1558 この後はどうする?
スピード派は場外へ落とされた。
カエデが投げ技に持ち込んだ結果だ。
スライディングを減速した状態から腕を取られてグルンと1回転。
ドスンと尻餅をついたスピード派が──
「ぐえっ」
とカエルのような声を漏らしてゴロゴロ転がっていく。
座した状態で投げ技を放ったカエデが、それを見送りながらゆっくりと立ち上がった。
「「「「「……………」」」」」
試合会場が静まり返っている。
観客の多くは何が起きたのか瞬時には理解できなかったようだ。
ただ、カエデが反撃したということだけは理解したはず。
スピード派の体が派手に跳ね起こされて宙を舞ったからな。
「「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
少し遅れて観客席が沸き上がった。
カエデは歓声に応えるでもなく淡々とした様子で舞台の中央に戻る。
素っ気ない対応だがカエデらしいとも言える。
逆に決着の付け方はらしくなかった。
放っておけばスピード派の自爆で終わっていたからな。
蛇足と言っても過言ではない。
言い換えるならパフォーマンスをして勝利に花を添えたというところか。
派手な振る舞いを好まないカエデには考えられないことだが。
ルベルスの世界にスポーツ記者がいたなら何故それをしたのかと問われたことだろう。
どう答えるかまでは分からない。
が、カエデも武王大祭の試合であることを考慮したのであろうことだけは分かる。
端的に言えば空気を読んだ訳だ。
スピード派が連続攻撃を繰り出している時は外連味なく回避するだけだったけど。
さすがに盛り下げてしまうのはどうかと思ったのかもな。
お祭りなんだし。
カエデなりのサービスなんだろう。
本人は精一杯できる限りのことをしたつもりなんじゃなかろうか。
盛り上げられるかどうかまで考える余裕がなかったとは思うけどね。
それでも盛り下げてしまうよりはマシだと頑張ったに違いない。
ガラにもないことをしたせいか審判団の判定を待つカエデは居心地が悪そうだ。
他の観客たちからは落ち着いて待っているようにしか見えないだろうが。
なんにせよサプライズ的な効果まではカエデも予測できなかったみたいだね。
少なくとも会場を沸かせる結果になるとは思っていなかったはずである。
でなければ舞台の中央で目を閉じて必死に外部からの情報を遮断しようとはすまい。
眉間に皺が寄りそうになっているので、あまり上手くいっているとは思えないが。
いずれにせよ審判団の判定が待ち遠しいに違いない。
「投げられちゃったね」
「ゲホッて言ってた」
メリーとリリーがそんな感想を述べている。
「暖気なものね」
姉のリーシャが嘆息混じりに言った。
「「えー、だってー」」
ハモるメリーとリリー。
さすがは双子である。
相変わらずと言うべきなんだが、こればかりは慣れたと思ってもそうでない時がある。
今回はそのパターンだ。
「試合が終わったもん」
「試合中もそれなりだったけど」
「「ねー」」
2人は顔を見合わせながら頷き合った。
「まったく……」
頭を振るリーシャ。
「君らの姉さんは終わったから修羅場だと言いたいんだと思うぞ」
姉の代わりにルーリアが苦笑交じりで言った。
「「えー?」」
どういうことかと問いたげにルーリアを見る双子ちゃんたち。
が、ルーリアは──
「カエデをよく見るんだな」
と答えるのみだ。
「そうですね~」
ニッコリ笑ってそれに同意するダニエラ。
特に動きはないので揺れたりはしない。
何がかは言うまでもないだろう。
「アンタら、もうちょっとカエデに気ぃ遣ぉうたりぃな」
「そうね。
あれ、ちょっとテンパってると思うわよ」
アニスやレイナも続いている。
「「あ、そうだったんだ」」
リーシャが暖気だと嘆くのも頷ける。
今更だが、この2人も天然さんだった。
常にという訳ではないから分かりづらかっただけのこと。
まあ、それはそれとして審判団の協議が終わったみたいだ。
前例があることなので確認から話し合いまで比較的スムーズに行われたっぽい。
どういう内容か気にならない訳ではなかったがスキルを使った確認はしていない。
それをしてしまうと面白みが半減するからな。
人によっては皆より先に知ることで優越感を感じるとかあるんだろうけど。
