153 ギルド長は動けない
改訂版です。
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「今度は何をやらかすつもりだっ」
ゴードンが唸るように吠えた。
「人聞きが悪いな。人助けのために来たんだが」
言いながら俺たちは席に着いた。
「もしかして、また予言か」
脳筋な見た目なのに、いい勘してるよ。
「正解だ」
俺の返事に苦虫を噛み潰したような表情で天井を仰ぎ見るゴードン。
「どんな予言なんだ」
「今年、飢饉が起きる」
「なっ!?」
一瞬で表情を険しくさせた。
シャーリーやアーキンがその形相を目にして頬を引きつらせている。
飢饉の話よりそっちの方で動揺するか。
まあ、現実味の感じられない話と目の前の殺気立ったジジイでは迫力が違うのかもしれないが。
「場所は、この国の中部地域。規模はかなり広いようだぞ」
「ワシにどうしろと? そういう話はこの国の王に持って行くべきだろう」
「言っただろ。協力してもらうって」
「ここは国の北部地域だぞ」
牽制してきたな。
その程度のことを知らずに来ると思うほど浅はかではないだろうし。
「それにワシは一ギルド支部長でしかない」
予防線を張るねえ。
「シャーリー、アーキン」
ゴードンの反論を無視して俺は商人ギルド組に呼びかける。
「はい」
「なんでしょうか」
「俺の予言を聞いてどう思った?」
2人とも即答はできないようだ。
「遠慮せずに言ってくれ。そのために来てもらった面もある」
そう言うと、シャーリーが先に反応した。
「正直に言うと戸惑っています。先生が凄い方だとは思いますが、予言と言われると……」
「私も同感ですな。にわかには信じがたい話です」
俺は2人に「ありがとう」と礼を言ってゴードンに向き直った。
「この通り、いきなり予言の話をしても誰も信じない」
当然だろうと言いたげにフンと鼻を鳴らすゴードン。
「故に俺は失敗している」
ケニーに報告書の記載をさせなかったからな。
俺の言葉にゴードンは記憶をたぐるように視線をさまよわせ……
「ワシとケニーに国王の前で予言の証言をしろと言うのか?」
「ケニーは勘弁してやれよ」
「何だと?」
「報告書に書かせなかっただろ。なのに証言なんてさせたらアイツの首が飛びかねん」
そもそも俺の予言を直接耳にしていないから説得力に欠ける。
残念なオッサンだ。
「ぐっ」
己の心理的負担を減らす当てが消えて呻きながら仰け反るゴードン。
「それと最初は王様ではなく王女様に話をしてもらうことになる」
「どういうことだ?」
「来月の頭までに王女様がジェダイト王国に来るんだよ」
「なにっ!?」
「そこで予言の話をしてほしい」
さすがに王族相手となると即答はできないらしい。
ゴードンは険しい表情で唸っている。
「この機会を逃すと被害軽減の策がひとつ潰れる」
「なっ!?」
顔面は言うに及ばず体全体をヒクヒクと引きつらせているゴードンだ。
「予言なら被害は回避できんのではないか」
割と混乱していると見受けられるのに多少は冷静な思考も残しているらしい。
「それは天罰の時だ。こういう予言には救済の道も示されている」
救済という単語に身を乗り出すように反応するゴードン。
「可能なのか!?」
唾まで飛ばして来るかよ。
もちろん理力魔法でブロックしたけどさ。
興奮するのは勝手だけど汚いのは勘弁してくれ。
「落ち着けよ」
軽く睨みをきかせればゴードンも我を取り戻したようで椅子に座り直した。
「救済に関しては俺やガンフォールが動くから心配しなくていい」
「本当に何とかできるんだな」
「向こうが俺のやり方に口出ししなければ餓死者は出ないよ」
こういうのは必ず変なのが出てくるからなぁ。
この国だと宰相補佐だった男なんかが該当する。
よその国なら奴ほどのバカが他にウジャウジャ出てきそうで不幸中の幸いだと思えてきたよ。
「つまりワシの証言ひとつでうるさい連中が増えもすれば減りもするのだな」
「察しがいいな」
少しは気合いが入るかと思ったのだがゴードンは更に表情を険しくさせていく。
いざというときは覚悟を決めて腹をくくれる男なんだが。
まるで苦渋の決断を迫られているかのようだ。
「何か問題でもあるのか」
「ある」
思い出すのも忌々しいとばかりに声を絞り出す様からすると余程のことがあるらしい。
「ダンジョンの質が変わった」
ルディア様に聞いた歪みの影響がこの街にも及んでいたか。
「年末あたりから兆候があったのだが」
「それで俺に何日か残る気はないかと言っていたんだな」
