1505 命名にこだわる女
影武者作戦は似ている面子でリトライということになった。
あくまでもお忍びで祭りに繰り出すのを中止するとはならないようだ。
特徴のない顔の面々は御役御免でホッとしていた。
別に隠密行動が専門の密偵とかではないようだ。
念のために聞いてみれば、料理人だったり庭師だったり……
普段は城内で働いている裏方的な面々ばかりだった。
まさしくリアルモブである。
『そりゃ、ホッとするのも当たり前だっての』
代役と言われて担ぎ出されただけでも何事かと思っていたはずだ。
それが各国の王族の身代わりと知ったら生きた心地がしなかったのではないだろうか。
5国連合の連中は無茶振りがすぎる。
せめて肝の据わった奴を選抜してからにしろと言いたくなったさ。
まあ、急に決まったようだから時間的に無理があったんだろうけど。
それならそれで諦めるという選択肢はなかったのかと問い詰めたいところである。
「ハハハ、素晴らしい!
冒険者パーティの結成だぁっ」
「「「「おーっ」」」」
すっかりその気になっている連中を相手に何を言っても無駄な気はするが。
「さてさて、それではパーティ名を決めねばならぬと思わないか?」
とか軽戦士サリーが言い出す始末だし。
「そうだともっ」
「右に同じ」
槍士ランサーと重戦士タワーも即答で同意する。
「そうですねえ」
魔法使いスタンも頷いている。
「冒険者パーティというものはそういうものだと聞き及んでいます」
その発言からすると積極的にそうすべきという意見のようだ。
「ならば出かける前に決めておかねばな」
それを受けてハイラントがおもむろに提案する。
すっかり剣士ランドの方へスイッチが入っていた。
これまでは立ち居振る舞いだけは王族寄りだったのが、今やランドに成りきっている。
「そうなの?」
提案したサリーが首を傾げる。
「そういうのは今日1日かけてじっくり話し合いたいところだけど」
妥協したような名前は嫌だと言いたいのだろう。
「衛兵に聞かれて答えられなかった時が面倒だぞ」
「うむ、武王大祭の期間中はピリピリしておるからな」
ランドの反論にランサーが補足した。
「あらあら、そうだったわね」
残念そうな顔をするサリー。
だが、まだ諦めきれないように見える。
「ボロは極力出さないようにするのが良いかと思いますね」
スタンが慎重な意見を出して牽制するも……
「うーん」
唸って渋い表情を見せた。
踏ん切りがつかないようだ。
もっとサッパリした性格かと思っていたが、そうでもないようだ。
男連中は「うへえ……」と辟易したような表情になっていた。
「仮の名を決めておけば良かろう」
渋い表情を浮かべつつ提案したのはタワーであった。
その渋面がどういう心情から来るものかは不明だがな。
見るに見かねてか。
付き合いきれないと呆れているか。
いずれかだとは思うが。
「本命が決まるまでは仮の名にしておけ」
有無を言わさぬとばかりにジロリとサリーを睨むタワー。
「仮の名であれば妥協もできるであろう」
妥協という言葉に微妙な表情を浮かべるサリー。
それだけ冒険者パーティの名前を決めるという行為にこだわりがあると見た。
『やれやれ、面倒な』
だが、俺はノータッチだ。
外に出れば嫌でも付き合わされるんだからな。
今から振り回されてちゃ持たないって。
「改名してはいかんという決まりもないのだろう?」
なのにタワーが俺の方へ問いかけてくる。
巻き込まれるのは嫌だが、答えないと余計に面倒なことになりそうだ。
タワーの疑問に首肯した。
「まあな、そんな決まりは何処にもないぞ」
ちゃんと言葉でも大丈夫であることを保証しておく。
返事をしたしないで揉め事を起こされても面倒だからな。
「うぬぬ」
それを見た聞いたサリーが唸る。
『まだ、ダメなのかよ』
二重に肯定したにもかかわらず、これとか勘弁してほしい。
だから話を振られるのは嫌だったのだ。
これだと俺が説得しないといけない流れになってくるからな。
サリーの照準が5国連合の面々から俺たちに変更されている。
ヘイト処理をしくじった訳でもないのにタゲられるとか冗談キツい。
タワーとしては、それが狙いだったんだろうが。
無駄口を叩かないからと油断していたら、やられてしまった。
