1492 本気になってもね
先程のように一気に火球が消えたらどんな顔をするだろうか。
そんなことを考えた。
『魔力を消耗していることもあって失神するかもしれん』
それはそれで、こちらがザマアな気分になれるかもと思った。
が、やめておくことにした。
随分と待たされてイライラしてたんだよな。
一瞬で終わらせてしまうなんてストレスの解消にもなりゃしない。
納得するまでやり返さないとな。
面倒だから倍返しとは言わないけど。
まずは右手を前に突き出した。
掌で火球を押し止めるような仕草に見えたのだろう。
[ハッ]
肉塊が鼻で笑った。
俺がビビって火球を腕力で止めようとしているように見えたのだろう。
奴の思惑通りなら俺は黒焦げになる。
故に小馬鹿にしたような笑い方をしたのだ。
内心では『無駄なことを』と思っているに違いない。
が、その態度は一瞬で崩れさる。
肉塊が一斉に飛来した火球は音声を遮断するための結界まで届くことさえなかった。
何もない場所で火球が止められたからなのは言うまでもない。
[そんなバカなことがあるもんですか……]
愕然とした様子で固まる肉塊。
消滅した時ほどのショックを受けなかったか。
それとも、それすら通り越してしまったか。
いずれであるかは不明だ。
が、衝撃を受けているのは間違いない様子だ。
『この程度で、その調子じゃどうなることやら』
今回は停止させただけだというのに。
まあ、反応としては大人しめの部類に入りそうだ。
とはいえ、この程度で動じてもらっちゃ困るんですがね。
せっかく16個もの拳大の球体があるんだから。
こっちは、これを使って遊ばない手はないだろうと思っているんですがね。
なのに手始めとして火球を静止させて様子を見てみたら、この様だ。
だからといって予定を変更するつもりはないけどね。
両手を使ってふすまを開くようなアクションをしてみせた。
すると、火球が左右に8個ずつに分けられる。
[───────────────っ!?]
引っ繰り返らんばかりに仰け反る肉塊。
なかなか愉快な反応だ。
思わず笑い転げそうになったさ。
が、こんなのは序の口である。
まだまだ笑う訳にはいかない。
それよりも、仰け反っている肉塊を見て疑問が湧いてきた。
『後ろに倒れたら自力で立てるのかねえ?』
普通の人間ならできて当然のことが不可能な体型をしているからな。
でなきゃ肉塊呼ばわりはしない。
何にせよ、倒れればアウトだろう。
誰かの手助けなく起き上がることは無理そうだ。
たとえ立てなくても、俺は手助けするつもりはないがね。
幸か不幸か倒れるには至らなかったけれど。
引き続き火球で遊ぶ。
同じサイズの球体が複数そろうとなれば、お手玉などが定番だろう。
数メートル前で動かしているので、お手玉というのもおかしな話なんだけどな。
まあ、それっぽい動きをさせる訳だ。
左右の8個ずつを別々にグルグルと放り上げていく。
それらは重さを持っているかのように動き始めた。
[そんなバカなあああぁぁぁぁぁっ!?]
今度は両手で頭を抱え込んでいた。
もはや俺を鼻で笑っていたときの余裕など微塵も感じられない。
顔を赤くさせたり青くしたりと忙しいものだ。
頭の中は大混乱といったところか。
だが、ここで終わらせるつもりはない。
『まだまだだぜ』
左半分を逆方向に回してみたり。
[────────っ!]
左右の火球をそれぞれ連結させて紐状にしてみたり。
[────────っ!]
