1508 犠牲者はパンパンだった
怒濤のごとく繰り出されていたウルメの張り手が止まった。
「と、止まった?」
「ドワーフが止めただけだろ」
「そんなの分かってるっ。
問題はそれがどういうことかってことだろ」
「疲れたとか?」
「バカ言うなよ、息ひとつ乱してないじゃないか」
「じゃあ、試合放棄?」
「んな訳あるかっ」
試合放棄は自分で場外から出ないと認められんからな。
とにかく、観客たちが騒ぎ出し始めた。
そこかしこで同じようなやり取りがされている。
「ぶははっ」
トモさんが吹き出した。
「凄いことになってるじゃないか」
言いながら笑っている。
「いや、笑っちゃ悪いんだけどさ」
「あれは……」
フェルトはその隣でドン引きしている。
「アハハ、そりゃあそうよねえ。
あれだけ張り手を連発されれば」
マイカが笑いを堪えきれないといった様子でお腹を抱えながら言った。
「ちょっと、笑っちゃ可哀相だよ」
ミズキがたしなめるものの、あまり効果はない。
「だってさぁ、顔があんなになってるのよ」
指差す先にいるのはウルメの対戦相手。
その顔は見事なまでに腫れ上がっていた。
「パンパンマンにゃ」
ミーニャが顔の輪郭を手で象るジェスチャーをしながら言った。
「「「「「ぶ─────っ!」」」」」
ミズホ組の何人かが「パンパンマン」に反応して吹き出してしまいましたよ。
だが、子供組はそこで止まらない。
「パパンがパン」
ルーシーが両方の掌で頬をリズムに合わせて叩きながら言った。
いったと言うよりは歌うような感じだ。
「パンパンパン!」
シェリーもリズムは違うが真似をしている。
「「顔がパンパン」」
ハッピーとチーがミーニャのようなジェスチャーで歌う。
「「「「「パンパンマーン! イエーッ!」」」」」
即興でオリジナルソングを作ったようだが。
『攻めてくるなぁ』
思わずあのキャラを連想してしまったさ。
歌は似ても似つかぬものだったけど、それっぽい雰囲気があったし。
そもそもネーミングとジェスチャーがイメージさせてたからな。
「うーん、攻めるねえ」
トモさんも俺と同じことを想像したようだ。
「子供組、恐ろしい子たちっ」
言いながら侮れないという顔をしているマイカ。
まあ、ノリでやっているようなものだ。
「そう?」
それを素でナチュラルに潰すミズキ。
こちらの方が「恐ろしい子」って感じだけどな。
「餡子の詰まったキャラだと言わないだけマシじゃない?」
「ちょっ!」
ミズキの発言にマイカが泡を食っている。
「そっちの方が際どいわよっ」
確かに子供組は餡子の「あ」の字も出してなかったからな。
「えー、そうかなぁ?」
ミズキはピンと来ないと言いたげに首を傾げていた。
「大福にぃ……
葛まんじゅうにぃ……
どら焼きもあるでしょ。
京都で食べたアレも餡子が入ってたわよ?」
思いつく限りの和菓子を列挙していく。
『京都で食べたってのは……』
生菓子の方だな。
焼いている方とは違って三角形になるように折られている。
確かに餡子を入れたりするパージョンもあった。
「あんまきは詰まってるとは言わないかなぁ」
巻いているだけだからな。
「おはぎは……外側だし」
餡子を使った和菓子を列挙しているだけになってきたような気がするんですがね。
『このまま放置してたらお汁粉とか言い出しそうだな』
ちなみに関西では、粒餡を使ったお汁粉はぜんざいと言うらしい。
こし餡の場合はお汁粉のまま。
呼び方を使い分けているのは食に対するこだわりからか。
日本人だった頃、旅行に行って初めて知った。
名前の由来まではよく分からない。
調べたのは呼び方の違いについてだけだからな。
今もそこまで調べる気はない。
そんなことよりウルメの試合だ。
誰も止めないし、選手が場外に落ちた訳でもない。
ウルメは数歩下がって佇んでいるだけ。
しばらくは動きがなかったのだが……
観客席のざわめきが一段落ついた頃合いになって対戦相手がようやく手を出し始めた。
右に左にと忙しなく拳を突き出している。
それも何処か挙動不審な感じで闇雲にパンチを繰り出しているようにしか見えない。
暗闇の中でシャドウボクシングをしているとでも言えばいいのか。
まるで見えない相手と戦っているかのようだった。
ハッキリ言って隙だらけなんだけどな。
「何やってんだ、アイツ」
「訳がわかんねえな」
「殴られすぎておかしくなったか?」
観客たちが困惑気味に騒ぎ出す。
「ドワーフが魔法を使ったとか?」
「あり得ねえだろ」
「そうだぜ、ドワーフが魔法を使うなんて聞いたことがねえ」
うちには魔法を使うドワーフはいくらでもいますが、何か?
