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1548 固まった

 結局、ミズホ組の仕事は日付が変わる前に余裕を持って終わった。

 忖度したトモさんがオマケでお仕置きした状態でな。

 悪党どもを死体にした訳ではないがね。


 ただ、廃人となっては悪事を働くことはもちろん逃亡もできない。

 死んだも同然である。

 後始末が面倒になったとも言えるか。


 が、尋問は済んでいるため事務的な処理は楽になっていた。

 トモさんは魔法で調書まで仕上げていたらしい。

 ハイラントが丁寧に頭を下げて礼を言うはずだ。


 なんにせよ、ここからハイラントは忙しくなる訳で。

 礼を言った後はさほど間を置かず帰っていった。

 もちろん影渡りでね。


 送っていったのはカーラである。

 帰りも同じ相手の方が向こうで迎える側も安心できるだろうと思ったのだが。


 どれだけ魔力があるのかと5国連合の面々にドン引きされた。

 そこは仕方ないし気にしてはいけない。


 いつものごとくミズホの常識は西方の非常識で通させてもらおう。

 俺たちは苦笑いしながらスルーである。


 で、ハイラントたちが影の中に沈んでいくのを見届けると──


「ハルト殿、聞きたいことがある」


 カエデが真面目な顔で話し掛けてきた。


 まあ、この娘さんは元から生真面目なタイプなんだけどさ。

 なんというか、もう半歩踏み出せば深刻ささえ醸し出すんじゃないかって感じなんだよ。


「どうした?」


 思い当たる節のない俺としては困惑するばかりである。


「思い詰めるような悩みでもあるのか?」


「悩みではない……」


 とは言うものの、何か言い淀むような雰囲気がある。


「とてもそうは見えないが?」


「確かめたいことがあるだけなんだが……」


「確かめたいこと?」


 ますますもって分からない。

 だが、ピンときた者たちもいるようだ。


「あー、そういうことかぁ」


 などとマイカが言っている。


「それは戸惑うよねえ」


 ミズキも分かっているようだ。

 戸惑うって、俺が戸惑っているんですがね。


「ハルトさんは分かっていないようですよ」


 エリスも参戦してきた。


「仕方ありませんよ」


 マリアもだ。


「えーっと、私は何のことだか?」


 クリスは俺と同じく分かっていないようだ。

 ちょっと安心した。


「分かるかな?」


「分かんないだろうなぁ」


 ABコンビがコンボでそんなことを言ってくる。

 何だか遊ばれている気分だ。


「ねえ、お姉ちゃんは分かる?」


「多分な」


 リオンの問いに苦笑しながらレオーネが答えた。


「そうなんだ」


 ちょっとションボリするリオンが可愛い。

 とか言ってる場合じゃないよな。


『もしかして俺が鈍いだけ?』


『くくっ[くうー]』


 さすが[鈍感王]って言われてもな。

 この称号とは関係ない話の気がするんだが。


 それとも、すべての事柄において鈍感であるかを示す称号なんだろうか。

 気になりはするものの、今はカエデの確かめたいことを気にすべきだろう。


「で、何を確かめたいんだ?」


「ハイラント殿のことだ」


「うん、それで?」


 まだ分からない。

 ミズホ組の多くは「ダメだ、こりゃ」と苦笑したり肩をすくめたり。


 しょうがないじゃないか。

 首を傾げている面々もいるんだし、俺が分からなくても不思議じゃないと思いますよ?


「私の聞き間違いでなければなんだが」


 ここでカエデは言葉を一旦切った。

 最初は勿体ぶるなぁと思ったが、そういう雰囲気とは何か違う。

 微妙に焦っているというかビビっている感じに見えるのだけど。


 はて?

 謎は深まるばかりだ。

 そしてカエデはなかなか次の言葉を繰り出してこない。


 故に俺は──


「聞き間違いでなければ?」


 問いかけてカエデの発言を促した。


「っ!」


 カエデの緊張感が一気に高まる。

 そこまで覚悟を必要とすることなんてそうそうないと思うのだが。

 何だか嫌な予感がしてきた。


「ハイラント殿は、フュン王国を統べる者としてと言わなかっただろうか?」


「……言ったな」


 トモさんに礼を言った時だ。

 言われてみれば気付かない方がどうかしている。

 カエデが困惑していたしな。


 俺が礼を言われた訳じゃないからとスルーしていたんだが。


 よくよく考えれば、とんでもない爆弾発言だ。

 統べる者なんて婉曲な言い回しをしていたが王以外の何者でもない。


 カエデが聞き間違いかと悩んだり困惑したりするのも当然だ。

 まあ、統べる者をどう聞き間違えるのかという話になるけどな。


 滑る者?

