1499 酷評の理由
2試合目は比較的早い段階で試合が終わった。
「スタミナが勝敗を分けましたね」
「技量に差がなければ、そうなるだろうさ」
カーラとツバキが2試合目の総括のようなことを始めた。
将棋や囲碁で言うところの感想戦だろうか。
「ぶっ通しで戦うのだから当然じゃろう」
そこにシヅカも加わっている。
「ジャブだけの応酬は見所が薄いニャ」
いや、ミーニャも入ってきた。
ということは……
「回避が少なめなのも微妙なの」
ルーシーが入ってくる。
「しょうがないよー。
少しでも無駄な動きを減らしたかったんじゃないかなぁ」
シェリーも入ってくる。
「「だねー」」
言わずもがなでハッピーやチーも参戦する。
「弾くのは下手ですね」
と対戦していた者たちの防御技術を断じたのはクリスである。
「防御は不慣れなんでしょうね」
マリアがフォローのような発言をした。
「経験不足よね」
「攻撃の練習しかしてないと見たわ」
アンネとベリーのABコンビも続くが、フォローと言うよりは追い打ちだ。
そんな元ゲールウエザー組を見て苦笑するエリス。
対戦者たちの防御にダメ出しするのは彼女らだけではなかった。
まあ、ほぼ全員と言っていいだろう。
「あの……」
ツバイクが遠慮しているのか、コソコソした感じで俺に声を掛けてきた。
「どうしたよ?」
「どうして彼らの防御は酷評されているんでしょうか」
ツバイクは困惑気味の表情で首を傾げている。
「ちゃんと顔面に当たらないよう防いでいましたよね」
「そう見えたのか」
「えっ、当たっていましたか!?」
驚きを露わにするツバイク。
「そうじゃない」
「ええっ!?」
俺が否定するとますます困惑の色を深くしていく。
「まず最初に間違いの無い事実を確認しておこう」
でないと話がややこしくなってしまうのが目に見えているからな。
「互いに防御をした時、どちらも相手のパンチは顔面には当たっていない」
俺は断言した。
そこはツバイクの言う通りなのだ。
「はあ……」
ツバイクは生返事をする。
頭の中では、どうにも納得できないという思いで一杯なのだろう。
顔にもまともに出ていた。
「自分で言ったことを忘れてないか?」
「え?」
俺の疑問はツバイクにとっては意外だったようだ。
予想外だと言わんばかりに軽く目を見開いて驚いている。
「当たらないように防いでいると言っただろう」
「え、ええ、そうですが……?」
そんな当たり前のことを聞かれても困ると言いたげなツバイク。
「とてもじゃないが、あれを当たらないように防いでいるとは言えないんだよ」
運良く当たらなかったと言うべきだ。
相手の攻撃が防御の甘さをつくようなものでなかったのもある。
「へっ?」
またしても予想外だとツバイクの表情が物語っていた。
「皆が酷評する点はそこだ」
「……そんなに酷いんですか?」
「子供の喧嘩レベルだぞ」
「うえっ!?」
ツバイクの目と口が大きく開かれてしまった。
「ど、どういうことなんでしょう?」
頭を振りながら聞いてくる。
「恥ずかしながら自分にはサッパリ分かりません」
「どちらも顔面を狙ってばかりいたよな」
「ええ」
今度は動揺することなく普通に返事をする。
「軽い拳でダメージが入るのはやはり顔面でしょうし」
当てようによっては違ってくるのだが、それを説明すると話が長くなる。
スルーして説明を続けることにした。
「真っ直ぐ拳を伸ばしてくるのに払い除ける必要があるか?」
「えっ、だってそうしないと当たるじゃないですか」
「単発で考えた場合はな」
この言葉に対する反応は芳しくなかった。
ツバイクは目で理解しかねると訴えかけてきている。
こういう状態の相手に言葉だけで説明するのは手間がかかるんだよな。
下手をすると何も知らない状態より訳の分からないことになりかねない。
ここから先は言葉より実践して見せた方がいいだろう。
「彼らはこう構えていただろう」
顎をカバーするように両手でガードの構えをした。
「はい、そうですね」
「この状態を崩すために相手が攻撃してきたのを弾く」
左手を前に出してゆっくりと払い除ける動作をしてみせた。
動き自体は2戦目の対戦者たちが使っていた防御法そのものだ。
その動作の終わったところで手を止める。
「この瞬間は顎の左側がガラ空きだぞ」
