1547 帰ってきた
結論から言うと、カエデはミズホ国に来ることになった。
ジェダイトシティに来るだけではあるのだけど。
要するに現時点では国民にはならないということだ。
スカウト失敗というよりは継続中と言うべきだろう。
気に入ったら国民になってみないか程度に言っただけなのでね。
返事はイエスでもノーでもなかった。
まあ、保留ってところか。
出会って間がないし無理からぬところはある。
ジェダイトシティを見て回ってから判断するのも悪くないだろう。
とにかく今の段階で強引に誘うのはよろしくない。
話を蹴られてしまいかねないし。
場合によってはカエデとの関係性が険悪化する恐れだってある。
そこまでいかなくても断られてしまうとリトライは難しいだろう。
急いては事をし損じるとも言うしな。
ビルのように断られた前例があることも忘れてはいけない。
せっかく今回の一件で面識を得たのだ。
迎えるなら本人が喜んで来てくれるような感じになってくれるのがベストだろう。
やむにやまれぬ事情などもないのだし。
ならば実際にミズホ国の玄関口とも言えるジェダイトシティを見てもらおうとなった。
何でもかんでも見せる訳にはいかないがね。
可能な限り開示して見聞きしてもらうとしよう。
その上で断られたなら、それは仕方がない。
何かがミスマッチだったということになる。
それが何であるのかは分からない。
ある程度までは予測できるだろう。
カエデの好みそうなもの嫌いそうなものを分析するくらいは難しくはないからな。
が、そこまでして対策を取ろうとは思わない。
ありのままのミズホ国ではなくなってしまうからね。
それでは意味がない。
だから本人が合わないと思ったらそれまでだ。
まあ、理由くらいは聞くかな。
カエデ個人の好みの問題であるならスルーだ。
客観的に見て良くないこと悪いことであるなら改善する。
外部からの視点というものは侮れないからな。
自分たちの気付いていないことを指摘される場合がある。
……なんだか断られる前提で考えてしまっているな。
ネガティブなのは良くない。
カエデはジェダイトシティを見に来てくれるのだし。
最悪の場合、この段階で断られることだってあり得たのだ。
前向きに行こう。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
スカウトの後は雑談モードになった。
ハイラントたちが帰ってくるまでは何もすることがないからな。
主に話したのはカエデの旅についてだ。
ルーリアとは違って北の方を主に回っていたらしい。
修行のために冒険者となりダンジョンにもソロで潜っていたようだ。
なかなか無茶をするお嬢さんである。
だからこそレベルが高めなのだろうけれど。
西方基準の話ではあるものの決して楽だった訳ではあるまい。
修行と言うくらいだしな。
ジェダイトシティに来るのも修行の一環だと考えているみたい。
それと武王大祭の出場を続けるという話も聞いた。
やはり修行になると考えているからのようだ。
どこまでも修行を基準にして考えるらしい。
マニアかフェチの領域である。
紙フェチな誰かさんのようにスイッチが入るようなことはなかったけどな。
そんなこんなで話を続けている間に魔法の発動を感知した。
「お、帰ってくるか」
影の中からトモさんが浮き上がってきた。
続いて5国連合の面々なんだが……
「往生際が悪いっ!」
ハイラントは随分と憤慨していた。
「まあまあ、小悪党なんてあんなものだよ」
サリュースが苦笑しながらなだめている。
「私もそう思います」
スタークも援護に入った。
「私には滑稽で憐れな囚人にしか見えませんでしたよ」
「ふんっ!」
不機嫌そうに鼻を鳴らすハイラント。
「何があったんだ?」
2人がハイラントをなだめている間にランスローに聞いてみた。
「証拠を突き付けても知らぬ存ぜぬを通していただけだ」
「あー、往生際が悪いと唸る訳だ」
「その割りには向こうも焦っていたぞ」
「そうなのか?」
「しどろもどろで何を言ってるか分からんこともしばしばだった」
「それと証拠を突き付けてからずっと挙動不審だったな」
ルータワーが補足した。
「それでも認めなかったか」
