1522 勝負あり?
ルーリアが葛藤している。
が、そのことにかまけてばかりもいられない。
「ぬうおおおおおああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
チョビ髭が今まで以上に気合いの入った咆哮を上げたからだ。
グルグルアタックが始まる。
「ここで回転速度を上げてくるとは見上げたものですね」
カーラが感心していた。
チョビ髭の状態を理解すればこそだな。
結界外の観客たちなどは驚いたり喜んだりと盛り上がるだけだ。
チョビ髭の腕がボロボロになっていることを知らない訳だし、無理もない。
「それでも通用しないがな」
ツバキがそう言いながら小さく頭を振っている。
その言葉通りだった。
女子選手は表情どころか、顔色ひとつ変えずに見切ってみせた。
グルグルのスピードが上がったことでリズムも変わったはずだが難なく躱している。
「「「「「おっ」」」」」
ミズホ組が一斉に反応した。
チョビ髭が回転を止めずに前へと突っ込んでいったからだ。
踏み込む足取りは怪しいものだったが。
とはいえ運良く女子選手の方へ向かって踏み出せている。
『運がいいとは言い切れんか』
見当違いの方へ踏み出していたなら女子選手は何もしなかったかもしれないのだ。
もちろんチョビ髭がその勢いのまま場外に落ちればの話である。
だが、今の状況は女子選手を道連れとする形で場外コースへと向かっている。
おそらくは先に落ちた方が負けであることを承知の上で勝負に出たのだろう。
体格差を考えれば容易に体を入れ替えられることはないと考えてのことだと思われる。
『甘いなぁ』
未知のものに対する警戒心が足りていない。
そのあたりはチョビ髭に武術の心得がなさそうに見えるが故か。
技を駆使して攻撃を防いだりする敵とは戦ったことがないのだろう。
あるいはカウンターが主体の敵とかな。
そういうタイプは魔物だとお目にかかれないから無理もないのだけど。
脳筋冒険者ならではと言えそうだ。
柔よく剛を制するという言葉を知っていれば、あるいは違ったのか。
何かしらの差はあったと思いたいところだ。
が、今からそれを教えようとしても間に合わない。
もう決着がつこうとしていた。
女子選手の手がチョビ髭の腕へと伸びる。
それは素早くコンパクトな動きであった。
次の瞬間には腕が掴まれていたのは言うまでもない。
「「「「「取った!」」」」」
ミズホ組が一斉に叫ぶ。
この先がどうなるか読めているからこその言葉だ。
勝ちパターンの始まりを見て最後まで続くことを期待している。
あるいは確信している。
皆の気持ちとしてはそんなところだろうか。
一部にチョビ髭の敗北を確信して残念そうにしている面子もいたが。
そういう面子も女子選手の技が決まることを待ち望む目をしていた。
巻き込むような動作をしつつチョビ髭の腕を捻り込む女子選手。
淀みのない動きは流麗な音楽を想起させた。
ただし、腕を捻り上げられたチョビ髭はそれどころではない。
関節を瞬時に可動域ギリギリの所へ捻られてしまったからな。
「がっ!」
痛みに声が出てしまうのも無理はなかった。
そして、チョビ髭の体が跳ぶように浮く。
そこまでの一連の動きは滑らかで鋭く舞っているかのようだった。
そして、それはなおも続いている。
「「「「「おお─────っ!!」」」」」
観客たちから歓声が上がった。
それはそうだろう。
大男がくるんと空中で前転したのだから。
しかも、それを成し遂げたのは男よりも遥かに華奢な女である。
いや、偶然だと思っている者が大半かもな。
何がどうなっているのか理解できぬまま誰もが呆気にとられていたようだし。
それは5国連合の面々やツバイクたちも同様である。
ただただ驚いていた。
こうなることを予期していたミズホ組だけが平然と見ている。
チョビ髭の体だけが場外へと向かって落下していく。
ズダン!