 売れないお笑い芸人かっての。


 あと思いつくのはスペルぐらいか。

 英語だからカエデに通じるはずもない。


 強引にボケるなら何かありそうな気もするが、生憎と俺は芸人ではない。

 統べる者以外にはあり得ないだろう。


『あのオッサン!!』


 今更ながらに吠えたくなったが、カエデの前でそんな真似をする訳にもいかない。

 当のカエデは真っ白状態で固まっていた。

 元から色白美人さんだったが、完全に血の気が引いてしまっている。


「あー、許容範囲を超えてフリーズしちゃったかぁ」


「如何にいたすつもりじゃ?」


 それまで口出ししてこなかったシヅカが問うてきた。

 珍しいこともあるものだ。


「この調子では他の4人の正体を知ったも同然になるのではないか?」


「OH……」


 控えめに考えても宰相とか側近のような上級貴族だよな。


「それだけではないぞ」


 まだあるのか。


「ツバイクや主もそうであろう」


「「あー……」」


 2人で天井を仰ぎ見て深く溜め息をついてしまったさ。

 ツバイクも当事者であることに気付いたようだ。

 それまでは他人事のような空気を醸し出して眺めるモードだったんだけどな。


 ツバイクの心中は如何なるものか。

 面倒事に巻き込まれそうというのは念頭にあるだろう。

 修羅場と言えるようなものではないとは思うがね。


 カエデが復帰した後の反応が読めないから厄介そうだとは考えるんじゃなかろうか。

 そこから導き出される答えは……


「もう夜も遅いですし、私はこれで失礼しますねー」


 愛想笑いまで浮かべてススーッと滑るように後ずさっていく。

 笑うしかないというものだ。


「ああ、おやすみ」


 俺が就寝の挨拶をすると、ツバイクはビクリと身を震わせた。

 愛想笑いが引きつっている。


「どうした?」


「いえっ、何も」


 そういう割には冷や汗でもかいていそうな強張った顔をしている。


「そうか?

 では、いい夢を」


「あっああありがとうございます」


 ツバイクは強張った表情のままペコペコ頭を下げた。

 愛想笑いすることも忘れている。


「それでは失礼しまっす」


 そう言い残してピューッという擬音が聞こえそうな勢いで去っていった。


「逃げたわね」


「カエデちゃんのあんな姿を見たら無理ないんじゃないかなぁ」


 マイカもミズキも言いながら苦笑していた。


「あの王子様、女子に免疫なさすぎやろ」


 アニスが呆れた感じでツッコミを入れるように言った。


「そうだっけ?」


 首を傾げ疑問を呈するレイナ。


「普通に話とかできてたわよ」


「日常会話レベルやったら問題ないんやろな。

 女子が困ってる時とかにフォローせえ言われたら固まってしもて何もできん感じやわ」


「あー、それでしどろもどろになって逃げたのね」


「そういうこっちゃ」


「そんなので大丈夫なの?」


「大丈夫って何がやねん」


「結婚に決まってるでしょ。

 王太子が若い女子を苦手にしているなんて冗談にしたって笑えないわよ」


「大丈夫とちゃう?

 苦手や言うても恐怖症レベルやないしなぁ」


「やせ我慢してるだけかもよー」


「そんなん知らんがな。

 なんで余所の王族の心配までせなあかんねん」


「アハハ、それもそうね。

 父親であるアスト王にとっては不幸でしかないけど」


 完全に他人事である。

 まあ、同感だけどな。


 俺だけじゃなくて他の皆も。

 だからこそ誰もアニスとレイナの会話に割り込まなかったのだ。


 約1名だけ絶句して割り込めない者がいたけれど。

 一連の会話が耳に入ってきたことで強制再起動させられたカエデである。


 追加情報に衝撃を受けていたけどな。

 御愁傷様と言う他はない。

 そこに他意はないので嫌みだとは思わないでもらいたいものだ。


読んでくれてありがとう。

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