苦笑を禁じ得ない。
「その調子だと誰かの陰謀だとか言っただろう」
「なぬっ!? どうして分かる?」
ランスローが驚きの声を上げた。
ルータワーも目を丸くさせている。
驚かれるほどのことはないと思うんだが……
「今まで色々と悪党を見てきたからな」
俺としては肩をすくめるしかできない。
「小悪党の定番の言い訳だぞ。
敵対する貴族に罠にはめられたとかは真っ先に言ったんじゃないか?」
「「その通りだ」」
半ば呆然とした面持ちでハモりながら2人が答えた。
「帳簿関連で追及したら信じていた商人に騙されたなんて言いそうだな」
「おっ、おお……」
「それも言った」
「凄いな」
「まるでその場にいたかのように言い当ておる」
「見聞きしなくたって想像がつくって」
「伊達に賢者と呼ばれはしないってことか」
「まったくだ」
ランスローもルータワーも感心することしきりな状態である。
こっちは、この程度のことで持ち上げられて居心地が悪いったらない。
「何でだよっ」
思わずツッコミを入れたさ。
ちょっと考えれば想像できるだろうに。
とはいえ2人は真顔である。
このまま話を続けても平行線を辿るだろう。
それどころか、俺の方が分が悪い気がする。
こういう時は撤退あるのみ。
「で、ハイラントは落ち着いたか?」
「まあね」
不機嫌そうに返事をしながらもハイラントは興奮状態から脱したようだ。
そしてトモさんの前に進み出た。
「おっと、何かな?」」
ハイラントは軽くではあるが頭を下げた。
「助かった、フュン王国を統べる者として礼を言う」
その言葉に真っ先に反応したのはカエデであった。
眉根を寄せて「どういうことだ?」と顔全体で表現していた。
「いやいや、ハルさんが受けた依頼を手伝っただけだから」
トモさんは謙遜している。
どうやら送迎以外に一仕事してきたらしい。
それもハイラントが頭を下げるほどのことを。
こんなことなら【天眼・遠見】スキルで確認しておけば良かった。
トモさんが行くなら大丈夫だろうと見てなかったんだよな。
「何をやったんだ?」
思わず声に出して呟いていた。
誰かに対して問いかけたつもりではなかったんだが……
「魔法でウソをつけなくしていたぞ」
俺の呟きを耳にしたランスローが答えてくれた。
「あー、ウソをついたら激痛が走るようにしたのか」
闇属性で呪いに分類される魔法だな。
色々とバリエーションを作りやすい魔法だが、尋問における基本は痛みだろう。
「いや、違うぞ」
ランスローが否定した。
どうやら俺の読みは外れたようだ。
「丸っきりハズレという訳でもないがな」
その口振りからすると、バリエーションのひとつだと思われる。
「最初、我々にはよく分からなかったが」
そう言ったのはルータワーであった。
「トモ殿が言うには恐怖の記憶を呼び覚まさせるのだとか」
「そうきたかぁ……」
ある意味、痛みよりもエグい。
自身に刻み込まれた恐怖の記憶を掘り起こされるのだからな。
起きながらにして悪夢を見せられるも同然だ。
腹に力を入れようが踏ん張ろうが耐えようがない。
別のことを考えようとしても逃れられない。
「知ってるんだな」
ランスローが確かめるような感じで言ってきた。
「そりゃあな」
オリジナルは俺が考案したからさ。
「禁呪のひとつだ」
それっぽく言ってみた。
「禁呪だって?
何かヤバそうだな」
「調整をミスると対象が一気に発狂まで行くから滅多なことじゃ使わないようにしてる」
「そんなにヤベえもんなのかよ」
予想外だったらしく唖然としているランスロー。
ルータワーも似たようなものだった。
「尋問が終わったら対象者は壊れただろ」
調整次第ではトラウマを植え付ける程度で済ませることも可能なんだけどな。
おそらく途中まではそういう感じにしていたはず。
最後の仕上げにキツいのが来れば廃人の出来上がりだ。
悪事を洗いざらい白状させて有無を言わさず処罰するにはもってこいと言える。
さすがはトモさん、と言うべきか。
「おっ、おう、確かにハルト殿の言う通りな状態になっていたな」
ランスローが戸惑いを見せつつ返事をし……
「う、うむ」
ルータワーも同じような状態で同意しつつ頷いていた。
読んでくれてありがとう。




