1560 これくらいはね
覆面男が勝った。
対戦相手がスタミナ切れで動けなくなってギブアップというオチだったがね。
ペース配分も何もなく全力で動き続けたから無理もない。
覆面男は闘牛士ばりに回避するばかりだったし。
反撃は一切しないままに勝者となった。
正確にはダメージにつながる接触はなかったというところか。
背中を押したり体の向きを変えさせたりはしていたのでね。
対戦相手も本気で動き続けたことで怒気は抜けてしまったらしい。
少し休んでから立ち上がった時には怒りの感情は感じられなくなっていた。
「完敗だ」
そう言って覆面男に手を差し出した。
固い握手をして──
「次の試合、期待してるぜ」
そう言い残し去って行った。
「ふむふむ、思ったより良い試合だったじゃないか」
サリーはニコニコしている。
「そうかもな。
レベルが高い訳じゃなかったがよ」
ランサーが同意しているのかいないのかよく分からない応じ方をする。
「全力を出し切らせた技量は確かにスゲえ」
結局のところ部分的に褒めた訳だけど。
「フン、素直ではないな」
タワーがツッコミを入れる。
途端にスタンがハラハラした様子で慌て出す。
「へっ、どうせ俺はひねくれ者さ」
ランサーはさして気にした風でもなく、うそぶいていたが。
それを見て安堵したスタンはヘナヘナと崩れ落ちそうな脱力を見せる。
覆面男以上に繊細だよな。
まあ、今日は気を遣う瞬間が多かったからというのもあるんだろうけど。
「さてさて、それでは我々は帰るとしようか」
サリーが提案すると──
「それが良いだろう」
タワーが即座に同意した。
「おっ、ランドの奴をからかいに行くのか?」
楽しげにランサーが身を乗り出す。
「ちょっと、ランサーさん」
慌てた様子で脱力状態から再起動するスタン。
「本気にするな。
言葉の綾だろうが」
「そ、そうですよね……」
言いながら再び脱力していくスタンである。
「面倒くせえ奴だなぁ」
「そう言うな。
スタンなりに気遣いをしているのだから」
「へいへい」
タワーにたしなめられたランサーは特に文句を言うでもなく引き下がる。
「それでは諸君、世話になった」
サリーが挨拶をして去っていく。
他の5国連合の面々もそれに続いた。
1人だけ足取りが重めだったがな。
誰かは言わずもがなだろう。
ランドのところに顔を出しても気遣いしなきゃならんとは若いのに苦労人だ。
俺の方が更に若いというツッコミは無しでお願いする。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
5国連合の面々とは試合会場で別れたが、俺たちだって試合観戦を続ける訳じゃない。
そのすぐ後に俺たちも会場を出た。
夕食の確保のために屋台巡りをするためだ。
宿屋の従業員たちは眠らせたままなのでね。
ハイラントの事後処理が終わるまでは現状維持することにしたからだ。
何処の誰とも知れない一般客の言葉だけで自国貴族の脅しを覆せるとも思えない。
言葉でもう大丈夫と言っても信じてもらえそうにないしな。
何時、貴族からの報復があるかとビクビクさせてしまうのは可哀相だ。
そうなれば俺の罪悪感メーターがレッドゾーンに入ってしまう。
回避するためには国からのお墨付きが出るまで眠ってもらうのがモアベターだろう。
宿泊料金に迷惑料を上乗せしたら勘弁してもらえるだろうかと思う今日この頃である。
そうでないと俺のライフがピンチを迎えるので、そうであってほしい。
それと屋台巡りだが、結論から言うと収穫は良くなかった。
売り切れ続出で店じまいし始めている屋台が多かったのだ。
残っている屋台はお察しである。
一応は確保しておいたけどな。
しょうがない。
昼時を明らかに過ぎていたからな。
アレンジすれば食べられると思う。
劇的にマズいということはないようだし。
あと保険も掛けてある。
【多重思考】でもう1人の俺たちを呼び出して自動人形部隊を投入しておいたのだ。
行列に並ばせてめぼしい屋台の料理は確保してある。
ズルいと言われてしまえば否定のしようがないけどな。
一応は差し入れ分も確保してあるので勘弁してもらいたいところである。
え? 誰に差し入れするのかって?