そういう気分になる時もあるので気持ちは分からなくもない。
が、周囲の反応を確かめるためならともかく、こういうのはね。
皆と同時に知ってこそと思う訳だ。
十中八九、見た通りの結果で終わるだろうけど。
それでも結果が覆ったりするようなことがあれば皆と一緒に驚くことができる。
そうなることを期待している訳ではないのだけど。
「勝者、カエデ!」
主審の宣言に──
「「「「「わあああぁぁぁぁぁっ!」」」」」
観客が沸き上がった。
カエデが投げ技を放った時ほどの興奮はない。
が、それでも試合会場がビリビリと震えるのではと思うほどの沸きようだ。
続いて拍手の音が会場全体から降り注ぐように聞こえてきた。
「良かったぞー!」
「胸を張れー!」
「そうだ! 恥じることなんて何もないぜ!」
「面白かった!」
「ナイスファイト!」
負けたスピード派に送られる声が多かった。
それも暖かみの感じられるものばかりである。
それだけスピード派の奮闘が称えられている訳だ。
「次も出場してくれよなー!」
中には気の早すぎる言葉もあって少しの笑いを誘ったりもしていたが。
それはスピード派にも届いていたらしい。
その言葉を聞いて目を白黒させた後に苦笑していた。
直前まで少し俯き加減になって無念さを滲ませていたんだがな。
ナイスジョークと言っておこう。
その声援を送った観客は本気だったのかもしれないけれど。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「さて、カエデ嬢の試合が終わったんだけど」
そう言いながらトモさんが俺の方を見た。
「帰るかい?
それとも、まだ見ていくかい?」
そういう問いをしてくるということは気になることがあるのだろう。
「誰か気になる選手でもいたかな?」
問いかけに問いで返してしまったが、トモさんは不満を滲ませることはなかった。
むしろ嬉しそうである。
「ハルさんは気にならないのかい?」
そう聞いてきて意味ありげにニヤリと笑う。
「秘技、問い返し返し」
完全に誘われている。
こちらも問い返したのだから俺もそうすべきだと。
『しょうがないなぁ』
と思ったところで──
「はいはい、問い返し返し返しは禁止ね」
マイカに待ったをかけられた。
トモさんと2人でずっこける。
「ボケ始めた直後にぶった切られとぅわぁー」
トモさんが古い時代劇で見るような外連味のある斬られ方を真似している。
あくまでもボケ倒そうというのだろう。
「ボケ続けるなら試合観戦は終わりにして帰るわよ」
一瞬で姿勢を正すトモさん。
「何というボケ殺し」
真顔でクレームを入れていたけどね。
「どうせなら外で祭りを楽しんだ方がいいでしょ。
それとも見応えのある試合をする選手が残っているとでも?」
「仮面の人だね」
トモさんは即答した。
「仮面?」
怪訝な表情を浮かべるマイカ。
「覆面男のことだろう。
選手紹介の時だけ仮面を被っていた」
俺が補足説明すると──
「ああー、アイツね」
マイカも思い出したようだ。
「確かに余裕で勝ち上がってるみたいだけど」
マイカの言葉にトモさんがうんうんと頷いている。
「優勝候補だと思うんだよ」
「見る価値はないと思うわよ」
にべもなく言われてしまった。
トモさんは「ガーン」を顔全体で表現して固まってしまう。
ただ、今日はそこで終わらない。
「何故だっ!?」
久々かもしれない銀座弾正さんの物真似は力がこもっていた。
「「「「「坊やだからさ」」」」」
ミズホ組の全員で応じた。
全力の物真似ならば応えねばなるまい。
お陰でミズホ組以外の面子には目を丸くされたけどな。
マイカはそんなことは些事であるとスルーして話を進める。
「覆面男が凄くても、意味ないわよ」
「その心は?」
まるで禅問答でもしているかのようなき聞き方でトモさんが問うた。
「対戦相手と釣り合い取れてなきゃ一方的な展開で終わるだけでしょ」
もっともな話だ。
今回のカエデの試合はスピード派がいてこそ熱戦となった。
そうでなかったとしても知り合いの試合だから最後まで観戦はしたはずだけどね。
逆に覆面男にはそんな義理がない訳で。
期待のできない試合展開になると読めているなら見る価値は半減以下だ。
「ギャフン」
トモさん、撃沈である。
読んでくれてありがとう。