腕を伸ばしてしまっているからな。
払われた拳で追撃はしづらいが、反対の手が残っている。
正確に打ち抜く技術を持っているなら当たってしまう恐れがある訳だ。
「あ……」
ツバイクが目を丸くした。
言いたいことに気付いたようだ。
が、俺はそのまま説明を続けるつもりである。
説明はまだ終わってはいないからな。
「今度は、この左拳が相手のものだとしよう」
そう言いつつ自分に向けて左の拳で打ち付けにいく。
体勢的に無理があるのでスピードも重さもないがね。
とはいえ説明のためなので、どちらも必要ないのだけど。
ガードに当たる寸前に右手をわずかに押し出すようにする。
派手に動かしはしない。
パンチの軌道がわずかに逸らせられれば充分なのだ。
重いパンチなら被弾するかもしれんがな。
武王大祭で、それだけのパンチを使うのは一か八かの状況だけだろう。
流血してしまえば反則負けになってしまうのだからな。
さすがに口の中を噛んだり切ったりによる流血は許容されるようだけど。
だとしても歯が折れたりすれば負けてしまう。
この程度の防御でもパンチに押し返されてダメージを受けるなんてことはないはずだ。
「1人で実演すると分かりづらいかもしれんがな」
そう言いながらツバイクを見た。
「いえ、充分に分かります。
こちらの方が明らかに隙が少ないです。
連続して攻撃されても手数で圧倒されることはないでしょう」
そこまで分かるなら上出来だ。
「彼らがうちの面子に酷評されていた理由はもう分かったな」
「ええ、まあ……」
苦笑して応じるツバイク。
「攻撃に偏重してしまっているせいで防御のことが考えられていません」
伝わっているようで伝わっていなかったようだ。
「攻撃に偏るのは構わないんだが」
「えっ?」
「ルールがルールだからな。
手数で勝負する場合、そうなるのはしょうがない」
骨折や流血は御法度なんてルールじゃ加減せざるを得ない。
そういう攻撃は単発ならば、まともに受けても大きなダメージにはならないし。
積み重ねて倒すか、相手を追い込んで場外に押し出すか。
いずれにせよ1発KOはなくなる。
積み重ねるにしても手数で相手に負ければ、自分が先に倒されかねない。
追い込む場合でも、あの2人のスタイルなら手数で圧倒してということになるだろう。
防御を二の次にしてでも攻撃する手数を増やそうと考えるのは仕方のないことだ。
「では……」
ツバイクが困惑している。
「今の試合は攻撃の割合が7前後ってところだよな」
「……それくらいでしたね」
しばし考えた後に同意の返事をした。
「防御は3割だったと言えるか?」
俺の問いかけに目を丸くさせて面食らったようになるツバイク。
「えっと……」
戸惑うような言葉に合わせて目が左右に泳いでいる。
脳内で試合のダイジェストがリプレイされていそうだ。
「まともに防御できていたのは1割くらいだな」
「そうかもしれません」
ツバイクは言われてみればという顔で返事をした。
「残りの2割は無防備状態だ」
顔面にまともに入らなかったのは足を使っていたからだろう。
ただ、回避したとは言えない。
漠然とした狙いのパンチだったからな。
顔は大体この辺りなんて感じで手を出しているんじゃ当たらなくて当然だ。
それに何発も擦ってはいた。
運が悪ければ、それらすべてがまともに入っていたはず。
その場合は倒されはしなくても足に影響していたかもしれない。
「丁寧にガードしていれば、こういうことにはならなかったはずだぞ」
「雑になっていたのがダメってことですね」
「そういうことだ。
偏りがあるから少ない方をおざなりにするのは違うよな」
むしろ割合が減るからこそ丁寧に防御しなければならなかったのだ。
「そうですね……
酷評になるのも仕方ないと思います」
何故かショボーンと落ち込むツバイク。
「落ち込むことはないだろうに」
うちの面子からダメ出しされていたのは試合をしていた若手の選手たちなんだし。
「いえ、あの……
自分もそういうところがあるのではないかと考えてしまって」
戦っている時や訓練している時の自分を振り返ってのショボーンだったようだ。
「そういう反省は帰ってからにしようぜ」
思わず苦笑してしまった。
「じきに次の試合が始まるだろうしな」
今は武王大祭を楽しむ時間だ。
読んでくれてありがとう。




