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1532 カエデ、煙に巻かれる?

 亭主が唖然呆然としたまま動かない。

 しばらく待ってみたが変わらずだ。


 そんなにインパクトがあっただろうか。

 別に魔法を使った訳じゃないんだが。

 はた目からしても地味な変化しかなかったはずだし。


『はて?』


『くうくっくー』


 不思議だねー、と霊体モードのローズさんも首を傾げながら言ってますが。

 驚きすぎて意識を飛ばしてしまっているってことはないよな?

 失神している訳じゃないのは見れば分かるんだけど。


 頭の中を真っ白にした状態は見ただけじゃ分かりづらいところがある。

 よく観察すれば判別はできるだろうけど。


 ただ、そこまでしなくても確認する方法は他にもある。


「こんな具合に声に出さなくても指示ができる」


 とりあえず説明する振りをして反応を確認してみた。


「っ!?」


 亭主がビクリと身震いし短く呻き声を上げる。

 一応、話が通じていることは確認できた。

 結果として先程より驚愕してしまったのは想定外だ。


 今の亭主の状態は茫然自失の体であるのと変わらない。

 インプットは機能していても向こうからアウトプットができないのだからな。


 困ったものである。

 復帰するまで如何ほどの時間を要するのか。

 こればかりは本人にしか……


『いや、ローズなら分かるか』


『くぅくくぅくーっ』


 すぐは無理だよ~、だそうだ。

 具体的にはローズにも分からないってことだな。

 面倒な話である。


 しょうがないので相手を変えるとしよう。


「動きの素早さと巧みさは素人では分からんだろうが──」


 そう言いながらカエデを見た。


「むっ」


 表情を強張らせていたカエデが目を細めた。

 警戒心を強めてしまったか。

 ままならないものである。


 ここで焦って無理に話させようとしても良くないと判断した。


「……………」


 しばし待ってみたが、カエデは身じろぎもせずに俺の方を見返している。

 よほどの事情を抱えているのかもしれない。


 もう少し様子を見るべく待ってみた。


「…………………………」


 さすがに瞬きくらいはするようになった。

 それでも頑なさが変わったようには感じられぬままである。


 更に待ってみた。


「……………………………………………………」


 何も変わらない。

 ここまでくると堅牢な城壁を前に立ち往生している気分だ。


 が、苛立っても何も良いことはないだろう。

 むしろ事態を悪化させる気がする。


 かといって待つだけでも変化はなさそうだ。

 亭主もフリーズ状態を維持したままだし。


 変化を期待できるとしたら、使いに出たであろうツバイクが帰ってきた時か。

 その時が来るまでひたすら待つのは馬鹿げているだろう。


 ものの数分でというなら話は別だが。

 ハイラントが迅速に動いてくれたとしても、それはあり得ない。


 ならば、どうするか。


「トモさん、フェルト、どうしたものかな」


 あえてカエデを無視して相談することにした。

 ピクリとカエデは眉を動かしたが気付かない振りをする。


「ランドが来るのを待つしかないんじゃないかな」


 トモさんの意見にフェルトが呆れたと言わんばかりに嘆息した。


「ランドさんは来ないでしょう」


 そりゃ、そうだ。

 剣士ランドは世を忍ぶ仮の姿ってやつだからな。

 このフュン王国の王が出向いてくるはずがない。


 来たとしても仮の姿の方でだろう。

 それだと意味がないのは誰でも分かることだ。

 一介の剣士が来たところで何が解決するのかという話になるだけだもんな。


「いやいや、サリーとかランサーを連れて来るんだよ」


「それで何がどうなると言うのです?」


「5人寄れば文殊の知恵と言ってね」


 真顔で何かおかしなことを言い出すトモさんだ。


「これこれ、トモさんや」


「何かな?」


 とぼけた表情で小首を傾げるトモさん。

 これは分かっていながらボケている顔だ。


 ここまでするとなると援護のつもりなんだろう。

 何処から援護が始まっていたのか分かりづらいけどな。


