1513 酷いヤジには……
『おっと、イカンな』
ひとつ大事なことを失念していた。
今日はサリーたち5国連合の面々が一緒にいるということをな。
どう転がってもいいように自動人形をスタンバイしておく。
隠密行動が得意な斥候型が適任だろう。
その上で【多重思考】スキルでもう1人の俺たちを呼び出せば準備完了だ。
『『『『『任された』』』』』
これで別行動になっても護衛はできる。
欠点としては、最後まで面倒を見ずにほっぽり出したと思われることか。
「すまんが、そういうことだから」
罪悪感を感じながらも身内を優先する。
無責任がすぎると言われても仕方ない対応ではあったが……
「むっ?」
予想に反してサリーが席に着いた。
「ハルト殿が面白そうだと思うなら付き合わねば損だろう」
ニッとはを見せて笑みを浮かべるサリー。
「うむ、それはワシが保証するぞ」
ランドがドヤ顔でそんなことを宣っている。
「自慢するほど長い付き合いではないだろう」
そんなだからタワーにツッコミを入れられていたけどな。
「うぐっ」
ランドが痛いところを突かれた顔をして呻く。
「まあ、そう言わずに」
スタンがフォローに入った。
「数日とはいえ私達よりアドバンテージがある訳ですし」
微妙に棘があるような気がするのは気のせいだろうか。
「うっ」
少なくともランドはスタンの言葉にわずかだがダメージを受けている様子だ。
「確かに数日の差はある」
タワーがもっともなことだと頷いた。
「ぐっ」
更にダメージを蓄積するランド。
「そのくらいにしておけ」
見かねたのかランサーが止めに入った。
「数日だろうが何だろうがホスト国の顔は立てねばならんだろう」
「……………」
『止めに入ったんだよな?』
余計なことを言わなければ、そう思ったんだが。
弄っているようにしか見えなくなってきた。
サリーは参戦してこなかったが、ニヤニヤしている。
それを見たランドは悔しそうに歯噛みするばかりだ。
「ぐぬぬ」
「ハハハ、ランドくんは損な役回りだね」
サリーが愉快そうに笑った。
下手をすると嫌みに見えてしまうところだが、そういうところはない。
「フン」
それでもランドはヘソを曲げてしまったけどね。
とはいえ、本気で怒っている訳ではなさそうだ。
これ以上は何を言っても分が悪いと逃げの手を打ったと見ていいと思う。
「私はこの試合を見ていくことにするが、皆はどうする?」
サリーが問いかけると……
「ワシも見ていこう」
ランサーが同意して席に着いた。
「どういう戦い方をするのか興味が出てきた」
「うむ、あの華奢な体付きで本戦に出たとなると興味深いものがある」
頷きながら座るタワー。
「タワーから見れば、大抵の奴が華奢じゃねえかよ」
ランサーがマジボケするなとばかりにツッコミを入れる。
「そんなことはない」
タワーが否定するものの……
5国連合の面々が眼前でそれはないとばかりに手を振った。
「何故だ……」
ショックを受けたのか、ションボリと肩を落とすタワー。
正直、ショックを受ける理由が不明だ。
鏡を見たことがないのか。
見なくても分かることだけどさ。
「タワーがデカいからだろ」
先程の意趣返しとばかりにランドが言った。
「デカくない」
「デカい」
以後、その言い合いがしばし続いた。
子度もっぽいったらありゃしない。
聞くに堪えないが、俺は知らん。
止めに入るのは自分から事故に巻き込まれに行くようなものだろうしな。
そういう面倒くさそうなのは5国連合の面々に任せておくに限るだろう。
なんにせよ、今日の2戦目も全員で観戦していくことになった。
願わくばヤジなど消し去るような試合を期待したい。
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観客席の気配の動きに変化があった。
「ん?」
何カ所か別々の通路にそこそこのまとまった人数で集まるような感じだ。
「どうかしたんですか?」
リオンが聞いてきた。
ミズホ組の他の面々はこれから始まる試合の方に集中している。
俺が声を漏らしたことに気付いていない訳ではない。