1人で寂しく仕事に励んでいるであろうハイラント氏に決まっているじゃないか。
もちろん、ハイラントだけではない。
俺たちから仕事の引き継ぎを受けた面々も、とばっちりを受けている訳だからな。
とはいえ王城に直行する訳ではない。
屋台飯をそのまま持ち込むのも、どうかと思うからね。
カエデと合流して宿屋に帰る。
「本当によろしいのですか」
帰りの道中でカエデはやたらと恐縮していたけどな。
そのせいか宿屋の厨房に俺たちが立つと知ると手伝いを買って出てくれた。
「自分は居候のようなものですから何か手伝わせてください」
そう言ってくる相手を無下にする訳にもいかない。
あれしてこれしてと指示して積極的に働いてもらった。
「これを王城に差し入れすると?」
最初は本当にいいのかと不安げな視線を向けてきていたけどな。
味が濃すぎたり薄すぎたりする程度なら、調整すれば食べられる味になる。
変に苦いものは水や牛乳を使って薄めてから苦み成分を抽出したり。
あるいは配合を調整したブレンド調味料で苦みを誤魔化したり。
色々とアレンジしている合間に皆で味見していると──
「これは……
こんなにも味が変わるのか」
カエデも目を見開いて驚いたりするようになっていた。
この調子で見た目の方にも手を加えていく。
見るからに美味しくなさそうなものも少なくなかったんだよな。
屋台料理でそれって、どうかと思うんだけど。
とにかく見栄えが良くなるように工夫した。
茶色で埋め尽くされたようなものは野菜などで彩りを工夫したり。
出来損ないのスライムっぽい得体の知れない何かは卵を使ってオムレツ風にしたり。
「不気味に見えていたアレがここまで化けるとは……」
差し入れる料理をすべて仕上げる頃にはカエデの不安も薄らいでいた。
労働で貢献したという意識もあったはずだ。
何にせよ、これでカエデも少しは気が楽になったのではないかと思う。
はた目には顎で扱き使っているようにしか見えなかっただろうけどな。
まあ、身内しかいなかったので良しとしよう。
カエデ本人は納得しているようだし。
風評被害がないなら俺のメンタルにもダメージはない。
そんな訳で王城へGO!
影渡りを使ってだけどね。
「いよー、ハイラント。
お仕事、頑張ってるかー?」
「どわあああぁぁぁぁぁっ!」
椅子から転げ落ちそうになって驚いているハイラントが目の前にいた。
「おっと、これは失敬。
もうちょっと距離を取るべきだったか」
「そうじゃないっ!」
ハイラントがどうにか姿勢を正しつつ吠えた。
「いきなり現れるからだろうがっ」
「あー、そうとも言うね」
「そうとしか言わんわっ」
まあ、仕事で集中している時に何もない場所から現れられたら驚きはするか。
俺は影の中からハイラントの様子が見えていたけどさ。
「それはともかく差し入れだ。
晩飯を食った後なら夜食にでもするといい」
「む、わざわざ届けに来てくれたのか」
「そうとも言う」
「そうとしか言わんだろう」
今度は吠えなかったが同じ台詞を聞かされた。
別に大事なことを言った訳ではないですよ?
まあ、それはそれとして差し入れの方が大事である。
「不要ならそう言えばいいぞ」
「そういう訳ではないがな」
どうもハイラントは歯切れが悪い。
「遠慮は無用だ。
どうせ屋台飯をベースに再調理したものばかりだからな」
「気軽に食せるということか」
「その通り。
手を加えたから原価は多少上がったが、それでも安いぞ。
それでいて見た目も味も屋台と言われなければ分からんようにはしたつもりだ」
「なんと……」
呆然とするハイラント。
そんなに驚くようなことでもないと思うのだが。
まだ現物を見せた訳じゃないしな。
読んでくれてありがとう。




