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1555 そしてカエデの相手は

 午後からの試合はそれなりだった。

 そうそう強者はいない。


 まあ、仮にも本戦出場者だ。

 弱くはないと思う。


 が、注目に値するような選手は1人も見当たらなかった。

 覆面男の試合はカエデの試合の後だったはずだしな。


「ままならんものだな」


 思わず愚痴っていた。

 それを聞きつけたトモさんが──


「ママとレモンがどうしたって?」


 などと、とぼけたことを言ってきた。

 しかも際どいことまで言っている気がするのは何故だろうか。

 昔懐かしい台所で使うアレのことなど考えてはいけない。


「それではないね」


「おや、ではママと奈良漬けかな」


 なおもボケてくるトモさん。

 あんまりママと言ってるとエリーゼ様に仕事を丸投げされそうな気がするんだが。

 トモさんは気付いているだろうか。


「違うね」


「じゃあ、えーっと……」


「ママが並んでいる訳でもないよ」


「おおっ、そっちの方がニアピンだ」


「訳の分からないことを」


「それがボケの神髄というものだよ」


 自らボケていることをぶっちゃけるか。


「自分で言うかね」


「ハッハッハ、これは邪道だったかな」


 とは言うものの、気にした様子はない。


「退屈ならそう言えばいいじゃないか」


「いやいやいや、それは真面目に試合している人たちに失礼だよ」


「そんな風に言う時点で認めてるよ」


 ツッコミを入れると、ハッとした顔をするトモさん。

 もちろん芝居っ気はたっぷりだ。

 この状況を存分に楽しむ気である。


「なんてこっ鯛の西京焼き」


「食べたくなるから食べ物系駄洒落はやめような」


「お、おう……」


 トモさんが思った以上に動揺しながら返事をした。

 別に強くたしなめた訳でもないのだが?


「確かに昼間っから飲みたくなりかけたよ」


「あー、そういうこと」


 確かにお酒が欲しくなりそうなメニューだった。

 地味にダメージがある。

 昼食を食べていなかったら我慢できたか怪しいところだ。


「オヤジギャグも程々にってことだな」


「オチがついてしまったね」


 2人でハハハと乾いた笑いを漏らしてしまったさ。

 なんにせよ、それなりに時間潰しができたと思う。


「バカなことばっかり言ってんじゃないわよ」


 なんてマイカにツッコミを入れられたけど気にならない。

 普段ならマイカにだけは言われたくないとか反論しているところだったけどな。


「カエデの試合が始まるわ」


「おや、いつの間に」


 軽い調子でトモさんが試合場の方を見た。

 俺もそれに続く。


「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」


 観客の歓声がひときわ高く聞こえてきた。

 ちょうどカエデと対戦相手が舞台上に上がったところだ。


 相手は俺たちが勝手にスピード派と呼んでいる男である。

 選手紹介の時に素早さは今大会ナンバー1だと言われていた。

 それだけに観客も盛り上がっている訳だ。


「ようやくかぁ」


「待ちかねたぞ、少年!」


 トモさんが仕事用の声を使った。


「ちょっと、トモくん。

 カエデちゃんは女の子だよ」


 頬を膨らませてプリプリ怒るミズキ。

 俺たちより年上なんだけどね。


 が、野暮なことは言うまい。

 女性陣からもれなく顰蹙を買うだけだ。


「それ、永浦氏の物真似だから」


 とだけツッコミを入れておいた。


「フッフッフ、さすがはハルさん」


 分かってるねと御満悦なトモさんである。

 一方でミズキはというと──


「あるぇ?」


 首を傾げている。

 どうやら記憶上にあるデータベースには存在しないようだ。


「劇場版のクライマックスシーンだからなぁ」


 ということを考慮すればデータがなくても仕方がない。

 俺も映画館には行かずにDVDで見ただけだし。


 迫力のあるスクリーンでは見られなかったが何度でも見返せるのがDVD鑑賞の利点だ。

 永浦氏の役の人は結構な見せ場があったから俺個人としては満足している。


「あ、そっちは見てなかったよ」


「ほらっ、始まるわよ」


 再び脱線しかかったが、マイカに促され試合開始を待つことになった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「始めっ!」


