1546 秘密にする話
ローズのことが見えている訳ではないようだが何かは感じているらしいカエデ。
霊的なものに対する感知力が高いようだ。
さすがはルーリアと同じ先祖を持つだけはあると言うべきか。
退魔師の血を受け継いでいると、こういうことが起こりうる訳だな。
レベルが常識の範疇でも油断はできないことが、よく分かった。
特にローズはね。
気配を薄めてから確かめるようにそろーっと動くローズ。
珍しく恐る恐るといった空気が感じられたのは気のせいではあるまい。
一歩踏み出すあたりを爪先でチョンチョンと突いて確かめているし。
そんなことしたって結果は変わらないんだけどな。
本人にしてみれば気が気じゃないってことなんだろう。
確かめてからも動きは抜き足差し足って感じのヌルッとした動きだし。
そんな風に数歩歩いてはカエデの方をチラ見するローズ。
何度かそれを繰り返した後でカエデに向けて手をかざして左右に振った。
ふと、大御所芸人が若かりし頃にやっていたギャグを思い出してしまったさ。
動き自体はあんまり似てないんだけどな。
他人事になると、どうでもいいことを考える余裕ができるようだ。
本人はそれどころじゃなくてマジなんだけど。
カエデが反応していないのを確認して──
『くうーっ』
と大きく息を吐き出した。
かいてもいない汗を腕で拭う素振りまでしている。
相変わらず外連味の多いことだ。
気付かれなくなったと思った途端にこれですよ。
おまけにクルクル回って踊り出すし。
『調子に乗ってると痛い目を見るぞー』
俺は忠告したのだが……
『くくっ、くぅくー』
大丈夫、大丈夫ー、と忠告も無視して踊り続けている。
『くぅくーくっくくっくうーくぅくっくっくくぅ』
これだけ気配を誤魔化せば問題ナッシングゥ~、とか節をつけて歌ったりもする始末だ。
その瞬間、カエデの耳がピクリと動いた。
再び怪訝な表情になる。
そして探るように視線を動かし始めた。
『くぅ』
短く呻いたローズが奇妙なポーズで固まっている。
踊っている途中で咄嗟に動きを止めたからだ。
『言わんこっちゃない』
『……………』
珍しく返事がなかった。
声を出せば居場所を特定されるとでも思っているのだろう。
『調子に乗って大声を出したり歌ったりしなければ大丈夫だと思うがな』
念話で大声というのも変に思えるかもしれないが、そういうものだ。
『……………』
やはり返事はない。
調子に乗りすぎたのが応えているようだ。
まあ、自業自得である。
とはいえローズは大事な家族で相棒だ。
助け船を出すとしよう。
「さっきからどうしたんだ?」
カエデに話し掛ける。
「えっ、あっ、いや……」
しどろもどろになっているカエデ。
自分の様子が挙動不審なものであるという自覚はあるようだ。
それでも言い淀んでいる。
言いたくないのか、言えないのか。
いずれにせよ秘密がありますと言っているようなものだ。
カエデの場合はどちらでもあると思う。
打ち明けても信じてもらえそうに無いから言いたくない。
迂闊に喋ると社会に混乱をもたらしかねないから言えない。
もしくは宿屋に迷惑がかかるから言えない、か。
風評被害になりかねないからな。
カエデが抱え込んでいるのは一般人からすれば迷信に等しいものだ。
霊がらみの話だからな。
ローズは精霊獣から進化した神霊獣カーバンクルだけど。
霊体モードだと似たように感じられるのは仕方のないところか。
いずれにせよ霊関連で噂が広まれば宿屋は経営が傾きかねない。
噂なんて尾ひれがついたりするものだからな。
実例は知っていたりする。
セールマールでの話だが。
高校の頃の部活の合宿で少々な。
レアな体験だったと言えるが語るほど凄いことがあった訳でもない。
ネット上で飛び交う体験談の方がスリリングだと思う。
危機一髪とかそういうのはなかったからな。
まあ、噂が広まったせいで旅館は霊体感ツアーが組まれるようになったけど。
何とも商魂逞しいものである。
とはいえ、それは運が良かっただけだ。