そのたびに肉塊が仰け反っていた。
声にならない悲鳴も上げていたな。
ひとつアクションを変えるごとにこれだ。
最初は愉快だったが、だんだん飽きてきた。
まあ、火球の形を変えて文字にした時の反応には受けたけどな。
[魔法のマの字も知らないド素人]
文字に変換した直後こそ驚愕していたが。
次の瞬間には顔を真っ赤に染め上げた上に醜く歪めていた。
[その程度の制御力じゃ魔力量しか自慢にならんぞ]
顔の赤さが更に増した。
ドス黒くなっていくかと思えるほどだ。
[魔力量も大したことないけど]
スマホのテキストに[ギリギリギリギリギリギリギリギリ]と表示されていく。
それが止まらない。
どうやら歯ぎしりしているようだ。
こめかみに血管が浮き出ているしな。
怒り心頭といったところなんだろう。
が、この肉塊の沸点は低すぎるから限界まで怒っているかどうかは判断しづらい。
フルパワーの怪音波を発するくらいにはゲージが堪っているとは思うが。
限界突破状態には至っていないんじゃなかろうか。
まあ、それも次の一言でゲージが振り切れるだろうけどな。
[お前は魔術士でも名乗っておけ]
これは最高に侮辱していると言っていいだろう。
最下級の魔法使いだと決めつけた訳だからな。
自分は魔導師と自負している奴には、かなり応えたはずだ。
[キイイイイイイィィィィィィィィ──────────────ッ!!]
思った通りだ。
肉塊が我慢の限界を超えた。
憤怒の表情というのも生易しい形相になっていた。
オークを怒らせても、この顔にはなるまい。
野獣の中の野獣とでも言うべき荒々しさがあった。
魔物より魔物らしいってどういうことだよとツッコミが入りそうだが。
見れば分かるとしか言い様がない。
見せられないのが残念だ。
いや、見ない方が幸せか。
こんな生々しくもおぞましいものを見せられるというのは不幸以外の何物でもない。
奴の魔法の制御を奪ってやり返した分など一瞬で消し飛んだ。
それどころかマイナスになっている。
最悪の気分にされてしまった。
何事もやりすぎは良くないってことだな。
程々が一番だ。
とはいえ、どうにかトントンぐらいには盛り返したい。
今までのパターンなら、この世からさようならしてもらうところだ。
が、今回ばかりはそうもいかない。
肉塊がこの国の貴族だからだ。
まあ、ハイラントが今回の一件を知れば処分のために動くだろう。
結果は俺の考えているものと、そう差はないかもしれない。
とはいえ、俺が先にそれをしてしまうのは問題がある。
承認を受けた上でなら話は別だが。
生憎とそういう話は出ていない。
帰るときに剣士ランドは同行していなかったからな。
「用事を思い出したから先に帰ってくれないか」
この一言を残してスタスタと行ってしまったのだ。
こっちの返事を聞くつもりもなかったであろうタイミングだった。
用事ってのは見当がついたから引き止めはしなかったけどな。
ウルメが反則したとヒステリックに主張していた神官の件だ。
なかなかフットワークの軽い王様である。
しかしながら、肉塊BBAが動いていることまでは読めなかったようだな。
お陰で俺が矢面に立つことになったけど。
とにかく、こんな状態では今ここで消えてもらう訳にはいかない。
誰が見ているか分からんし。
あとで変な言い掛かりをつけてくる輩が出てこないとは言い切れない。
そのせいでフュン王国との国交にケチがつくのは避けたいところだ。
『あー、ここにハイラントがいればなぁ』
肉塊を潰していいか確認を取るんだが。
無い物ねだりをしても仕方がない。
そんな訳でそれなりに潰すことにする。
え? それなりってどのくらいかって?
今後は相手をしなくていい程度だな。
それの最上級がこの世から消えてもらうことだ。
これは既に却下されている。
その次くらいで山送りかな。
別名、強制スローライフの刑。
今回の場合はどちらも使えない手だ。
言い方は違うが拉致監禁だからな。
行方不明にするという点においては、この世とグッバイさせるのと違いはない。
後々、相応の処罰が与えられるのだとしても今すぐはアウトだろう。
となると、その次に来るくらいのが俺の使えるギリギリの報復手段となりそうだ。
身柄をフュン王国側に確保させた上で向こうの報復をはね除けるというのが条件である。
面倒なのでズルギツネと同じ手を使うかと考えたが……
『そのまんまというのもなぁ』
芸がない。
それに俺の仕業だと表立って言わせない程度には差をつけた方が無難だろう。
読んでくれてありがとう。