その頃から気付いていたとはギルド長を任されるだけはあるってことか。
「うむ。下手をすれば暴走もあり得るのではないかとワシは考えておる」
「暴走はないな」
俺は断言した。
そこまで酷い状態ならルディア様たちだって気付かない訳ないからだ。
「どうして言い切れる」
「暴走するならダンジョンが変化した直後にしてる」
「何を根拠に──」
「ギルド長なんだから少しは文献とか読んで勉強しろよ」
「ぐっ」
痛いところをつかれたと顔に書いてある。
勉強嫌いなのは間違いなさそうだ。
「本当だろうな」
「賢者として俺が保証する」
「分かった」
「代わりと言っちゃなんだが各地でダンジョンが深さを増しているはずだ」
「なんだとぉっ!?」
暴走ほどではないもののダンジョンの深化も放置できる問題ではない。
元の規模にもよるが従来通りの対応では間に合わなくなるからな。
間引きが追いつかなくなって迷宮核により魔物が外に放り出されることになれば被害が増加しかねない。
「道理で冒険者が集まらん訳だ」
苦り切った顔で吐き捨てるように言った。
現時点でギルド長としてできる手は打っていたか。
腕利きは集められなかったようだが。
それでも中堅どころは引っ張ってこられたみたいだけどな。
下の酒場兼用の食堂でたむろしている連中がその一部だろう。
犠牲者が出ないようローテーションでダンジョンに向かわせているものと思われる。
ゴードンのしてきたことが容易くないのは書類の山が物語っていた。
この様子ではゴードンを1週間以上も拘束するのは難しそうだ。
だが、対応しなかった場合の被害規模は飢饉の方が上である。
「それで勉強嫌いのギルド長さんは、暴走がなくても動けないか」
「うぬぅ」
俺の問いに即答できないゴードン。
究極の選択を強いられているようなものだし真剣に考えるなら邪魔はしない。
あまり時間はないが急かしても良い結果など得られないだろう。
「ところで先生」
シャーリーが声を掛けてきた。
「私たちが話を聞いてもお役に立てそうなことはないと思うのですが」
さすがは商人。無償での奉仕はしませんと暗に言ってきている。
それでも帰ったりしないのは俺が信用されているからだと思いたい。
「そうか? 飢饉になれば流通が激変するぞ」
俺に指摘されて損失が大きくなることに気付いた商人ギルド組が血相を変えた。
「保存食の確保は重要だと思わないか」
「確かに」
「冒険者ギルドが忙しいなら魔物の肉なんかは余ってくるだろうがな」
保存食の原材料は安く手に入れやすくなるだろう。
しかしながら、そのことが売る側の舵取りを難しくさせてしまいかねないのだ。
飢饉の中で需要がどれほど伸びるのかも供給が追いつくのかも読みづらい。
仮に数が確保できて格安の値段に設定しても不満が噴出し販売者や商人ギルドが悪者にされてしまう恐れがある。
それを悟った商人ギルド組が絶望的な表情を見せていた。
「暴動が起きかねませんな」
アーキンがブルリと身を震わせながら言った。
「困窮する人たちばかりになるのよね」
シャーリーは蒼白な顔で確認するようにアーキンを見る。
「よほど上手く立ち回らねば、おそらく……」
「そうなれば普通に売るだけでも恨まれるのでは?」
2人とも仮定の話をしながら震え上がっていた。
最悪を想定して対応するのは悪いことではないが戦意喪失するのはいただけない。
「もうけ度外視で災害支援物資として放出するくらいの覚悟はしておいた方がいい」
「「っ!」」
「欲しくても買えなくては意味がないという訳ですな」
「商人ギルドで買い上げて配給という形にしてしまえば衛兵に対応してもらえるわ」
「その手がありますな」
「大赤字になるけど」
「市民に恨まれるよりはマシかと」
「ええ。将来の信用を買ったと思いましょう」
「赤字分は国に支払わせればいいんだよ」
「「なっ!?」」
「緊急事態なら嫌とは言えないだろう」
まともじゃない国なら言うかもだけど。
「多めに用意して余った分は備蓄用として買い取らせればいい」
あのお姫様の国なら応じると思う。
「さすがは先生ですな」
「まったくです」
商人組が持ち上げるほどじゃないと思うんだが、ジェダイト組にも妙に感心されている。
「伊達に賢者ではないということだな」
いつの間にか復帰していたゴードンまでもが、こんなことを言うからむず痒い。
「で、来るか残るかどっちだ」
「ワシは残るが証人を同行させよう」
それは俺が考えもしなかった答えであった。
読んでくれてありがとう。