 主審の合図により試合が始まった。

 対戦相手が素早く横に跳んだ。


 が、カエデは動かない。

 目で追うのみである。


 スピード派は更に跳ぶ。

 カエデを中心として円を描くように。


 対するカエデは慌てた様子もなく体の向きを変えるのみ。

 視界に入っているなら充分と言わんばかりである。

 そのせいかスピード派を正面に捕捉できずにいた。


 スピード派がまだ速くできるとばかりに更に加速する。


「「「「「おぉ─────っ!」」」」」


 観客が沸き上がる。


「速えっ!」


「まだスピードが上げられるのかよっ」


「今までのは全速力じゃなかったのか!?」


「スゲえな」


「本当に人間か?」


 そんな声が聞こえてくる。

 【多重思考】と【天眼・遠見】と【遠聴】のスキルコンボで拾ってきた結果ではあるが。


 一方で結界周辺の観客は目の肥えた冒険者が多いようだ。

 あまり派手に驚いている様子は見られない。


 一方通行の音声結界にしてあるので騒々しくないのはありがたい。


「いやはや、呆れたものだね」


 サリーが嘆息する。


「そうだな、奴はバカなのか?」


 ランサーが呆れた様子でフンと鼻を鳴らした。


「そうとは限らんだろう」


 タワーがランサーの疑問に待ったをかける。


「何があるって言うんだよ?」


「秘策を隠しておるのかもしれん」


「秘策ねえ……」


 ランサーはその意見に懐疑的だ。

 お前はどうなんだとばかりにスタンに目を向けた。

 サリーに声を掛けなかったのはオペラグラスでの観戦に夢中になっているからだろう。


 スタンは2人の会話に不穏な気配を感じたのかオペラグラスを下げていた。

 ある意味、自爆である。


「私はタワーさんと同じ考えです」


「そうかい」


 同意が得られなかったせいか、ランサーの返事は素っ気ない。

 八つ当たりするほど子供でもないようだが。


 まあ、いい年したオッサンだしな。


「見ていれば分かることだ」


 タワーはそう言うと、オペラグラスを用いた観戦に戻った。


「それもそうだな」


 ランサーも反発することなく、それに続く。


「はあーっ」


 スタンは安堵の溜め息をついた。

 観戦は一休みするようだ。


 気遣いに疲れている中間管理職みたいに見えてしまったさ。

 5国連合の中では最年少のはずなんだが。


 最年少だから扱いが軽く、そのせいで板挟みにあうという考え方もできるけどな。

 気疲れして黄昏れ気分に浸りたくなる気持ちは分からなくもない。


 が、現状においては間が悪いと言わざるを得ないだろう。

 試合は生ものである。

 その瞬間を見逃すと二度とは戻って来ない。


「「「「「うお───────────────っ!!」」」」」


 観客席が沸いた。

 スピード派がリズムを変えただけでこれだ。


 とはいえ、トップスピードに乗っている時にそれをすると一般人では目が追いつかない。

 たとえ舞台上から距離があったとしてもな。


「なっ、何です!?」


 スタンが慌ててオペラグラスを覗き込んだ。

 が、その瞬間は見逃している。


 スピード派は急減速で落ちたスピードを取り戻すための再加速中だ。

 今頃になって食い入るように見ても意味はない。

 リズムを変えた瞬間に攻撃もしていたしな。


 ことごとくを回避されていたけど。

 少し退くだけで当たらない。


 それはスピード派にとって誤算だったのではないだろうか。

 再加速はしているから愕然レベルではないようだけど。


 代わりと言ってはなんだが、観客たちは大興奮である。


「あの速え奴、2人に分かれなかったか!?」


 分身したと言いたいのか。


「俺には一瞬、消えたように見えたぞ!」


「どうなってんだよ?」


「訳が分かんねえ」


「「「「「何をしたんだっ!?」」」」」


 観客たちが騒然としている。

 口々にあーでもないこーでもないと言っているが、的外れな意見ばかりである。


「何がなんだか……」


 ツバイクも戸惑っているから無理からぬところはあるだろう。


「魔法を使っていないのだけは間違いないんでしょうけど」


 一般の観客よりは混乱していないようだ。

 スピード派の技を見切るところまでは至らないのだが。


読んでくれてありがとう。

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