1559 気配りの人?
結局、覆面男の試合は見ていくことになった。
マイカは不満タラタラだったが多数決の結果である。
それならば自由行動にしようと提案した。
最初からこうしておけば良かったのだ。
見たくもないものを強制的に見せられるのはストレスが溜まるだけだし。
その時間を利用して試合会場の外で祭りを満喫するのは有意義と言えるはずだ。
が、提案したにもかかわらず誰も別行動をしようとはしなかった。
「別に無理強いするつもりはないんだが?」
そのように言ってもマイカは頭を振る。
「だって別行動してる間に歓声とか聞こえてきたら気になるじゃない」
「あー、そういうこと」
それは確かに気になるか。
【遠見】スキルを持っているなら話は別だろうが。
ミズホ組でこのスキルを持っているのはシヅカとツバキくらいのものだったはず。
まあ、俺のように【多重思考】スキルと併用しないと外に出ても意味は薄いな。
仮に両方のスキルを持っていたとしても別行動はわびしい気持ちになりかねない。
祭りの雰囲気が逆に距離を感じさせてしまうというか。
【遠見】じゃ音は拾えないからな。
無音のモニターを見ているようなものである。
【遠聴】スキルと組み合わせられたとしても臨場感が違うからな。
こればかりは解消しようがない。
テレビで視聴するか生観戦するかの差はそれほどに大きいのだ。
だからテレビでの放送には実況と解説がついてくる訳で。
まあ、細かい話をしてもしょうがないか。
それに俺たちがグダグダしている間に覆面男の出番となったし。
「出てきたわね」
待ってましたとばかりにマイカが呟いた。
「なんだかんだ言ってマイカちゃんも期待してたんじゃない」
ここぞとばかりにミズキがツッコミを入れている。
「だっ、誰がよ!?」
否定したそうな口振りだが焦っているのがバレバレだ。
「はいはい」
苦笑しながらミズキは去なしにかかっている。
「キィーッ!」
甲高い奇声を発しながらダンダンと地団駄を踏むマイカ。
余計に認めているようなものだ。
足掻けば足掻くほどアウトなのだと気付かないものだろうか。
泥沼にはまっていくも同然なんだが。
アタフタするマイカは見ていて微笑ましいものがあるけどな。
思わず生暖かい視線を送ってしまう。
俺だけじゃなく皆でね。
あんまりからかうと暴発するのでこれくらいにしておいた方がいいだろう。
覆面男の試合も始まる訳だし。
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「始めっ!」
主審の掛け声と共に覆面男の相手がダッシュした。
「うおぉーっ!」
フェイントも何もない単なる突進である。
タックルに行くような素振りもない。
「あー、これアカンやつや」
何故か関西弁でトモさんが落胆するように言った。
肩を落として深い溜め息までついている。
「そうでもないみたいだぞ」
俺が声を掛けると、一応は顔を上げるトモさん。
ただし、表情はいまひとつである。
期待していないのは明らかだった。
見るだけは見ておくけどって感じだな。
試合前のマイカと入れ替わったかのようだ。
ダッシュ野郎が覆面男に肉薄する。
「くらえっ!」
外から巻き込んでやると言わんばかりのスイングパンチを放った。
変形のロングフックといったところか。
当人にしてみれば工夫したつもりなんだろう。
こういう素人くさい突進からの攻撃はストレートが定番だと思い込んでいそうだ。
そこから死角を利用する横からのパンチで相手の意表を突こうとしたのだと思う。
その割りには間合いへの踏み込みが足りていない。
おまけに挙動が大きくパンチを放つ前からどういう攻撃かが分かってしまったさ。
反則覚悟の威力重視といったところか。
間近で見れば結構な迫力があるかもしれない。
要するに大振りだ。
なお、死角からの攻撃という目論見は最初から失敗していた。
威嚇効果も狙ってのことかもしれないが。
欲張りすぎである。
方針にまとまりがないのが失敗の元だろう。
どちらかに固めていたとしても覆面男に通じるとは思えなかったが。
