1490 結局、矢面に立つ
肉塊の「まちなさいっ!」は完全に遮断した。
しかしながら、結界に守られているはずの何人かが微妙に顔をしかめている。
テキストを読むだけでもゲンナリしたみたいだ。
怪音波を耳にした時のことを思い出したのだろう。
『それは俺も封じ込めようがないからなぁ』
まともに聞くよりマシなはずだから、多少は我慢してもらうほかない。
ちゃんと防御はできている。
怪音波のせいで体が硬直するなんてことはないからな。
これで足を止められたら奴の言うことを聞いたみたいで業腹じゃないか。
もちろん、皆を待たせるような義理が奴にある訳じゃない。
返事をする面子もいないしな。
当然だ。
絡まれると面倒なのは目に見えているからな。
まあ、無視されて黙っている肉塊ではないのだけれど。
[何をしているのですっ!
あの者たちを捕らえなさいっ!]
衛兵もどきたちに命令を下す肉塊BBA。
今度はボリュームを絞ったようだ。
倒れる怪音波の被害者はいなかった。
それでもビクリと跳ね上がって反応していたけどな。
怪音波の余韻が抜けるまでに数秒。
顔をクシャッと歪めて首を引っ込めていた衛兵もどきどもが動き出す。
動き出しが遅れたことを取り繕うように慌てて駆け寄ってきた。
だが、しかし……
「「「「「──────────っ!?」」」」」
俺たちに肉薄する前に再びビクリと跳ね上がる。
そして、完全に立ち止まってしまった。
訳も分からぬままに震え上がってしまっている。
皆を先に行かせて俺だけが残った結果だ。
この連中につきまとわれる訳にはいかない。
【気力制御】スキルを使って威圧すれば、こんなものだ。
やりすぎるとトラウマになるので控えめにはしたけどね。
上の命令に渋々従っているような感じだったからさ。
本気で来るなら遠慮はしなかったが。
なんにせよ、俺だけ残って殿を務めるという状況。
『どうしてこうなった』
大いに文句を言いたいが、言う相手がいない。
目の前の肉塊に言ったら倍返しどころか乗返しされそうでウンザリだよ。
やたらとしつこいのは、よく分かっている。
ズルギツネに対する短杖での仕打ちを見ているからな。
『さて……』
居残りすると決めた以上は腹をくくろう。
まずは肉塊の目的が問題だ。
目尻を釣り上げてヒステリックになっている時点で、おおよその見当はつくがね。
有り体に言えばウルメに対する報復だ。
それでも見当違いでないという保証はない。
『仕方ない……』
肉塊BBAを鑑定することにした。
背後関係とか、そのあたりも確認しておかないとな。
コイツが黒幕とは限らないんだし。
『……………』
何をしようとしているのかは、すぐに分かった。
黒幕で確定です。
コイツの趣味のせいでウルメが逆恨みされたってところかな。
ウルメの本戦出場決定戦で負けた相手を贔屓にしていたと言えば察しがつくだろうか。
贔屓にしていた相手が負けたから逆恨みってことだな。
本戦に出場した後なら、ここまで派手にやらかそうとはしなかったかもしれないが。
対戦相手はこの騒動については関与していない。
支援は受けていたみたいだけどな。
肉塊の正体はパトロンでしたっていうのがゲンナリさせられる。
本人より熱を入れているのが尚更ね。
『対戦相手は負けたことを逆恨みするようなことはなかったというのに……』
物言いをつけた神官もコイツの息がかかっていたようだ。
ギャーギャー喚く訳である。
意味不明な言い掛かりをつけると思ったら、こういうことだったとは。
通るはずのない主張だということを理解できないのかと訝しんだものだが。
要は時間稼ぎだった訳だ。
肉塊がスタンバイさせていた衛兵もどきを駆り出すためのな。
コイツは最初から贔屓の選手が本戦出場できなければ相手を闇討ちする気だった訳だ。
この出口付近で人気がなかったのも、この連中の仕業だろう。
『なんだかなぁ……』
そこまで入れ揚げるほどの相手だろうか。
相手には悪いが、特に目立つような容姿ではなかった。
