1552 何でもかんでも丸投げすればいいってものじゃない
スリープメモライズは思った通りの効果を発揮した。
目覚めたカエデは数々の非礼を詫びはしたが、土下座はしなくなったのでね。
一応の成功と言えるだろう。
非礼については意見が噛み合わなかったけど。
俺はそんなものはないと主張したが、カエデは頑なに認めなかった。
お忍びで来ているんだから納得してくれと頼み込んでようやくって感じだったな。
それと思わぬ福次効果もあった。
カエデの睡眠不足の解消である。
前日まで泥棒貴族の手の者どもから安眠できないよう妨害活動が行われていたそうだ。
それに加えて昨日はギリギリまで頑張ってからの寝落ちである。
本来なら極度の寝不足になっていても不思議ではなかったはずだった。
それがスリープメモライズの強制的に眠らせる術式の部分で安眠を得られたみたい。
これで武王大祭にも万全の体調で臨めることだろう。
何が幸いするか分からないものだ。
ウルメと対戦することになれば間違いなく強敵となるはず。
というより、分が悪いと思う。
実際に戦ってみなければ分からない部分もあるが不利であるのは否めない。
技術面では完全に負けているからな。
試合後のクジ引きによる対戦の組み合わせにも期待はできない。
どんなタイプの相手が来てもカエデが苦戦することは考えにくいし。
一方でウルメの今日の相手は蹴り男だ。
リーチでは絶対的に不利となる。
技術的にも今までの相手とは格が違うしスピードもある。
初戦のように不意打ちは通用すまい。
本気になれば苦戦することはないとは思うが。
そうなれば手の内を見せることになってしまう訳だ。
それがどう影響するか。
カエデほどの実力者であれば、その試合を観戦しただけで多くの情報を引き出すだろう。
有利になることだけはあるまい。
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今日の試合はウルメが午前中で、カエデは午後からだ。
中途半端に時間が空くので試合会場の場所取りが重要となってくる。
という訳で二手に分かれ、場所取りと食料調達に向かうことにした。
俺は食料調達班に同行している。
調達班の面子には子供組がいた。
「可及的すみやかに食料調達任務を遂行するのニャ!」
ミーニャが子供組一同に号令をかけると──
「「「「おー」」」」
残りの面々が拳を突き上げて応じた。
幼女の集まりなので通行人たちも微笑ましげに視線を向けて通り過ぎていく。
「試合が始まってしまうの」
ルーシーが急かすようなことを言っているが、そこまで急いでいる訳ではない。
時間的な余裕はちゃんと見ている。
まあ、気分の問題だ。
「子供組の名にかけて」
シェリーが何処かの高校生探偵みたいなことを言っている。
かけているのは爺さんの名前だけどな。
「「間に合わせるよー」」
ハッピーとチーも普段よりテンションが高めである。
全員の気合いが入っているのだけは確かなようだ。
昨晩の仕事をした時の高ぶりが余韻として残っているのだろうか。
些か不安ではある。
「急ぐのニャー!」
「「「「おー!」」」」
そして子供組は散っていった。
「大丈夫なのか?」
彼女らが去っていくのを見て剣士ランドが問うてきた。
「何がだ?」
「あの子たち、屋台とは違う方へ向かったようだが」
確かにランドの言う通りである。
子供組は誰1人として屋台には向かわなかった。
「屋台に向かうと言っていたか?」
「どういうことだ?」
怪訝な表情を向けてくるランド。
「食料調達だと言っていただろう」
「ああ、言っていたが?」
ランドは聞きながら胡乱なものを見るような目を向けてきた。
何を当然のことを聞くのかと言わんばかりだ。
「屋台で食料調達するとはひとことも言ってないぞ」
「うぐっ」
「ハハハ、ランドくんの早とちりだね」
軽戦士サリーが笑いながら指摘した。
「確かに食料調達は屋台でなくてもできるじゃないか」
「くっ」
悔しそうに歯噛みするランド。
「しかも、屋台に客が集中しがちだから普通の店舗の方が迅速に買えるだろう」
「嬢ちゃんたちの方が賢いじゃないか、ランド」
槍士ランサーが意地の悪いことを言う。
「ぐぬぬ」
ランドは更に悔しそうに唸った。
「そのくらいにしておけ、こんな場所で騒ぎを起こせば試合観戦ができなくなるぞ」
重戦士タワーがランサーを諫めた。
「いや、これは失敬失敬」
軽薄な笑みを浮かべつつ謝るランサー。
明らかに煽っている。
何故だか落語を見ているような気分になった。
言い回しだけでなく身振り手振りがそれっぽい感じだったからだろうか。
「ランサーさん、喧嘩を売っているようにしか見えませんよ」
魔法使いスタンが更にたしなめる。
「へーい」
ランサーもようやく矛を収める気になったようだ。
よほど退屈しているんだろう。
だったら試合会場で待っていれば良かったのに。
向こうなら席さえ確保してしまえば試合観戦できるからな。
自分で食料調達するでもないのに俺たちと一緒に来たのは不可解だ。
いや、それ以前に──
「よく出てこられたな」
そう言ってやりたい。
というか言ってしまった。
が、何処からとは口にしていないので一応はセーフだ。
「おやおや、今度はハルト殿が挑発かい?」
サリーが楽しそうにランドを見ながら言った。
「挑発だと思う根拠は?
