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1515 始まるが始まらず

 主審が両選手を交互に見ながら間合いの中央に手を伸ばす。

 この手が振り上げられた時が試合開始である。

 いよいよ2人の対決が始まろうとしていた。


「始めっ!」


 気合いの入った声と共に右手を頭上高く振り上げた。


「「「「「ワアアアァァァァァァァァ───────────ッ!」」」」」


 観客たちが一気に盛り上がる。

 本戦2日目の第2試合が始まった。


 だが、2人は睨み合っている。

 観客の盛り上がりに反して静かな立ち上がりだ。


 両者共に構えを解いた訳ではない。

 その双眸に込められた闘志も衰える様子は見せていなかった。


「動きませんね」


 カーラが誰に聞かせる風でもない様子で呟いた。

 焦れているという感じではなかったものの、内心では焦りがあるのだろう。

 俺たちを引き止めてしまったという思いはどことなく感じられるからな。


「まあ、始まったばかりだ」


 焦ってもしょうがないことを伝えるべく言ってみた。

 それでカーラが落ち着けるかは疑問だが。

 言わないよりはマシだろうと思っておく。


「探り合いはしておるじゃろ」


 シヅカが試合場の2人に目を向けたまま言った。


「駆け引きはしているな」


 ツバキが続く。


「目線と肩の動きだけやから、よう見てなあかんけど」


 アニスも追随してきたが──


「それぐらいは誰にでも分かるわよ」


 すかさずレイナにツッコミを入れられていた。

 そこからはお決まりの口喧嘩である。


「やめんか、2人とも」


 リーシャが止めに入るが、殴り合いではないので簡単には止められない。

 いつものことなので月影の面々が止めてくれるだろう。

 そのうちな。


 それよりツバイクが何かを聞きたそうにこちらをチラチラ見ている。


「どうした?」


「えっ、あのっ、駆け引き……してるんですか?」


 遠慮がちに聞いてくる。

 間違いはないのだろうが自分には分からないと言いたげに見える。


「心配しなくても、そんなことで目くじら立てたりしないぞ」


 分からないものはしょうがない。

 俺たちのようにステータス任せの視力がないんだし。


 何にせよフォローは大事だ。

 今の一言でツバイクから体の強張りが消えたからな。

 威圧しているつもりはないんだが。


 まあ、本人の性格だと思うから仕方のないところか。

 相変わらず紙のことが関わらないと腰の低い王子様である。


「俺たちは目がいいから分かるんだよ。

 たぶん、他の観客たちでそこまで見えているのはいないんじゃないかな」


「はあ……」


 ツバイクは呆気にとられている。


「おやおや、うらやましい話が聞こえてきたのだよ」


 サリーが首を突っ込んでくる。


「そう思うなら頑張って鍛えてくれ」


「おいおい、無茶を言ってくれるね」


 視力など鍛えられるものではないと言いたいようだ。

 そういう発想である限りは視力は伸ばせない。

 全体的にステータスを伸ばす必要があるからな。


 つまり、レベルアップだ。

 それも2桁に留まっているようでは難しい。

 視力の底上げなんてそんなものだ。


 スキルがあれば話は別だけどね。


「実に残念だ」


 サリーが悔しそうに言った。


「仕方あるまい」


 ランサーがそんなサリーを見て淡々と諭すように告げる。

「我々は超人ではないのだ」


「超人は言い過ぎだ」


 タワーがランサーの物言いが良くないとたしなめる。


「む……」


 指摘されたランサーがハッと気付いたようになって……

 慌てて俺たちの方に頭を下げてきた。


「すまない」


 見た目はチャラいオッサンなんだが真摯に謝ってくる姿勢は本物だと感じられた。

 これなら本当に気にしていたとしても水に流せると思う。


 それ以前の話なので流す必要性などないのだけれど。

 ミズホ組は誰1人として怒っていない。

 嫌な気分に陥ったりもしていない。


 俺も【千両役者】スキルで取り繕う必要がない状態だ。

 問題があるとすれば、ランサーがずっと頭を下げたままだということだろう。


『根は真面目なんだな』


「いや、気にしちゃいないさ」


 だから俺は普通に返事をした。

 あえて頭を上げてくれとは言わない。

 全員が気にしていないと言えば、きっと大丈夫だろうと思ったからだ。