だからといってデブ専やブス専が好むようなタイプでもない。
ガチムチな感じでもない。
武術家と冒険者の二刀流でやっているみたいだけどな。
素人なら、その話を聞くと一般人じゃなかったのかと驚くような立ち姿であった。
ウルメは相手の実力を見抜いていたようではあるが。
何にせよ見た目はフツメンと言っていいだろう。
正直、どこに肉塊が食いついたのか分からん。
あえて言うなら二刀流の部分か。
とはいえ、特筆するほどの強さでもなかった。
並みの冒険者なら軽く子供扱いはできるようだが。
ベテラン相手だと余裕で勝てるとまではいかないレベル。
だからこそ武王大祭で己の力を試そうとしたようだ。
そのあたりはウルメと似たような動機と言えるかもな。
力試しをしようというくらいだから、当人は己の実力を弁えている。
負けても素直に納得していたしな。
己の実力を理解しているが故と言えるだろう。
肉塊BBAはその真逆。
過剰な期待をして武王大祭で本戦出場確実と思い込んでいた。
だからこそ予選敗退した時に八つ当たりする私兵を用意していたって訳だ。
肉塊にもっと影響力があれば、ゴリ押しでウルメを敗退させていたものと思われる。
それができないからこその八つ当たりなんだろう。
実に迷惑な話だ。
このことを与り知らぬ対戦相手からすれば迷惑どころの話ではあるまい。
下手をすれば自分にも火の粉が降りかかるかもしれないのだ。
そもそも肉塊に支援されることを有り難迷惑に感じていたらしいし。
生きていくのに必要な金があればいいというタイプみたいだしな。
ならば断ればいいと考えるのは短絡がすぎる。
たかがお祭りの試合で負けたことを逆恨みしてウルメに報復しようとしているからね。
下手に断ると矛先が自分に向きかねないと思ってそうだ。
でなければ素直に支援を受けたりはしないだろう。
実際、そういうことが過去にあったようだ。
故に対戦相手も断らずに放置していた。
大人しく支援を受けていれば余計な口出しをしないパトロンだったそうだし。
少なくとも当人にはね。
今回のようなケースでは裏であれこれ動くのだけれど。
そこまでは噂として広まっていないようだ。
貴族の身分を利用して上手く揉み消していた訳だ。
さすがはズルギツネの親玉ってところか。
そういう部分が見えていないから、対戦相手も肉塊が飽きるのをただ待っていたようだ。
執着している間は粘着質なのに、飽きると放り出されるらしい。
なかなか酷な話である。
身ぐるみを剥がされたりはしないそうだが。
無責任にも程がある。
そういう素行の悪さを知っていたからこそ、対戦相手は耐えるように待ち続けて訳だ。
『自然災害みたいな感覚だったのかもなぁ』
そんなことを考えている間にも肉塊はキーキーと喚き続けていた。
表示されたテキストは【速読】スキルの助けを借りて読み流したさ。
罵詈雑言の類が延々と続いている。
そんな中でも自らの罪を正当化するように喋っているのが笑えた。
まあ、自白してくれてありがとうってところかな。
録画しておいて後で皆にも見てもらうとしよう。
「ん?」
何やら短杖をこちらに向けて唱え始めた。
どうやら魔法を使うらしい。
燃えさかる炎のなんたらとかテキスト表示されたから何事かと思ったさ。
他にも荒れ狂う心のままにとか。
熱いほとばしりを云々とか。
聞いてて背中がむず痒くなりそうな恥ずかしい言葉が続いていた。
要は火魔法を使いたいのだろう。
魔力の高まりからすると個人に向けるには過剰な威力になりそうだ。
周囲への影響を考慮しているとは思えない。
『いくら試合会場が石造りとはいえなぁ……』
配慮のハの字もあったものではない。
まあ、肉塊は自分のことしか考えていないとは思うが。
とにかく、散々待たされてようやく魔法が放たれた。
術式を読み解く前から分かっていた通り、火魔法の火球である。
まともに相手をするのも面倒なので発射直後に消してあげましたよ。
術式に干渉して一部を書き換えるだけの簡単なお仕事です。
読んでくれてありがとう。