俺はむしろ心配しているんだが」
「あらあら、ランドくんは幸せ者だねえ」
「いや、心配しているのは仕事を押し付けられた連中だ」
宰相やその補佐をする文官たちだな。
「アハハハハ!」
サリーが愉快極まりないと声に出して笑う。
「やっぱりサボりは良くないよねえ」
そして不敵な笑みを浮かべたままランドを見た。
「─────っ!」
当のランドは指摘されたことが事実であるだけに言い返すことができないようだ。
「その調子だと丸投げしてきたんだろう?」
「よく分かったねえ」
感心するように答えたのはランドではなくサリーだった。
「奴らの処理はすみやかに終わらせるべきだろうしな」
ここで言う奴らとは泥棒貴族を筆頭とした一味のことだ。
つまり処理とは処刑のことである。
死んだも同然ではあるものの、死んだ訳ではないからな。
それと処理には別の意味も含まれている。
連中がやらかした犯罪により残された証拠の処分とかな。
証拠品の処理は必須である。
精査した後に廃棄するだけでも大変だ。
廃棄は一部の例外を除き、そう苦労することもないとは思うが。
ただ、精査の段階で書類仕事に追われるのがキツいはずだ。
塵も積もれば山となる。
犯罪の証拠もたんまりあるからな。
人海戦術で処理しても何日かかることやら。
それと一部の例外が面倒だ。
ぶっちゃけ麻薬である。
押収量を厳密に管理しておかないと横領から闇ルートへ流れかねない。
だったら真っ先に処分すればいいとなるかもしれないが、それでも問題がある。
焼却すると成分を含んだ煙が出てしまうからな。
間違って吸い込めばアウトだ。
だからといって埋める訳にもいかない。
安全に処理しようとすると西方では結構な手間となる。
あとコストもかかるな。
そのあたりは泥棒貴族から没収した資産で賄うことになると思うけど。
だが、処分してしまえば問題も解決だ。
そういう意味では廃棄するだけで終わる証拠はまだ負担が少ないかもしれない。
廃棄処分できないものも中にはある。
物ではなくて人だからな。
そう、被害者だ。
人が相手だと保護と保障が必要になってくる。
余所の国なら救出後に放り出して終わりなんて国もあるようだけどな。
5国連合はそういう面ではまともに対処する部類の国々である。
手厚くとはいかないものの最低限のことはするようだ。
当然、1日や2日で終わるようなものではない。
引き継ぎを終わらせた俺たちには関係のない話だけどな。
「そういうので下の者を扱き使うことになってやしませんかね、剣士ランド」
俺が問いかけると、ランドがばつの悪い表情を見せた。
丸投げすること自体については俺もやるから、とやかくは言わない。
が、それにしたってタイミングというものがある。
武王大祭で忙しい最中に仕事を増やすのはどうかと思うのだ。
暴走して魔法で突っ掛かってきた貴族の後処理も終わってないだろうし。
これで丸投げするのは、さすがに俺も引いてしまう。
作業量を細かく見てはいないがブラックな感じになっているんじゃなかろうか。
碌なことにならない気がするのだが。
「今からでも帰った方がいいと思うんだが」
「そうする……」
落胆したランドがトボトボと歩いて去っていった。
読んでくれてありがとう。