チョビ髭が背中から地面に落ちる。
そのままゴロゴロと何度か前転してから止まった。
その瞬間──
「それまでっ!」
主審が試合を止めた。
ワッと歓声が上がる。
だが、主審は勝者が誰であるかを宣告しない。
チョビ髭の場外負けのはずなのだが。
審判団がチョビ髭に駆け寄って何やら確認を始めていた。
「これは反則負けの可能性も出てきたか?」
思わず声に出てしまっていた。
「どうやら、そのようだね」
トモさんが応じる。
「骨折かな」
肋骨をやった恐れがあると言いたいのだろう。
確かに、あばらはちょっとしたことで折れやすい骨ではあるが。
「折れたようには見えなかったがな」
「間違いが無いように確認しているのかもね」
「ふむ」
言われてみれば一理ある。
負けた方が後で難癖をつけてくる恐れがあるからだ。
わざわざ骨まで折ってくることも無いとは言えない。
だが、審判団が確認済みであるならクレームのつけようもないだろう。
「そうなると内臓関係も確認しそうだな」
骨よりも可能性は薄いが何が起きるか分からんからな。
「ちょっと長引きそうだね」
それを察したのだろう。
観客席がざわめき始める。
「何か揉めてないか?」
「揉めてるというか、確認してるように見えるな」
「なんでさ?
デカ男は場外だぞ」
「あの姉ちゃんは落ちてないしな」
「そうそう」
何が何やらといった様子で困惑している観客たち。
「オッサンが骨折か流血でもしたんじゃないか」
中には理由に思い至る者もいるようだが。
「「「「「えーっ!?」」」」」
大多数は受け入れられないようだ。
「そりゃねえだろう」
「あの程度で、そんなことになるなら見かけ倒しもいいところだぞ」
酷い言われようだが、観客たちはチョビ髭の腕の状態のことを知らない。
それに落下した時のダメージを甘く見ている。
女子選手は上手く転がるように投げてダメージを殺していたけどな。
まともに落ちていたら肋骨にヒビが入っていてもおかしくなかった。
「だよなぁ」
「最後は派手にすっ転んだみたいだし」
「笑っちまうよな。
クルンだぜ、クルン」
そう言った観客が腹を抱えて笑い出した。
「しょうがねえさ。
あれだけ派手にグルグル回ってりゃな」
「どういうことだよ?」
「知らねえのか。
目ェ回して酔っ払いみたいに足に来るんだよ」
「へえー」
「ウソだと思うならやってみな。
あのオッサンの半分も回ってられないぞ」
「マジかよ」
「オッサンは頑張った方なんだよ」
「じゃあ、あれは切り札だったんだな」
「だろうな」
「出し惜しみする訳だぜ」
「けどよぉ……」
「何だよ」
「出し惜しみするってことは、あの姉ちゃんが凄く強いってことにならねえか?」
「「「「「おおっ」」」」」
1人の指摘によって周囲の観客たちがどよめいた。
「確かに」
「そうだよな」
「とてもそんな風には見えなかったぞ」
「ずっと躱してばかりだったしな」
「最後は運良く勝てたって感じだし」
「まだ、勝ちと決まった訳じゃないだろ」
「いやいや、勝ったのは決まったも同然だろう」
「分からんぞ。
審判がどう判断するかだからな」
「そうだった」
「くそー、面倒だよな」
「けど、審判がキッチリしてるから文句もあまり出ないのは事実だ」
「それな」
「賭けてる連中はうるさいけど」
「そういうのは衛兵がいるから抑えが効くだろう」
「で、どっちが勝つと思う?」
「こんな場所で個人的な賭を始めたら衛兵に捕まるぞ」
「晩飯の一杯を奢りにするくらいは問題ないだろ」
「そう来たか」
「じゃあ、俺はオッサンだ。
なんか審判が話し込み始めたからな」
どうやら観客の言うように審判団は協議に入ったようだ。
あの様子だとチョビ髭が怪我をしたのは間違いなさそうだな。
あばらの骨折ではないだろう。
それなら即決で女子選手の反則負けが宣告されるはずだし。
おそらく腕の流血だと思われる。
投げのダメージで内出血していた血が吹き出したか。
派手な流血にはなっていないだろうし、元はと言えばチョビ髭の自滅みたいなものだ。
そのあたりで反則扱いにするかどうかの意見が割れていると見た。
じっくり観察すれば状態は確認できるし【遠聴】で審判の話も聞ける。
だが、それはしないことにした。
勝負が決まるまでのドキドキも味わっておきたいしな。
「なんの、あの姉ちゃんだ。
きっと運の良さで本戦まで勝ち上がってきたんだろうし」
「運じゃねえと思うぞ。
目の前に立たないと分からない何かがあるんだろうよ。
あの黒髪の女が勝つという意見には賛成だがな」
なかなか鋭いことを言う者もいるものだ。
読んでくれてありがとう。




