1539 アウェイかホームか
「そういう訳だから泥船に乗ったつもりで事件解決を待つといいよ」
トモさんがフォローの言葉を入れた。
フォローになってないけどな。
「泥船は沈むでしょ、トモくん」
ミズキがツッコミを入れた。
こういうのはマイカが先に言ってしまうのが常なんだが。
見れば「あー、やっちゃった」という顔でミズキを見ている。
どうやらトモさんの仕掛けた罠だと思って自重したようだ。
俺もそう思う。
ミズキも気付いてはいたみたいだが、堪らず口が出てしまったように見える。
「おやぁ? 大船って言わなかったっけ?」
楽しそうに笑みを浮かべながらもトモさんはすっとぼけた。
またしてもカエデを煙に巻くつもりらしい。
ミズキはそのために引き込まれ利用されようとしている訳だ。
だが、ミズキとて簡単には利用されない。
「泥船って聞こえた人は手を挙げて」
数で対抗して潰しにかかる作戦で対抗していた。
「「「「「はーい」」」」」
全員が手を挙げた。
もちろん俺もだ。
カエデもおずおずした感じではあったが手を挙げている。
「トモくん、敗れたりっ」
勝利を確信したミズキがドヤ顔でトモさんに告げる。
「ぐわあっ、やーらーれーたぁっ」
オーバーアクションの芝居付きでトモさんはわざとらしい断末魔の悲鳴を上げた。
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カーラが戻ってきた。
ただし、玄関からではない。
影渡りを使って直に部屋へと姿を現したのだ。
「───────────────っ!?」
飛び上がらんばかりにカエデが仰天している。
今までと違って悲愴感が感じられなくなっただけでもマシだと思うしかあるまい。
復帰にどれだけ時間がかかるかを考えると頭が痛くなりそうだが。
「カエデがいるんだけどな」
故に俺はカーラに抗議した。
まあ、本気ではない。
カーラもカエデがいることは承知の上であえて影渡りを使ったはずである。
つまり必要であると判断した訳だ。
「申し訳ありません」
思った通りだ。
カーラは言葉の上では謝っていたが恐縮したような様子は見せなかった。
「必要だと思ったか」
「はい、事件解決までにかけられる時間は多くありません」
そう言われてしまうと反論の余地はない。
元より深く追求する気もなかったが。
単に愚痴りたかっただけである。
「そうだな」
明日も武王大祭を見物したいのであれば今夜中にけりをつける必要がある。
「で、首尾はどうだった?」
「直々に動く用意があるとの返事をいただきました。
どういう事情か細かく聞いてからとも言われましたが」
「上出来だ」
ハイラントが直に動くなら鶴の一声ですべてが片付けられるだろう。
そのためには何が起きているのかを説明する必要があるようだが。
まあ、当たり前のことだな。
間怠っこしいとは思うけれど。
そういう時は丸投げだ。
本人がいるんだし、カエデに説明させればいい。
又聞きになるよりは信憑性が増すというものだ。
「が、チマチマしたやり取りをするくらいなら本人に説明させよう」
カーラが少し目を丸くしたが、すぐに真顔に戻る。
「では、カエデ殿をお送りするということでよろしいでしょうか」
「いいや、それはダメだな。
向こうに行けばアウェーだろ。
今回のような事情だと落ち着いて話はしづらいんだよ」
俺の指摘にカーラが「あ」と小さく声を上げた。
「申し訳ありません。
配慮が足りていませんでした」
「いや、大丈夫だ。
無断で実行したわけじゃないからな」
そういう意味では、影渡りはやらかしたと言えるのだが。
「それに、どうなっているかを確認するために1人で戻ってきたのだろう?」
「はい」
ツバイクは向こうに行ったきりだ。
行きが影渡りなら帰りもそうでないと不都合なことがある。
城の門番が上役から糾弾されることになったりとかな。
「何度も往復させることになるが連れて来てくれるか。
向こうさんには、ここで事情を被害者本人が説明すると伝えてくれ」
「心得ました」
「それと、ツバイクを回収するのも忘れずに頼むな」
「はっ」
返事をしたカーラを送り出す。
