼくれていたカエデがハッと顔を上げた。
「是非とも同席お願いします」
打って変わって積極的になったものである。
本心では同席したかったんだろう。
ただ、同時に苦手意識もあった訳だ。
ぼっちが集団へ溶け込もうとする場合、他の者よりハードルが何段も高くなるからな。
人見知りしないタイプには分からないかもしれないけど。
武王大祭の試合では堂々としていたカエデも、こういう場だと及び腰になってしまう。
もしくは逃げ腰だったと言えるかもしれない。
解決法が提示されれば自力で克服しようと思えるみたいだけど。
俺から言えるのは「程々に頑張れ」ってことだけだ。
あまり過保護にフォローすると、場数を踏んだことにはならなくなるのでね。
そうなると、いつまでたっても苦手意識は克服できないだろうし。
何にせよ簡単にはいかないはずだ。
とりあえず今宵の夕食は今後の判断基準になるようにしてもらいたいところである。
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マッタリ食後のコーヒータイム。
いや、コーヒーは出ないんだけどさ。
ミズホ本国なら既に普及しているけれど、まだ輸出とかはしていない。
クラウドやカーターたちの反応が微妙なのでね。
それぞれの宰相には、どうしてこんなものを飲むのか理解に苦しむとまで言われた。
苦みとコクを味わうものだと説明したけどダメだったのは残念だ。
砂糖を入れてどうにかって感じだったから無理もないかもね。
西方じゃ砂糖は高級品だしな。
そうまでして飲む理由が分からんと言われてしまうと反論はしづらい。
目が覚めるとかスッキリするとか言っても、そういう感覚は個人差があるし。
ポーションならもっとハッキリした効果が得られるから余計にね。
嗜好品に勝ち目などあるはずがない。
カエデに勧めてみることも考えたが保留にした。
わざわざ印象を悪くして、やっぱりミズホ国には行きませんとか言われたくないもんな。
という訳で、そういうのはおくびにも出さずに和やかな雰囲気を楽しむ。
昨日の今頃はバタバタしてたからな。
「で、明日は昼前に試合か」
「はい、抽選の結果そうなりました」
カエデの受け答えに変な緊張感が感じられなくなってきた。
まだ時折、不安げな表情を垣間見せたりする瞬間があるけどね。
「相手は俺たちが食料調達に行ってる間に試合をした奴みたいだな」
「そんなことをされていたんですか?」
「場所を取っておいてもらって昼ご飯を確保しに行ってたんだよ。
俺たちくらい頭数が多いと、一旦外に出たら再び場所を確保するのは難しいからな」
「大変なんですね」
「選手はどうなんだ?」
「希望者には食事が出されます」
「あら、そうなの?」
ちょっと意外なことを聞いたと言いたげにエリスが声を上げた。
「自分で用意しなくてもいいのはありがたいかもしれないわね」
「そうでもありません」
カエデが苦笑する。
それを見たマリアが何かに気付いたような顔をした。
「もしかして高額なのですか?」
「いえ、本戦に出場した選手は無料です」
「さすがに予選からそれじゃあ予算がいくらあっても足りなくなるわよね」
そう言いながらアンネが笑った。
あり得ないと思うからこそ軽口を叩く感じか。
アンネ流の冗談なのだろう。
「ただ飯目当てに出場する輩が出てきそう」
ベリーもそんなことを言って笑う。
「予選でも屋台並みのお金を出せば食べられましたよ」
「「そうなんだ」」
ちょっと目を丸くするABコンビ。
「屋台並みとは安いものだな」
ルーリアが感心している。
「え、ええ……」
カエデがぎこちなく苦笑する。
いや、引きつった笑みと言うべきか。
「そうかもしれませんね……」
煮え切らない口振りでこんな返事をするくらいだ。
何かあると見るべきだろう。
「もしかして本戦出場者でも希望する者はほとんどいないんじゃないのか?」
気になったので聞いてみたのだが。
「ハルトはん、そりゃないで」
アハハとアニスが笑った。
「ただ飯を舐めたらアカンわ」
「そうでもないかもよ」
皮肉げな笑みを見せながらレイナがアニスを挑発する。
「なんでやねん」
「メニューが選べないとかありそうじゃない?」
「うっ」
アニスの顔から余裕が消えた。
「予算の都合とか考えたら普通にありそうやな」
「でしょー」
「せやけど、アンタにそれ言われるとムカつくわ」
「んだとぉ?」
「あー、喧嘩なら外でやってこい」
リーシャが眉間に皺を寄せながらドアの方を指差した。
「面倒くさいから嫌や」
「右に同じ」
わざわざ席を離れてまで口喧嘩したい訳じゃないってことだな。
取っ組み合いは移動するのだけでも億劫なんだから更にない。
呆気なく2人の口喧嘩は収束した。
そんな2人のやり取りを見ていたカエデは固まっている。
どう反応していいのやらといった感じで困惑しているようだ。
「いつもこんな感じだから気にしたら負けだぞ」
「は、はあ……」
「それで、主催者側が提供するただ飯を希望する者はいるのか?」
俺が問い直すと、カエデはハッとした顔をした。
「いません」
予想通りの返答だった。
「マジかいな」
「カエデの口振りとか見てれば分かったでしょうが」
アニスとレイナの第2ラウンドが始まろうとしていた。
面倒じゃなかったのか?
読んでくれてありがとう。