まあ、上位種のハイドワーフとかドワーフ+だけどさ。
ハイドワーフになると見た目もドワーフっぽさがかなり薄れるしな。
個人差はあるけど、ちょっと背が低めのレスラーと言っても通用しそうな感じだ。
「そもそも魔法は禁止だろう」
「だよな」
「警報装置もあるって聞いたぞ」
「じゃあ、あれはどういうことなんだ?」
困惑する観客たち。
どこもかしこも似たようなものだ。
ランサーたちもその例に漏れない様子だ。
「おい、サリー」
「おやおや、どうしたのかな。
随分と御機嫌斜めじゃないか、ランサー」
「薄気味悪いんだよ。
予言みたいな真似しやがって」
「予言ではなく、予想だね」
「言ってることが当たってりゃあ、どっちでも似たようなもんだろうが」
随分と乱暴な考え方をするものだ。
サリーはその点については意に介した様子も見せないが。
「あれは、どういうことなんだ?」
「簡単だよ。
平手打ちをもらうと頬が腫れたりするだろう」
「なるほど、それの酷い状態になったか」
タワーが頷きながら言った。
「そうそう、その通り」
「ってことは……」
ランサーが対戦相手の方を見た。
未だに闇の中で格闘しているような有様だ。
「顔が腫れ上がって目が開けていられないのか」
目を凝らして見ているランサー。
「確かにそれっぽく見えはするな」
だが、もどかしげに歯噛みする。
俺たちのいる席からは細部まで見ることができないようだ。
「開けていられないというよりは、瞼も腫れてしまって塞がっていると言うべきだね」
「恐ろしいものですねえ」
スタンが嘆息しながら言った。
「腫れはしばらく引かないでしょう。
もう負けてしまったようなものじゃないですか」
だからウルメは距離を取って待っていた。
先程からずっと審判の方を見ている。
言葉を発しないのは、対戦相手に位置を掴ませないためだろう。
顔は腫れ上がっても耳は問題ないのだ。
声を出せば間違いなく突っ込んでくるはず。
まともに前も見えてない状態であるにもかかわらずな。
が、対戦相手はそれどころではないだろう。
現状でも勝負を諦めていないのだ。
それこそ、後がどうなろうと知ったことではないと突進してくるに違いない。
破れかぶれとは正にこのことであろう。
まあ、ウルメがそんなことでやられたりするはずもない。
回避するスペースは余裕であるからな。
ただ、対戦相手が怪我をする恐れはある。
まともに見えていないなら、段差などなくてもつまずくことは充分に考えられるしな。
危ないったらありゃしない。
だからウルメは審判に試合を止めさせようとしている訳だ。
問題は審判がその意図を量りかねていることだろう。
動きそうで動かないのだ。
完全に困惑してウルメの方ばかり見ているし。
対戦相手の顔を見れば一発で状況を把握できるのにな。
『仕方のないところはあるか』
これ専門じゃないからな。
本業は神殿に関わる業務全般。
10年に一度の武王大祭で審判をするために駆り出されたにすぎない。
事前に講習を受けたり実地訓練のようなことをしてはいるとは思うが。
今回のような想定外には対応しづらいだろう。
そのことにウルメも気付いたみたいだ。
対戦相手を指差してウルメがアピールした。
読んでくれてありがとう。




