151 馬より速い
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
「許可できぬ」
南部地域のドワーフ王たちの使者として自分が向かうというハマーの提案は却下された。
「何故です!?」
「深刻な事態であることを知らしめるにはワシが行かねばならぬだろう」
「それは……」
「私もダメでしょうね」
王の親戚でダメなら孫でもダメということになる。
「なんなら俺が送っていこうか」
俺の提案に視線が集まった。
沈黙が場を支配しているがハマーなどは胡乱なものを見る目をしている。
ボルトには視線が合うとサッとそらされたし。
前回、街に行った時のあれこれが影響していそうだ。
のっけから命綱なしでバンジーというかフリーフォールも体験してるからなぁ。
予言の騒動にギルドの試験も常識外れだったか。
ガブローは興味深げにこちらを見ているだけなので見ると聞くでは大違いなんだろう。
「ハルトはここに残って姫さんを待ってくれ」
「おいおい」
半月以上も滞在延長ですか。
「事情はハマーと2人で説明すればええ」
「あのな」
「姫さんの危機を救ったのはお主らじゃ。心配せずとも聞く耳を持ってくれよう」
ガンフォールさんは聞く耳を何処かにお忘れのようですよ、まったく。
「別に月末までに帰ってくればいいのだろう?」
「なんじゃと!?」
「俺なら可能だ」
「無茶を言うなっ!」
ガンフォールが壁に掛けられた南部地域の小国が描き込まれている絵地図を指差して吠えた。
「これは距離など無視した絵なんじゃぞっ」
うん、大幅にデフォルメされてるね。
「知ってるさ。地形も距離も正確に把握した上で言ってる」
【多重思考】と【天眼・遠見】のスキルコンボでサクッと確認済みだ。
「むう」
「俺の車を本気で走らせれば1日で回ってこられる」
「「「「なにいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」」」
目の玉が飛び出さんばかりの勢いで絶叫するドワーフ組。
馬で回って半月以上かかるという話だから無理もないのか。
「まあ、説明とか必要だろうから何日かは必要だろうけどさ」
「無茶苦茶だ」
ハマーがゲンナリした空気をまとって愚痴れば、ボルトが疲れ切った表情でコクコクと頷いていた。
「本当だろうな?」
半信半疑のガンフォールが射貫くような目で問うてくる。
「でなきゃ送っていくとか言わねえよ」
ニヤリと笑ってやると、ハマーとボルトにドン引きされてしまった。
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善は急げということで皆で門の前まで来た。
大山脈の南部地域を巡るのはガンフォールとハマーだけだがな。
ガブローは王の代理でボルトはその補佐として残るように言い渡されている。
ここにいるのは見送りに来たからだ。
「それじゃ移動手段を召喚するぞ」
フィンガースナップで指をパチンと鳴らすと光を放つ魔方陣が形成された。
ただし、これは幻影魔法のフェイクである。
実際は俺の亜空間倉庫から先日作成した車を引っ張り出すだけだ。
何もない場所にいきなり出現させると心臓に悪そうだから演出を入れてみました。
「物騒なものを呼び出すつもりじゃあるまいな」
ハマーの内心はドン引きした時のままらしい。
「何を呼び出すつもりじゃ」
ガンフォールも疑わしげな目を向けながら聞いてきた。
2人とも俺の配慮には気付いていないようでイラッとする。
「ドラゴンとかじゃないから安心しろ」
サクッと出したつもりだったのだが……
「「うひ~」」
とか情けない声が聞こえてきた。
見れば門番がへたり込んでいたが、人選は大丈夫か?
