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1519 理由がありそうだが

 チョビ髭の筋肉オヤジは耐えていた。

 得体の知れない美女から発せられる気配は修羅のそれ。

 今まで相対してきた如何なる魔物よりも恐れを抱かせる。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 新人冒険者だった頃にベアボアと出くわした時よりも恐怖を感じた。

 これはお祭りで神前に奉納される試合のはずなのだ。

 決して殺し合いなどではないはず。


 なのに気を抜けば死ぬのではないかという思いが拭えない。

 訳が分からない。


 どうしてこうなったのか。

 そして、誰も怯えていないのは何故なのか。


 すぐそこにいるはずの主審は怪訝な顔をしているだけだ。

 その懐疑的な目は美女ではなく自分に向けられていた。


 他の審判たちも同様だ。

 ならば観客たちも気付けるものではないだろう。


 頭の中を「何故だ!?」が駆け巡る。

 いくら考えても答えは出ない。

 それどころか、もっと不可解になっていくばかりだ。


 自分はひたすら耐えしのいでいるというのに観客たちは怒声罵声を浴びせてくる。

 徐々にそれが増えていくのだ。


 何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!?


 分からない。

 解せない。

 何がどうなっているのか理解不能だ。


 これは祭りだろう。

 なのに何故こんなにも多くの敵がいる?


