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1527 覆面男の試合おわる?

「あの男、独自の工夫もしているな」


 ツバキが言った。


「踏み込みのタイミングをずらすやつかニャ?」


 ミーニャがツバキの方を見て聞いた。


「完全に踏み込む前にパンチを出してるの」


 ルーシーもそれに続く。


「ギリギリで足を滑らせるように深く踏み込んだりもしてるよ」


 シェリーもだ。


「それと動きっぱなしじゃないよー」


 ハッピーが言うように、男はふとしたタイミングで足を止める。

 ほんの一瞬ではあるがな。


 フェイントにはなるかもしれない。

 一定のタイミングではないので、そういう見方もできるだろう。


 が、多用するのは戦い方としては微妙なところである。

 男はその点に気付いていないようだが。


 とにかく、やれることはすべてやるといった意気込みのようなものは感じる。


「あれも工夫なのかなぁ?」


 チーが首を傾げていた。

 意図的なのか否かが判別しづらいようだ。

 それだけ男が止まる頻度を上げているせいで惑わされていると見た。


「うむ、そうだな」


 ツバキは頷きつつ返事をした後で──


「よそ見をせず、ちゃんと見た方がいいぞ」


 子供組に指摘した。


「「「「「ひゃー」」」」」


 とか悲鳴のような歓声を上げながら試合場に向き直る子供組。

 試合の展開自体は大きな変化もないために、これ以上の騒ぎにはならなかったが。


 まあ、微笑ましい感じの慌てぶりを見せてもらったさ。

 ミズホ組全体で、ちょっと和んでしまった。


 試合をしている男からすれば、暖気な一団がいるように見えたことだろう。

 観客席を見ている余裕があればだが。


 残念ながらというべきか、男にそんなものは欠片ほどもなかった。

 攻撃のことごとくが擦ることすら許されない。


 どんなに連打を繰り出そうとも。

 どんなに素早く間合いへと踏み込もうとも。

 どんなに死角へと回り込もうとも。


 いずれもが手応えをかんじていないであろう回避に翻弄されている。

 あの様子では目視しているはずなのに近いのか遠いのかすら掴めないようだ。

 呆然とした面持ちが、そう物語っているように思えた。


 ただ、実際に何を思っているかは本人のみが知り得る情報である。

 聞いてみなければ本当のところは分からないだろう。


 だからといって試合が終わってからインタビューする気はないがね。


「覆面男はマイペースなままですね」


 アンネが呆れを滲ませながら言った。


「あの実力であそこまでマージンを確保する理由が分かりません。

 そんなことをして避けるくらいなら、早々に終わらせられるでしょうに」


 その意見にウンウンとベリーが頷く。


「観客の受けも悪いわね」


 確かにベリーの言う通りだ。


「何やってんだぁっ!」


「逃げ回ってんじゃねえぞぉ!」


「臆したかぁ!」


「こっちはお前に賭けてるんだぞっ!」


「さっさと反撃しろぉ!」


 などというヤジがあちこちから聞こえてくる。


 一方で──


「もっと攻めろぉ!」


「その調子だっ!」


「そこだっ、そこそこぉっ!」


「逃がすなよ!」


「いいぞっ、回り込めっ!」


 という具合に対戦相手を応援する歓声も上がっていた。


「覆面男は完全にヒールになってしまったね」


 トモさんが頭を振りながら言った。


「しょうがないだろうな」


「そうかい?」


 トモさんは納得がいかないようだ。


「反則すれすれの攻撃をした訳じゃないよ?」


「それをしていたら、あの程度のブーイングじゃすまないよ」


「なるほど、それもそうかな」


 俺の話に納得しつつも少し考え込んでいるトモさんだ。

 覆面男がヒール扱いされることには納得できた訳じゃないからな。


「ほら、あの試合運びに問題があるんだよ」


「余裕を持って躱しているだけだよね。

 そのせいで場外の方へ徐々に追い込まれているようだけど」


 確かにトモさんの言うような状況になっていた。

 対戦相手は覆面男に翻弄されながらも、どうにかフットワークで回り込んでいた。


 そのせいで、息は乱れ気味である。

 この調子で回り込み続けるなら、そう長くは持たないだろう。


 観客たちもそれは分かっているようだ。


「もうすぐ場外だぞぉ!」


「踏ん張りどころだ!」


「頑張れよぉっ!」


「追い込めぇっ!」


「あと一息だーっ!」


 応援にも更なる熱が入っている。

 対照的なのが覆面男に対するヤジだ。


「ダメダメじゃねえかよっ!」