普通は良くない噂が拡散して廃業することになるのがパターンだろうし。
カエデが危惧して口をつぐもうとするのも頷けるというもの。
迷信じみた話はルベルスの方が広まりやすいからな。
とはいえ、雰囲気を微妙にしたままにするのも居心地が悪い。
こういう場合はこちらから踏み込むのも一興だ。
「この部屋に幽霊でもいるのか?」
直球勝負とばかりに真正面から切り込む。
「えっ!?」
意表を突かれた一言だったらしく、カエデが目を丸くさせて固まっていた。
「カエデは退魔師の一族の出なのだろう?」
次もストレートである。
それもドが幾つ付くのかってほどのド真ん中に剛速球で投げ込んだ。
「──────────っ!?」
驚愕がカエデの顔に張り付いていた。
ここで留まってはいけない。
向こうに考えさせる余地を与えると、変な方向に話が進みかねないからな。
下手をすれば敵対されかねないし。
「まったくの偶然だが、うちにも同じような経歴の持ち主がいてな」
ルーリアがスッと近寄ってきて俺の隣に立った。
「ルーリア・ヒガだ。
シンサー流退魔術を伝承している」
俺が促すまでもなく自己紹介してくれた。
察しが良くて助かります。
「……………」
カエデは無言で聞いているのみ。
一瞬、動揺したままなのかと思ったものの顔に張り付いていた驚愕は消えていた。
それでも完全に落ち着いた訳ではなかったようだ。
よく見れば表情は強張っている。
無理やり落ち着こうと必死になって考えを整理しているといったところか。
とりあえず、怒っているようには見受けられないので良しとしよう。
「ちなみに御先祖様はルリ・シンサーだそうだぞ」
ついでに追加情報を補足しておく。
「─────っ!」
衝撃、第2弾となってしまったみたいだ。
向こうも本家のことは伝わっていたようだな。
ルーリアからジト目が向けられてしまった。
「どうせ明かすつもりなら、最初に言ってしまった方がいいぞ」
俺はうそぶいた。
まあ、言い訳であるのはバレバレだろう。
俺にとってもちょっとした不測の事態ではあったし。
こうなるかもとは思ったが、ここまで驚かれるとは想定外だったのだ。
お粗末な取り繕いになってしまうのも当然と言えよう。
「隠し事はしていないと伝われば信用されやすいだろう?」
俺の問いを受けてルーリアは仕方ないと言わんばかりに嘆息した。
一理あるとは思ってくれたようだ。
完全に納得したようでもないみたいだけど。
なんにせよ火消しができれば、それで良しとしておく。
それからしばし待った。
カエデが復帰してこないことには話を続けられないからな。
そんなには待たなかったと思う。
5国連合の面々は未帰還だし。
そこからローズの話は伏せたまま霊関連の話をした。
え? さっそく隠し事をしている?
ああ言っておけば、ローズのことを聞かれる恐れも減るだろうからな。
カエデを騙すようで悪いとは思うけど。
国民でない者に何でもかんでも情報を与える訳にはいかない。
『あ、カエデはスカウトしても大丈夫かな?』
国民になるなら伏せる必要はないしな。
『くー』
合格、と短い返事をするローズ。
着ぐるみのドルフィンの中に戻っているので問題ないはずなんだが。
カエデの感知力が若干ではあるがトラウマっぽくなってしまったようだ。
そのうち解消するだろうけどな。
喉元過ぎれば熱さを忘れるって言うし。
そんな訳でミズホ国民にならないか誘ってみましたよ。
「武王大祭が終わったらどうするつもりだ?」
「旅を続ける。
まだ見ぬ強者が私を呼んでいるからな」
厨二的発言をするカエデ嬢である。
「我より強い奴に会いに行く、か?」
何処かのゲームの古いキャッチコピーみたいなことを聞いてしまった。
カエデがフッと笑みを浮かべる。
「その言い回し、嫌いじゃない」
「そりゃ、どうも」
こんな話で盛り上がっている場合じゃない。
「だったら、ミズホ国に来ればいい。
強者なら幾らでもいるからな」
読んでくれてありがとう。




