1536 カエデ、驚愕し停止する
落ち込む様子を見せるカエデだが、それで終わりではない。
「ショックを受けるには、まだ早いな」
「え?」
カエデは俺の言葉に反応はしたものの怪訝な表情を浮かべた。
この程度ならショックもそれほど大きなものではなさそうに思える。
『どうかな、ローズくん』
『くーくぅくっくっ』
今のところセーフ、だそうだ。
まったく問題なしとはいかないあたりに不安は感じるが仕方あるまい。
『むしろ上出来な方か』
『くくっくうー、くっくぅくっくーくっ』
ミズホの常識、西方の非常識なのだ-、と来ましたか。
仰る通りでございますな感じで反論もできやしない。
「カーラはうちのトップクラスだが最強って訳じゃない」
「……………」
カエデは神妙な面持ちになった。
俺の同行者が精鋭ぞろいなのかと考えていそうだ。
「今回の旅の面子だと同等以上の実力者はゴロゴロいるんだよ」
トモさんが楽しそうに補足してきた。
ギョッとした顔でトモさんの方を見るカエデ。
ニコニコと笑みを返すだけのトモさん。
「そう言うトモさんだって模擬戦でカーラに勝つことがあるだろう」
「っ!」
更にギョッとした顔になるカエデ。
「フェルトも勝ったことあるよね」
俺から話を振られたトモさんは受け流すようにフェルトへと話を持っていった。
奥さん自慢のような気もしないではないが。
「私は勝率が低いですよ」
フェルトは謙遜している。
模擬戦は基本的に可変結界の中で行うようにしているからな。
実際の勝敗はレベル差から想定される実力差ほどの開きはない。
が、フェルトはハンデがあることを気にしているようで自己評価を下げているみたいだ。
「それにハルトさんが一番じゃないですか」
『そう来たかっ』
フェルトも躱すのが上手くなったものだ。
そして俺はブーメランで自爆した気分である。
カエデが慌てた様子で俺の方を見てきたもんな。
さっきからギョッとした顔のままだ。
驚かせっぱなしということなんだろう。
『くっくー』
やぶ蛇~、とか言っちゃってくれてますよ。
自分から話を振った結果な上に事実だから言い返せない。
適当に誤魔化すしかないかと思っていたら……
「それも断トツでね」
トモさんが追撃してきた。
自身の反撃をかねたフェルトへの援護といったところか。
『やられた』
まあ、カエデからすれば援護どころの話じゃないんだけどな。
「なっ!?」
思いっ切り驚愕してるし。
完全に立ち止まってしまったのがショックの大きさを物語っている。
「おーい」
眼前で手を振りながら呼びかけてみたが──
「………………………………………」
まるで反応がない。
目を見開いたまま失神してるんじゃないかと思うほどだ。
何というか瞳の焦点が合っていないんだよな。
漫画とかで表現するならグルグル渦巻きが描かれたりするんじゃなかろうか。
見えているけど脳の方の処理が追いつかずにそれどころじゃない感じ。
しばらく、この状態が続きそうである。
こうならないようにしようと思っていたのに結局なってしまった。
途方に暮れたい気分だよ。
「どうする?」
トモさんとフェルトの方を見て問いかけた。
「すみません」
ションボリしながらフェルトが謝ってきた。
「私が余計なことを言ったばっかりに」
「いや、そこは気にしなくていい。
元はといえば俺が話を振った訳だし。
それよりも、どうやってカエデを復帰させるかだ」
「ですよね」
そう答えたフェルトの空気もやや重い。
俺と同じく妙案はないようだ。
残る希望はトモさんだけである。
静かなので期待はできない。
それでも一縷の望みをかけてトモさんを見た。
「フッ」
待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべてくれましたよ。
「ウェイクアァップ!」
何故かエアバイオリンを弾きながら決め台詞っぽく言ってくるトモさん。
声は抑え気味だったけど。
カエデに配慮したのかもな。
この状態のカエデを奇声で驚かせたらヤバそうだし。
失神するならともかく臨戦態勢で暴走されることも考えないといけない。
それはいいのだが持ち出してきたネタが、ね。
「噛みついて変身させろってか?」
物真似じゃなくて自前のキャラを使うのって珍しいんじゃなかろうか。
「ガブリ」
頷きながら、例の台詞を言ってきた。
「意味が分からん。
そもそも、そんな真似できる訳ないだろぉ」
自分の奥さんでもない若い女子に噛みつくとか変態にも程がある。
いや、女性に意味もなく噛みつく時点で変態だ。
え? 男なら変態じゃないのかって?