 それと時間稼ぎなのか撹乱なのかも判然としない。

 あるいは両方を狙っているのか。


 少なくともカエデは唖然としているようだ。

 あからさまに表情を変えたりはしないものの気配が微妙に変わったからね。


 さすがはトモさんと言うべきか。

 人を煙に巻くのが上手い。


 ただし、投げっぱなしになることが多いけれど。

 このままだと収拾がつかなくなることも無いとは言えない。


「それを言うなら5人じゃなくて3人だ」


 とりあえずは、お約束なのでツッコミを入れておくことにする。

 この後をどうするかも考える時間がほしいので結論を先延ばしにしているとも言うが。


「そうですよ、アナタ」


 フェルトも追随してきた。

 学校で学んでいるだけあって騙されたりはしないと言わんばかりだ。


「おや、そうだったかな」


 空とぼけるトモさん。


「まったく、仕方がないですね」


 とかなんとか言いながらフェルトが目配せしてきた。

 こちらも時間稼ぎをしてくれるらしい。


 ならばと、カエデの様子をチラ見で確認してみた。


 得体の知れないものを見る目をしている。

 今のやり取りだけで困惑したようだ。

 警戒心を薄れさせる方法としては実に安上がりと言える。


 ただ、あと一歩足りないとも感じた。

 もう少し混乱してくれないことには、こちらのペースに持ち込むのは難しいだろう。


 それだけ警戒されているということを忘れてはいけない。

 とにかくダメ押しが必要だ。


 とは言えないのがツラいところである。

 迂闊にもそんなことを言った日には嬉々として暴走してくれる人がいるからね。


 もちろんトモさんのことだ。

 大真面目かつ全力でふざけてくれるのは間違いない。


 現状では、そういう事態になるのは避けたいところなんだよな。

 収拾がつかなくなったら解決までの時間がかかってしまうし。


 余裕のある時なら構わないんだが、明日も試合のあるカエデには結構なダメージだ。

 街中で野宿という訳にもいかないだろう。


『待てよ……』


『くう?』


 何が? とローズさんである。


『おっと、推理中の独り言だ』


『くっ、くーぅくーくくっくーくう?』


 えー、探偵ごっこでも始めるのぉ? だそうだ。


『そうじゃない。

 もしかすると黒幕の狙いが掴めるかもしれないんだよ』


『くぅー!』


 WAO! と叫んだローズが周囲を駆け巡る。

 テンションが上がってしまったか。


 相変わらず何が切っ掛けになるか分からんな。

 まあ、俺としてはその間に考えをまとめるだけだ。


 まず引っ掛かりを感じたのは野宿という単語に対してである。

 如何に強者といえど満足に休めなければ疲弊するのは明白。

 黒幕はカエデをそういう状態に追い込みたいのかもしれない。


 そうなると目的は武王大祭で優勝させないことになりそうだ。


 賭けでもしているのか。

 それも神殿主催のものじゃなくて裏でやる非合法な闇賭博。

 黒幕が元締めでカエデが勝つと大損するとか。


 いや、それならこんな回りくどい方法をとらなくても良いはずだ。

 カエデの出場を辞退させるだけでいいのだから。


 こういう陰険な手を使ってくる連中なら食事に毒を混ぜるとかしても不思議ではない。

 殺しはしないまでも痺れ薬を使うとかは普通にありそうだし。


 薬の種類や量の調節しだいで薬物の使用を疑われずに調子を落とさせることも可能か。

 満足に体を動かせなければ棄権するしかない訳だ。

 出られる状態だったとしても動きが悪くなって敗色が濃厚になるだろう。


 穏当な方法としては睡眠薬を使って試合時間に遅刻させるという手もある。

 この場合は黒幕の関与を完全に疑われてしまうけどな。


 それらの方法をとらない理由は何だ?

 こうまであからさまな嫌がらせをするのは報復か復讐かって気がするが。


 十中八九、逆恨みだと思うがな。

 カエデが悪党ならローズが最初にアウト判定しているだろうし。

 それが無かったということは、黒幕が悪党でほぼ間違いあるまい。


 不幸な行き違いや勘違いによる誤解が憎悪を生じさせたなんて偶然はないと思いたい。


読んでくれてありがとう。

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