見た目の無骨さに似合わぬタヌキオヤジぶりである。
だが、ここで「してやられた」を顔には出さない。
そういうのが伝わると調子に乗りそうなのがいるからな。
もちろん【千両役者】スキルで完全ブロックだ。
「そういう連中は結構多いみたいだぞ」
しれっとした顔で伝える。
これは本当のことなので後で調べられても困りはしない。
名前にこだわるあまり仮の名で何年も通しているパーティもあるのは割と聞く話だ。
中には仮の名に馴染んでしまい愛着を感じて、そのままにする者たちもいる。
というか、そういうパーティは珍しくない。
まあ、こんな話はサリーにはできないがな。
絶対に気にするだろうから。
サリーもそのパターンに当てはまりそうだし。
「それと」
ここで言葉を句切って5国連合の面々を見渡す。
肝に銘じるよう促すためだ。
「あまり時間をかけるようなら置いていくからな」
「「「「「────────っ!?」」」」」
ギョッとした顔で見返してくる5人組。
「それは勘弁してえっ」
真っ先にサリーが懇願してきた。
かと思えば──
「横暴ではないかっ」
ランサーのように抗議してくる者もいる。
「後生だから待ってほしい」
タワーはそう言って頭を下げるし。
「考え直していただけませんかねえ」
説得してくるスタン。
「ハルト殿ぉ~っ」
情けない声ですがってくるランド。
バラバラのように見えるが、全員が必死になって俺に待ったをかけてくる。
「そう言われてもな。
今日は最初の試合にウルメが出てくるから無理だ」
これ以上の断り文句はあるまい。
これこそが俺たちの目的なんだから。
ツバイクも頷いていたしな。
現にランドが崩れ落ちるように四つん這いになっていた。
「なんてことだ……」
「そんなに落ち込んで、どうしたのだ?」
ランサーがランドに問いかけた。
「……………」
ランドは即答できずにヨロヨロとした動作でランサーを見た。
絶望の一言に尽きると言っても過言ではない表情で。
そんなものを見せられては慌ててしまっても仕方あるまい。
現にランサーは──
「そんなに大事なのかっ?」
焦ったように問い直していた。
「ハルト殿たちのメインの目的がそれなのだ」
ようやくといった感じで答えるランド。
返事を受けて「マジか!?」という顔で見返すランサー。
「今日の初戦がそんなに大事だと?」
タワーも尋ねる。
「その通りだ」
「ふむふむ、それでやたらと早起きさせられたのか」
サリーが頷いていた。
「そういう大事なことを端折るのは感心しないのだよ」
「諦めろ、それは奴の癖みたいなものだ」
「言えている」
「同感です」
サリーが非難するが、ランサーたちが冷めた表情で無意味だと切って落とす。
「それもそうだったわね」
「……………」
ぐうの音も出ないランドである。
とはいえ残りの4人も状況は理解できた訳で……
完全にお通夜のような空気になっていた。
そんな中でもタワーが真っ先に立ち直る。
「諦めるのはまだ早い」
他の4人がタワーを見た。
「まだ猶予はある。
妥協すれば時間内にパーティ名を決めることもできるだろう」
タワーがそう言うと、5人組の雰囲気が少し明るくなった。
まだ、完全にテンションが持ち直した感じではないがな。
天気にたとえるなら降りしきる雨がやんで曇り空に変わってきたぐらいの感覚だろうか。
「そうは言うが、朝食抜きで試合観戦するつもりか?」
「「「「「ぐっ」」」」」
意外に抜けているところがある面々だ。
「そこは屋台で調達して観客席で……」
苦し紛れにランドが言った。
「屋台で朝食を調達か」
真っ先に反応したのはタワーであった。
「おおっ、それは良いな」
ランサーは期待感をにじませている。
「やれやれ、男どもは浅はかだねえ」
肩をすくめながらゆったりした動作で頭を振るサリー。
「んだとぉ?」
ランサーが鼻息も荒くして反応している。
「昨日、ハイラントから行列で待たされたって聞いたじゃないの」
「うぐっ」
「ギリギリまで粘って決めるのは得策ではないってことよね」
サリーが肩を落として深く嘆息した。
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