あの覆面で戦い抜いてきた男が、死角からの単発攻撃でどうにかできる訳がない。
威嚇にしても同様だ。
そんなことで気後れすると考える時点で本当に本戦出場者なのかと疑いたくなる。
マイカが試合にならないと事前に評していたのも頷けるというものだ。
「くらわんなぁ」
トモさんはエセ関西弁でそう評した。
「いきなり、あんなのじゃね」
覆面男がわざと当たろうとしない限りは。
そういうつもりはないようで、覆面男はヌルリとした動きでパンチを躱す。
そしてダッシュ野郎の脇へと抜けていく。
抜け際に背中を押して離れていった。
ダッシュ野郎はバランスを崩してつんのめる。
バタバタした感じで転びそうになっていた。
どうにか踏み止まりはしたが、不格好な足の止め方になっていたのは否めない。
当然のように観客からは──
「何だぁ、突っ込みすぎてつまずいたのかよぉ?」
「入れ込みすぎなんだって」
「そんなんじゃ、あっさり負けちまうぞぉ」
容赦のないツッコミを入れられていた。
覆面男が押したところは見られていないようだ。
上手く体で隠していたし、押し込む手の位置も低めで見えづらかった。
あれだとミズホ組以外では押された当人しか気付かないかもしれない。
逆にダッシュ野郎にしてみれば、どうして観客は気付かないのかと思うはずだ。
あれだけの強さで押し出されて分からぬはずはないと。
その証拠にとでも言うべきか、ダッシュ野郎の顔面に朱が差した。
何にせよ、大勢の前でみっともないところを見せてしまったからな。
そこで生じた恥の気持ちは観客の煽りによって増幅させられてしまう。
理解されなかったことへの怒りも交えながら。
ダッシュ野郎の顔がドンドン赤くなっていく。
すぐに恥より怒りが上回ってしまったようだ。
「あれ、覆面男の作戦かな?」
誰に聞くでもなく疑問を口にした。
「違うんじゃない」
真っ先に答えたのはマイカだった。
「最初の攻撃から冷静さが欠けていたから仕切り直しをさせようとしただけだと思うわよ」
確かにそういう見方もできる。
バランスを崩していなければ即座に反転して連続攻撃に持ち込んでいたかもしれないし。
「必要以上に距離を取ってるものね」
ミズキが補足する。
覆面男はダッシュ野郎の脇を抜けた後も止まらなかった。
それをするメリットは何もない。
背後を取った直後に相手は大きな隙を作った訳だからな。
「視界を広く取らせて落ち着かせるつもりだったか」
皆も頷いている。
反対する意見はない。
覆面男は絶好の機会を自ら放棄した訳だしな。
「このままアッサリ試合終わらせたらブーイングの嵐やもんな」
「観客を敵に回したくないのね」
アニスやレイナのような見方もできる。
「顔を見せないのに繊細なんだね」
リオンがそんな感想を漏らした。
ルーリアが苦笑する。
「それは言えているな」
「性分なんだろう。
顔は隠せても生来のものまでは隠せないということだ」
レオーネが嘆息しながら言った。
「それで対戦相手を怒らせたのでは本末転倒と言わざるを得まい」
「想定外だったのでしょう」
エリスがそう言いながらクスクス笑う。
「今頃は覆面の下で焦っているのではないかしら」
「そうですか?」
疑問を呈したのはマリアである。
「実力差は明白です。
焦る要素は何処にもないと思うのですが」
「あれだけ気遣う人だからじゃないでしょうか?」
予想した答えを疑問形で口にするクリス。
「そういうことですか」
今度はマリアが嘆息した。
「気の小さい男ですね」
覆面男は散々な言われようである。
「では、この後の展開は突っ掛かる相手を去なし続けることになりそうですね」
観客を気にしつつ対戦相手をなだめにかかる、か。
普通なら相手をなだめる必要など微塵もないのだけれど。
マリアの読みが外れているとは思えなかった。
皆も同じようだ。
「いくら何でも、それはないでしょう」
ツバイクなどはそう言っていたが……
実際にマリアの予想した通りの試合展開になっていった。
観客はそれで喜んだのだから結果オーライではないだろうか。
読んでくれてありがとう。