 目の前の美女だけではない。

 審判も観客も、すべてが敵だった。


「────────────────────っ!」



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「おやおや、なんだか限界っぽいねえ」


 あまり緊張感のない声でサリーが言った。

 声だけ聞いていると本当に限界なのかと思ってしまう。


「大丈夫か、アイツ」


 ランサーが嘆息混じりに言った。


「アイツってどちらのことですか?」


 指摘するようにスタンが問う。


「んなもん、筋肉ダルマの方に決まってるだろう」


 フンと鼻を鳴らしながらランサーが即答した。

 当然だと言わんばかりである。


「そうですか?」


 が、スタンは当然だとは思わないらしい。


「女性の方もヤバいと私は思いますがね」


「何処がだよ?」


「あんなに相手を追い詰めるような真似をして平然としていられるものでしょうか」


「むっ」


 スタンの意見にはランサーも否定しきれないものを感じているようだ。


「相当な胆力を要するのは事実だ」


 タワーがスタンの意見を補足する。


「あとは、あのお嬢ちゃんの胆力が如何ほどかってことだな」


 ランドが締め括るように言った。


「「「「「……………」」」」」


 それきり5国連合の面々が黙り込む。

 そのやり取りを聞いていたツバイクがオペラグラスから顔を上げて俺の方を見てくる。


「どちらも消耗していると考えていいんでしょうか?」


「消耗はしているが、同等ではないな」


「そうなんですか?」


 確かに女子選手も繊細な気力の扱いで消耗はしている。

 涼しい顔をしているので、そうは見えないかもしれないが。

 それを見抜いたであろうスタンたちはなかなかのものだ。


 まあ、オペラグラスがあってこそなんだが。


「チョビ髭の方が圧倒的に不利だぞ」


「やはり殺気に気圧されているからですか」


「それだけじゃないからだ」


 俺はチョビ髭が不利な理由を説明した。


「つまり、この試合会場すべてが敵に見えているはずだぞ」


「うわぁ……」


 同情するような目をチョビ髭に向けるツバイク。


「文句を言っている連中をどやしつけたくなりますね」


「無用なトラブルを引き込むだけだぞ」


「……ですよね」


 諦観を滲ませた表情でツバイクは疲労感を溜め息と共に吐き出した。


「せめて対戦相手の彼女に言ってやりたいですよ」


 諦めきれない様子でツバイクは続ける。

 チョビ髭に対してかなりの同情心を抱いているようだ。


「どうして、そういう真似をするのかって」


「気を遣っているからだろう」


「ええっ!?」


 ツバイクは驚きを露わにして振り向き俺の方をマジマジと見てきた。


「どういうことですか、それはっ?」


「あれだけの気の制御ができるからチョビ髭だけに殺気を浴びせているんだよ」


「理解しかねます」


 即答するツバイク。

 少しは考えてほしいものだ。


「チョビ髭に向けている殺気を周囲にバラ蒔いたらどうなると思う?」


「えっ?」


 ツバイクが面食らっている。

 俺からの質問は想定外だったのだろう。


 質問そのものか、内容かは不明だ。

 ただ、前者であれば俺が何を聞いたか頭に入っていないことも考えられる。


「それは考えませんでした」


 どうやら後者だったようだ。

 そして次の瞬間には血相を変えていた。


「シャレにならないじゃないですかっ」


 どうにか声は潜められたツバイクだったが、表情は驚愕のそれであった。


「だからチョビ髭だけに殺気を向けているんだよ」


「なんてことだ……」


 動揺を隠しきれない様子で呟きを漏らすツバイク。

 だが、次の瞬間には──


「だったら最初から普通にすればいいじゃないですか」


 鼻息も荒く主張してきた。

 義憤に駆られているのだろうか。

 あるいはチョビ髭に対する同情か。


「何としても勝たねばならない理由でもあるんじゃないか」


 根拠は何もないけどな。


「優勝しても賞金なんてたかがしれていますよ」


 武王大祭も優勝すれば賞金が出る。

 が、大会の規模の割に賞金額は少ない。

 遠方から来ている参加者などは往復の路銀にもならないだろう。


「金とは限らんだろう」


「じゃあ、何だというのです?」


「分かる訳ないだろ。

 個人的な事情をズバリ言い当てるなんてさ」


「ぐっ」


「ありがちなのは個人的な賭とかだろうけど」


「禁止事項じゃないですか」


「金品に関わる賭け事はな」


「他に何を賭けるというのです?」


「結婚とか?」


「けっ!?」


 大声を出しかけたツバイクが慌てて自分の口を両手で塞いだ。

 そのまま恐る恐るといった様子で左右を見渡す。

 誰も反応した者はいない。


 厳密に言うとミズホ組は目を向けていたがね。

 あからさまに顔を向けて見ている者はいないのでツバイクは気付かなかったようだ。


「どうして、そういう話になるんですかっ?」


 小声で抗議してくるツバイク。


「絶対に結婚だと言ってるんじゃないぞ。

 普通なら認められない話ってあるだろう」


「身分違いの結婚を望んでいるとかですか?」


「ロマンスの香りがしてきそうな案件だな」


 俺の口振りから己の出した答えとの乖離を感じ取ったのだろう。

 ツバイクがやや不満げな様子を見せた。


「それ以外にありますか?」


 聞いてくる言葉にも同様の空気が乗っている。


「その意見が間違っているとは言わないが──」


 そう前置きしておく。

 事実は小説よりも奇なりとも言うしな。


 ただ、本当に結婚が賭の対象になっていたとしても可能性は低いとは思う。

 女子選手から滲み出る悲愴感が痛々しいんだよな。

 希望や期待がわずかでも混じっているなら少しは違うんだろうけど。


「もっと現実的で生臭い話があるだろう」


「……と言いますと?」


 少し間を置いての返事は疑問形であった。

 ツバイクも考えはしたものの、すぐには思いつかなかったようだ。


「政略結婚を拒絶するのなんてどうだ?」


「それは……」


 言葉を失うツバイク。

 指摘を受けて失念していたことに気付いたってところだろう。

 ツバイクが「うーん」と唸る。


「確かに可能性の問題として、そちらの方がありそうですよね」


 同意はしたが面白くなさげであった。


「ハルト殿の言う通りですね」


 顔をしかめさせながら言うツバイク。


「生臭くて現実的というのも頷ける話です」


 この言葉の部分で嫌悪感をよりあらわにしていた。

 機嫌の悪い理由はそれかよとツッコミを入れたくなったが放置する。


「だから、たとえばの話であって絶対ではないんだって」


「あ……」


 指摘されて改めて気付いたようだが不安になってきた。


「とにかく、無理な条件を相手にのませるために勝つ必要があるんじゃないかってことだ」


読んでくれてありがとう。

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