もちろん変態だが、それは別の意味になってくる。
主に腐女子が喜びそうな感じのやつだ。
生理的に受け付けないから論ずるまでもない。
とにかく変態に成り下がるのは御免被る。
「フヒヒ、サーセン」
「まったく……」
トモさんにも困ったものだと思ったのだが。
「ん?」
いつの間にか、カエデの目からグルグル渦巻きが消えていた。
まあ、漫画じゃないんで実際に見える訳じゃないんだけどな。
その双眸に光が戻っていたと言い換えた方が分かりやすいか。
「大丈夫か?」
「なんとか……」
あまり大丈夫そうにも見えないけどな。
「ハルト殿のことは魔導師だと思っていたので」
「「あー」」
何故かトモさん夫婦に「それはしょうがない」的な返事をされてしまった。
「あーって何だよ」
「他意はないんだよ」
トモさんが苦笑する。
フェルトもだ。
「オールラウンダーはショボいと器用貧乏と言われるけどさ。
逆だと、こういう反応をされてしまうんだなぁと感心したんだよ」
「そんなこと言われてもなぁ」
俺の方が反応に困るのだが。
なんにせよ、カエデのフォローの方が大事である。
「カエデは俺のことを魔法使いだと思っていたみたいだが──」
「違うのか?」
ちょっと意外な顔をされた。
「魔法は使えるが本業じゃない」
「本業じゃないって……」
唖然とした直後に困惑の表情を浮かべるカエデ嬢。
俺としてはウソをついていないんですがね。
ジョブはミズホ国君主がメインだし。
「こう見えても賢者と呼ばれている身でね」
ここでは世を忍ぶ仮の姿バージョンのひとつを使っておく。
「なっ、賢者だって?」
カエデにとっては想定外のジョブだったらしく驚愕したまま固まっている。
「お陰でゲールウエザー王国やエーベネラント王国じゃ顔が利く方なんだよ」
この国でもとはあえて言わなかった。
黒幕と関係していると勘繰られても面倒なだけだし。
「なっんだと……」
カエデの顔が更なる驚愕に彩られていく。
先程から目まぐるしく表情が変わったり驚きの連続だったりするんですがね。
顔面の筋トレをしてるんじゃないかってくらい。
筋肉痛にはならないと思うが大変そうだ。
まあ、俺が原因なんだけど。
「あとはアカーツィエ王国以南のドワーフとも親しくさせてもらっている」
ウソではないよな。
ジェダイトシティから南側は自国領ということを伏せているだけだ。
「─────っ!?」
見開かれていたカエデの目が更に大きくなった気がした。
どうやら思った以上に刺激が強かったようだ。
心臓によろしくない話であったのは間違いないとは思うけどね。
「そういう訳だから、ヤバいと思ったら駆け込んでくるといい」
「どういうことだ?」
混乱しているせいで理解力が低下しているみたいだな。
もしくは思考力か想像力あたりか。
「いざとなれば、いずれかの国に逃げるのに手を貸すと言ってるんだよ」
「無茶なことを言うものだ」
カエデはフンと鼻を鳴らしていった。
敵の存在の大きさを理解しているが故だろう。
「無茶だろうが何だろうが、やるべき時にやるべきことをするまでだ」
当たり前のことを当たり前にやろうとして何が悪いというのか。
「なっ……」
まあ、カエデには唖然とされてしまったが。
バカだと思われたかもしれないな。
それもまた仕方あるまい。
読んでくれてありがとう。