影の中に沈んでいくカーラを見たカエデが再起動しながら驚いていた。
『器用なことをするなぁ』
結局はどうにか復帰したので良しとしよう。
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程なくしてカーラが戻ってきた。
影渡りで帰ってきたのは言うまでもない。
まずはカーラがヌルッと出てくる。
続いてツバイク。
影から出てくるとヨロヨロとした動きで椅子へと向かう。
椅子の前にどうにか辿り着くと、しがみつくようにして座った。
「はあーっ」
大きく息を吐き出して疲れ切ったような表情を見せた。
「急に仕事を頼んだりして済まなかったな」
俺が謝ると──
「いえっ」
慌てた様子で返事をしながらバッと姿勢を正して立ち上がる。
「みっともない姿を見せてしまいお恥ずかしい限りです」
「そんなにキツかったか?」
「ええ、まあ……」
力なく苦笑するツバイク。
「暗闇で池に放り込まれたような感覚とでもいいますか」
これは相当に応えているようだ。
「スマンな」
「いえ、大丈夫です」
そんな風には見えないが、本人がそう主張するならば否定するわけにもいくまい。
王子として意地を張りたい時もあるだろうしな。
「そうか、分かった。
後はゆっくり休んでくれ」
「そうさせてもらいます」
ツバイクは再び椅子に座り込んだ。
「で、招待したのは1人だけのつもりだったんだがな」
客人として迎えられた集団の方へ振り返って言った。
「申し訳ありません」
真っ先に答えたのはカーラであった。
「いや、カーラはいいんだ。
どうせ強引に押し切られたんだろうし」
「フハハハハ、よく分かったな」
何故か偉そうに高笑いするハイラント。
「いやいや、済まないねえ。
ハイラントくんが仕事をちゃんとするかどうかのお目付役だと考えてくれたまえ」
軽戦士サリーからインサ王国の女王に戻ったサリュースがそんなことを言った。
そう、5国連合の面々が一緒に来たのだ。
フュン王国の問題なのでハイラントだけを呼ぶつもりだったのだが。
サリュースの言うことも一理あるとは思う。
「不正はこの俺が許さんからな」
槍士ランサーもツヴォ王国の王太子ランスローとして言った。
「右に同じく」
重戦士タワーだったデュラ王国の王太子ルータワーもその意見に同意する。
「最期まで見届けることを約束しましょう」
魔法使いスタンからフィア王国の王太子に戻ったスタークも断言する。
「ふーん、単に影渡りを体験したかっただけじゃないんだな?」
ジト目を向けながら問うた。
俺には興味本位にしか見えなかったからだ。
そうでないなら、こんな問いに動揺するはずもない。
ポーカーフェイスを貫こうにも、俺の【千両役者】スキルは誤魔化せない。
案の定、すぐにボロが出た。
呼んでいないはずの4人が俺の問いを聞いた途端、一斉にビクッと身を震わせたからだ。
「そんな調子でお目付役が務まるのかねえ」
「「「「もちろん!」」」」
4人は割と必死な様子で頷きながら返事をした。
「そうかい。
なら、俺からは頑張れとエールを送るだけだな」
「やけにあっさり信じるんだな」
ランスローが懐疑的な目を向けてくる。
そんなランスローをルータワーは冷ややかな目で見ていた。
「何だよ? 言いたいことがあれば言えよな」
「ハルト殿は我々に釘を刺したも同然だと気付かぬか?」
「何っ?」
どういうことか分からず怪訝な表情を浮かべるランスロー。
「エールを送るだけという部分ですか?」
スタークが聞いている。
「うむ」
「フムフム、応援しかしないと来たか。
つまり問題が起きても手は貸さないつもりだね」
サリュースが頷きながら言った。
「何だとぉ」
不服そうにランスローが顔を歪めるが、他の面子は涼しい顔をしている。
「仕方ありませんよ。
勝手に首を突っ込んだんですから」
「さじ加減を間違えるとハイラントと揉める元だぞ、ランスロー」
「そうそう、お目付役が口うるさくなっちゃいけないねえ」
「うぐっ」
ランスローが3人にやり込められていた。
この様子なら変に揉めることもなさそうだ。
読んでくれてありがとう。