「バカ者が! これしきのことで腰を抜かす奴がおるかっ」
案の定、ハマーに叱られて飛び上がっていた。
とばっちりなので罪悪感はあるが経験を積めたということで勘弁してもらおう。
「御者台もなく車輪が小さくて太いとは珍妙な馬車じゃな。何に引かせるのだ?」
ハッチバック車を見て前半の感想に後半の疑問が出てくるとはね。
「馬車じゃねえって」
「なんじゃと?」
「これ単独で動く自動車という乗り物だ」
「むう」
困惑したまま短く唸って固まるガンフォールさんである。
一方でハマーやボルトは中途半端な車風の馬車を見ているせいか落ち着いていた。
「とりあえず後ろに乗ってみな」
ドアを開けて促してみた。
「わかった」
特に躊躇う様子も見せずにガンフォールが乗り込んでいく。
「おおっ」
掌で確かめるようにして座席に座ったガンフォールは一瞬で破顔し感心した。
「ハマーは反対から乗り込んでくれ」
「うむ」
前回の経験があるためドアを開けて乗り込む動作は自然である。
「シートベルトがないな」
「なんじゃ、それは?」
ガンフォールが疑問符を頭の上に浮かべていた。
「体を固定して大きな揺れや衝撃から身を守るものだ」
「ほう。そんな物が」
「今回は更に安全性を高めたエアバッグパッドという装具になる」
使い方を説明しながらセットさせていく。
「窮屈かと思ったが動けるものだな」
体を捻りながらガンフォールが具合を確かめていた。
「急激な動きの時だけ固定される仕組みだからな」
俺も運転席に乗り込む。
この世界の馬車は左側通行なので日本仕様の右ハンドルは違和感がなくて落ち着く。
エアバッグパッドをセットするとダッシュボードから生えているアーモンドを横向きにした形状の車内用センサーが起動する。
下部の接合軸が少し伸びて左右に首を振るような動作をして瞬きをするようにセンサーが明滅。
無駄に人間くさい動きをするのは自動人形の技術を利用しているからだ。
「な、なんだ!?」
ハマーが驚きの声を発した。
「心配いらん。応答ユニットが休眠状態から目覚めただけだ」
「はあっ?」
「車高を上げろ」
ユニットがセンサーを明滅させて応答し山岳部を走行するのに最適な車高に調整した。
「「うわぁっ」」
いい年したジジイとオッサンが後ろで騒ぐが放置する。
これでコイツが喋ったら腰抜かすかもしれん。
現状はサイレントモードなので各種情報は運転席に座る俺に網膜投影されるだけだが。
[全システムオールグリーン]
視線で[了解]ボタンを選択。
休眠状態でも動作していたセキュリティロックが解除され車がまともに動く状態になった。
[後部座席の2名はゲストでよろしいですか?]
これも[OK]ボタンを選択だ。
もし[CANCEL]を選んだら無登録者として理力魔法で車外へ放り出される。
こんなのは序の口だ。
目的地を指定すれば自動で走らせることもできるしな。
「運転席の窓を全開」
俺の指示で窓ガラスが下がっていく。
後ろの2人はまたしても驚いていたがスルー。
窓が下がりきる前にボルトが寄ってきた。
「仕掛けが多いですね」
「まあな」
俺たちは普通にやり取りしているが周囲は置いてけぼり状態だ。
まあ、構っていられないので自力で復帰してくれ。
「それじゃあブリーズの街に行って戻ってくる」
「そちらが先ですか?」
「俺のことを知ってる連中から根回しする方が手っ取り早い」
「帰りは夕方以降になると思う」
「根回しするんですよね?」
確認するように聞いてくるが既に昼過ぎだからなぁ。
「行って帰ってくるだけじゃ意味がないだろう」
ボルトが一瞬で「自分は乗らなくて良かった」という顔になった。
「そんなに速いのか」
どうにか復帰してきたガブローが興味を向けてくる。
「乗るのは次の機会にな」
「楽しみにしているよ」
何も知らないというのは幸せなことだ。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
ゆっくりと車を発進させると車内外で驚きの声が発された。
外の方は窓を閉めたので途中で聞こえなくなったけど。
「さて、驚いている暇はないぞ」
後部座席の両名に呼びかける。
「エアバッグパッドについてるハンドルを握っときな」
「これか?」
「のようですな」
ガンフォールたちがハンドルを握ったところで徐々に加速を始める。
「しっかり掴まっとけよ!」
返事も待たずに一気に加速すれば未体験ゾーンの始まりだ。
土煙を上げた車はあっという間にガブローたちの元から走り去っていく。
その場に残された一同は、ただただ唖然とするだけであった。
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舗装されていない山道をかっ飛ばしていく。
コーナーを曲がるたびに巻き起こる土煙と悲鳴はワンセットだ。
それとジャンプした時も。
「なんじゃ、なんじゃ、なんじゃ────────っ!」
ガンフォールが混乱に興奮をミックスした状態になっている。
「おまっ、おまおまおまっ、おまぁ───────っ!」
ハマーの方は前にも似たような絶叫をしていたせいで動画で見た古いCMを思い出してしまった。
関西のローカル遊園地がジェットコースターの叫び声を「おま」に限定したイベントなんだけど。
懐かしく感じちゃいたが、それも長く続けば耳栓が欲しくなった。
ジジイとオッサンの悲鳴とか聞きたくないだろ?
馬車ではどうということはない道も何倍ものスピードで走ると別物だからしょうがないんだけど。
「喋ると舌噛むぞ」
一応は忠告しているんだが。
「だだだ誰のせいだとぅおぉ─────っ!」
「おまっ、死ぬ、これっ、死ぬ、死んぬぅ─────っ!」
これが目的地まで続くのか。
勘弁してくれよ。
読んでくれてありがとう。