 俺は皆の方を見て頷いた。


「そうですよ」


 それを見たミズキが真っ先に察してくれた。


「そーそー、超人なんて格好いいじゃない」


 マイカもフォローに回ってくれる。

 他の面子も順番に何も気にしていないと返事をしていった。


 一通り終わると──


「ランサーさん、皆さん気にされてないそうですよ」


 スタンがランサーに声を掛ける。

 絶妙なアシストだと言えよう。


 これでランサーが頭を上げてくれたからな。

 そして、そのままサリーを振り返った。


「とにかく諦めろ。

 我々にはどうしようもない。

 仮に将来的にどうにかできても意味がないだろう」


「ランサーの言うことはもっともだ」


 タワーが同意した。


「もっと近くで見られれば解決するんでしょうけどね」


 スタンも残念そうに言ってはいるものの、諦観が感じられる。


「後方の客席との差異が混乱を生じさせる恐れがありますから無理なんですよね」


 ぶっちゃけ後ろの席の者たちが見えないからと前に押し寄せてってことだ。

 場合によっては将棋倒しになることも考えられる。


 それを防止するには衛兵を更に動員する必要があるだろう。

 それも極端に増やす必要がある。

 下手をすれば観客席が今よりも減ることになりかねない。


 どう考えても現実的ではないだろう。

 人的負担や予算的な面から考えてもな。


 まあ、解決する手段がない訳ではない。

 要はもっとハッキリ見えればいいだけなのだ。


 レベルを上げて視力を強化するのは手段のひとつである。

 彼らにとって現実的ではない方法ではあるがね。


 ただ、別の解決方法がない訳ではない。

 これはこれで周囲に混乱を呼ぶ恐れがあるが、幻影結界で誤魔化すことはできる。


 それから、この手を使うのはズルというか不公平ではあるかな。

 そのあたりは友人だから特別にという形で納得してもらうしかない。

 結界外の観客は知りようもないんだけどさ。


 それでも内側の面子がどう反応するか、なんだよな。

 変に公平性だとか矜持があるとか言い出されるとアウトだ。


 俺の予測としてはランサーが何か言いそうな気はする。

 チャラい雰囲気があるオッサンなのに芯の部分では真面目だと判明したからな。


 それとスタン。

 こっちは遠慮してくる感じかな。


『さて、どうなりますか』


 俺は腰のベルトに通したポーチからブツを取り出した。

 サリーたちの細部を見たいという要望をかなえることのできるものだ。


「おぺらぐらすぅ~」


 と言ったのは俺ではなくトモさんだ。

 いつものイケボではなく濁声で。

 某体の青いタヌ……もとい耳のない猫型ロボット風に節をつけていた。


 そのせいかミズホ組には受けがいい。

 元日本人組だけじゃなく、あれの動画はうちの面子に大人気なんだよな。


 だからこそトモさんも物真似したんだろうけど。


「先代風にやったわね」


 マイカが聞き分けていた。


「リスペクトしたの?」


 ミズキも気付いていたようだ。

 元日本人組は細かいところまで気にしている。

 俺はそこまで気にするかねとは思ったけど。


 オリジナルとは声質が違うから普通は分からないだろうに。

 微妙な差を聞き分けるなど芸が細かいというか……


 とにかくマイカたちには不意を突くような形の物真似でも分かるらしい。


「うーん、そういうのがないとは言わないけど」


 トモさんの返事はどうにも煮え切らないものだった。


「どちらかというと低音の方がやりやすいから?」


「どうして疑問形なのよ」


 マイカがツッコミを入れる。


「咄嗟に出たから」


「パブロフの犬かいっ」


 連続でツッコミが入った。


『……………』


 グダグダになりそうなので、そっちはミズキに任せておくとしよう。

 俺はミズキにアイコンタクトを送った。

 そして返事を待たずに皆の方を振り返る。


 決して逃げた訳ではない。


「「「「「……………」」」」」


 だって、トモさんたちのノリについて行けずに呆気にとられている面々がいるのだ。

 ミズホ組は「あー、いつものことかー」で済むんだけど。


 ツバイクたちや5国連合の面々を放置したままにはできない。

 物真似の説明をする気にはなれないがね。


読んでくれてありがとう。

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