耳がピクッとしてたからな。
中にはそのままピクピクしっぱなしの者たちもいたけど。
ABコンビとか、そんな感じだ。
一応、気にはなるらしい。
ただ、何かあっても俺が注意喚起するまでは問題ないだろうと思っているのかもな。
若干の緊張感が感じられるので、完全に気を抜いている訳でもなさそうだ。
他は……、レオーネがリオンのことを見ている。
そんな状況だった。
その間にも通路の気配がゆっくりと動き始めている。
隊列を組んで整然とした感じだ。
『これはおそらく……』
【多重思考】と【天眼・遠見】のスキルコンボで確認してみたが想像通りであった。
隊列を組んでいたのはどれも衛兵たちである。
場所によって人数がバラバラだけどな。
一見しただけでは法則性があるようには見えない。
「衛兵が動いている」
俺がリオンに返事をすると──
「どういうことでしょうか?」
キョトンとした顔で問い返された。
「さっきからふざけたヤジを飛ばしている連中がいるだろう」
未だにそれは続いている。
「あっ」
リオンが赤面し一瞬だが怒りを滲ませた顔をした。
そしてニッコリと笑う。
満面の笑みなのに何故か背筋が寒くなりそうだ。
「天罰が下るといったところでしょうか」
「まあ、そういうことだろう」
調子に乗って下品なヤジを繰り返す奴らが悪いのだ。
早足で衛兵たちが移動し始めた。
隊列は乱さない。
巡回しているだけですよと周囲の観客にアピールしているかのようだ。
威圧しないよう気を遣っているのが分かる。
騒ぎになるのは最小限にしたいというのだろう。
試合会場中を混乱の渦に陥れてしまうと収拾がつかなくなるからな。
だからこそ、移動は慎重になる訳だ。
そして目的と思しき場所で止まる衛兵たち。
下品なヤジを飛ばしていた連中を取り囲む。
「なっ、何だよっ!?」
ここにきてようやく異変に気付いたヤジ連中の1人が叫んだが。
「黙れ」
その一言以外に衛兵たちは何も喋らない。
そのまま拘束していく。
「ちょっ!? 何だよ、俺が何したって……」
文句を言いかけた男だったが、衛兵に睨まれて語尾が尻すぼみになっていく。
威勢良くヤジを飛ばしていたのは何だったのかと言いたくなったさ。
現実はこんなものなんだろうが。
「そうだ、座って見てただけじゃないかっ」
どうにか強がってみせる者も中にはいる。
が、はた目にもビビっているのは見え見えだった。
下品なヤジに眉をひそめていた周囲の面々からすればザマアな心境だろう。
どういう理由で確保されたのかは察しているはずだしな。
彼らの反応は概ねふたつ。
冷ややかな視線でヤジ連中を見下すような視線を向けるか。
何も見えない聞こえないとばかりにサクッと無視するか。
誰も擁護するような者はいなかった。
このまま試合会場からヤジ連中が放り出されるなら、きっと歓迎されると思う。
「ホント何なんだよっ!」
バカが1人キレて暴れようとした。
両脇を抱えられているので大して動けはしなかったがな。
『あー、バカなことを』
ここが試合会場でなければ衛兵も抜剣していたことだろう。
剣を突き付けて黙らせるのは効果的だからな。
それでも暴れようとするならバッサリも無いとは言えない訳だ。
が、抜剣はされなかった。
そういう意味では運が良かったのかもしれない。
斬り捨て御免のパターンだけは回避できたからな。
観客席にはヤジ連中より普通の観客の方が圧倒的に多くいることに感謝すべきだろう。
大半が剣とは無縁の一般人だ。
近くで衛兵が抜剣すれば恐慌状態に陥る恐れがある。
1人でもパニックを引き起こされてしまうと厄介なことになりかねない。
そういう恐怖に根ざした感情は訳の分からぬまま伝染することがあるからな。
衛兵たちもそれは理解しているようで、抜剣はせずに数人がかりで押さえ付けていた。
そしてグルグルに縛り上げ猿ぐつわもかませる。
手間がかかった分、このヤジ男は他のヤジ連中より厳しい扱いを受けるだろう。
少なくとも試合会場から放り出されて終わるだけでは済まなくなったのは確実である。
読んでくれてありがとう。