「おらぁっ、何時までも余裕かましてられねえぞ!」


「もう後がねえじゃねえか!」


「逃げてばかりだから追い込まれるんだろうがっ!」


「さっさと目を覚ましやがれ!」


 観客たちのイライラもますます膨れ上がってしまっている。


 何人かはヤジを飛ばした後でキョロキョロしていたが。

 衛兵に目をつけられていないかを気にしているようだ。


 ヤジを飛ばす時のガラの悪さと周囲を見渡す時のキョドる時の落差が激しい。

 どっちが当人の地なのかと目を見張ってしまいそうになったさ。


 それだけビビっているということなんだろうけど。

 衛兵にアウト判定されたら即退場だから無理もない。

 前例も目撃している訳だしな。


「本当に追い込まれていると思っているのかい?」


「あ、やっぱり芝居なんだ」


 確信は持てないまでも疑いは抱いていたようだ。


「それを見抜けない連中が苛立ってああいうことになっているんだよ」


「えー、そんなことで覆面男を悪者にしたがっているのかい?」


 トモさんが嘆息しながら少しだけ眉間に皺を寄せた。


「しょうがないよ。

 観客を敵に回してしまってはね」


「そっかー」


 残念そうにしながらトモさんが唸った。


「それよりも、だ」


「ん? 何か気にすべきことがあったっけ」


「いよいよ、決着の時だ」


 試合をしていた2人が舞台の縁近くまで来た。


「おっと、そうだった」


 トモさんが慌てて試合場の方を見る。

 ちょうど覆面男が相手の攻撃を回避するために後ろに下がったところであった。

 それも間近に迫った場外を背にする形だ。


 覆面男が立ち止まったのは場外まで残り数歩分もないような場所だった。


「「「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ───────────っ!!」」」」」


 観客席が一気に盛り上がる。

 歓声を上げて叫ぶだけではない。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!


 何度も何度も床を踏みつけていた。

 地響きするほどの勢いだ。


 たかが足踏みと侮ることはできない。

 確かに10人や20人のものであるなら大したことはないだろう。


 が、試合会場中の観客ほぼ全員が力を込めた足踏みは桁が違う。

 試合会場だけではなく周辺地域にまで振動が伝わっているはずだ。

 塵も積もれば山となると言うからな。


 それだけの熱気が会場中に充満していた。

 ふとした切っ掛けで暴動に発展しかねない危うさを感じる。


 これはさすがに衛兵には止められない。

 下手に刺激すれば矛先が衛兵たちに集中しかねないからな。

 その結果が暴動じゃ、碌でもないどころの話ではない。


「うわぁ、シャレになってへんなぁ」


「ヤバくない?」


 アニスやレイナもやや不安そうにしていた。


「決着がつくまでの辛抱でしょう」


 エリスは割と平気そうだ。


「そうですね。

 今どうにかしようとする方が危ないと思います」


 マリアも同意しつつ、我々も動くべきではないと警告していた。


「せやな、暴動を引き起こした張本人にされてまうんは面白ぉないで」


 ウンザリした感じの顔でアニスが言いながら、コクコク頷いている。

 同じように頷きながらレイナも──


「止めるのも苦労させられそうじゃない?」


 と口にした。


「それ以前に必要のない犠牲者が出てしまうのを忘れないでくださいね」


 クリスがちょっと怒ったぞな顔をして言った。


「「へーい」」


 気の抜けた声を出しながらも神妙な表情で2人は応じていた。


「それよりも次よ、次」


 何時までも辛気くさい話をするなとばかりに言ってきたのはマイカであった。


「「「「「次?」」」」」


 多くの者が首を傾げていた。


「そんなこと言ってる間に終わるわよ。

 あの男、勝負を急ごうと焦ってるもの」


 マイカがそう言った直後のことだった。

 男は乱れた息のまま覆面男に突っ込んでいく。


「あっ、バカッ!

 最後の最後で真っ直ぐ突っ込むなっ」


 マイカが思わず口に出した言葉は男に届くはずもなかった。


 歓声は未だ凄まじいものがあったし。

 それがなくても、そこまで大声ではなかったしな。

 仮に届いていたとしても、聞く耳は持たなかっただろう。


 いずれにせよ結末は変わらない。

 次の瞬間には男が宙を舞っていた。


読んでくれてありがとう。

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