1489 出てきたのは……
『ちょっと威圧して黙らせるか』
そんな風に考えていたのだが。
「お」
業を煮やしたのだろう。
悪趣味な馬車から肉塊BBAが降りてきた。
養豚場で丸々と太らせた豚にドレスを着せカツラを被せたのかと思わせる容姿。
もしくは筋肉よりも贅肉多めのオークにカツラを(以下略)。
まさに肉塊である。
『あー、更に面倒くさいのが出てきたぞ』
風魔法で音声を減衰させる結界を構築しておく。
「何をしているのですっ!」
キーンと耳に響きそうな怪音波が発せられた。
それだけで衛兵もどきが何人かパタパタと倒れてしまう。
『うわー』
怪音波、恐るべし。
予測していたのにもかかわらず、こちら側までダメージが入りそうだ。
うちの面々も嫌そうに顔をしかめていた。
不快ってだけで充分にダメージだ。
慌てて結界の減衰率を上げたさ。
面倒どころではない厄介なのが出てきたものである。
衛兵もどきたちも震え上がっていた。
あのヒステリックな叫びは序の口なのかもしれない。
とりあえずは様子見をして対応しよう。
そう思ったのだが、こちらのことは無視された。
「ん、どゆこと?」
真っ先に向かったのはズルギツネの方だ。
「手際の悪さを叱責するつもりじゃないかな」
ミズキが俺の疑問に答えた。
「ああ、なるほど」
その答え通りの結果となった。
肉塊BBAがズルギツネを罵倒し始めたのだ。
聞くに堪えない言葉の羅列だったので結界を用いて完全に音声を遮断した。
半減させてもキンキンと耳に響くからな。
その不快さは磨りガラスに爪を立てて引っ掻くのに等しい。
何を言ってるのか聞き取れなくなったが、仕方あるまい。
代わりにスマホ側へ文字変換して送られるようにしておく。
【速読】スキルを使って読み流せば充分だった。
肉塊の言ってることは同じことの繰り返しだしな。
罵倒するだけではなく手にした短杖でビシバシと打ち据えているが知ったことではない。
ズルギツネは許しを請うているようだが、肉塊の手は止まらなかった。
短杖を振るうたびに全身の肉がブルンブルンと打ち震えている。
思わず太りすぎた力士を連想してしまった。
もちろん、このBBAが格闘家であるはずもない。
短杖を持っていることからも、それは明らか。
『コイツ、魔法使いか』
本来であれば魔法を使うための補助具である短杖を物理攻撃に使っているのが微妙だが。
容赦なく短杖を振るう姿は、とても魔法使いには見えない。
俺の構築した結界に気付いた素振りも見せないし。
さしずめSMの女王様といったところか。
『………………………………………』
嫌なものを想像してしまった。
目の前の肉塊がボンデージファッションに身を包んでいる姿だ。
考えるだけでも恐ろしい。
なんてものを想像してしまったのかと少し公開した。
いや、後悔した。
脳内での文字変換をミスるほど動揺するとは……
俺の想像したものを外部に公開するのは危険極まりない。
破壊力満点なことだけは確かだ。
あんなものを強制的に見せられてみろ。
メンタルの弱い奴なら夢に出てきかねないぞ。
しかも悪夢レベルの凶悪さで。
間違いなくトラウマものだ。
お仕置きモードのルディア様とは別の意味で恐怖を感じる。
『それにしても止まらんな』
短杖を右に左に振るう肉塊BBA。
誰も止めようとしない。
そんな真似をすれば巻き添えになるだけだからだろう。
あの興奮しきった肉塊が怒りをコントロールできるとも思えないし。
それができるなら数発ほど殴ったところで終えているはずだ。
むしろ苛烈さを増しているようにすら思えるくらいである。
しばらく続くと思った方が良いだろう。
誰も口出しさえしないのは、それを熟知しているからだと思われる。
本来であれば被害を被っているズルギツネは哀れまれてもおかしくはない。
というより、それが普通であろう。
だが、同情的な視線を送る奴は1人もいなかった。
肉塊に恐れをなしている一面もないとは言わない。
が、それ以上にズルギツネが嫌われていることの方が理由としては大きそうだ。
日頃の行いが透けて見えた結果だと言えるだろう。
とはいえ、俺たちには関係のない話だ。
「他の出口から帰ろうか」
皆に提案した。
無理に押し通ろうとすると揉め事に巻き込まれるのは目に見えている。
相手は何処かの国の貴族のようだし。
下手をすれば戦争もののトラブルが確定してしまいかねない。
面倒事は回避すべきだろう。
引き返して他の出口から出た方が後々のことを考えれば無難だしな。
包囲されたとはいえ、それは完全なものではない。
背後の通路までは塞がれてはいないってのは大きいさ。
『大人数で行動してて良かった』
そのお陰で、半数近い面子は通路に残っていたからな。
大人数で行動していたのが幸いした。
「「「だね」」」
元日本人組が声に出して同意する。
他の面々も頷いていた。
そんな訳で出てきた通路の方へ逆戻りだ。
クルリと踵を返して戻り始めたところで……
肉塊がズルギツネを打ち据える手を止めて俺たちを呼び止めた。
[まちなさいっ!]
スマホにテキストが表示された。
その瞬間、衛兵もどきが何人かパタパタと倒れていく。
先程のダメージから立ち直った連中も再び倒れていた。
どうやら例の怪音波がフルパワーで発せられたらしい。
改めて思うが恐ろしい破壊力である。
恐るべし怪音波。
肉塊BBAが魔法を使うより効果が高いのではないだろうか。
それが通用しない例外もいたがね。
意外なことにズルギツネだ。
怪音波のダメージが入っているようには見えない。
平然としていられるはずはないのだが。
肉塊にビシバシ打ち据えられてグロッキーだからね。
無防備に怪音波の攻撃を受けているのは間違いない。
にもかかわらず、その点に関してだけは平気そうに見える。
『こいつ真性のM野郎か?』
話題にするだけならトモさんが喜びそうだけど。
リアルで見せられるのは勘弁してほしい。
そう思って軽く関連しそうな部分だけ抽出されるよう鑑定してみた。
『………………………………………』
真性のMではなかった。
レアなスキル持ちだったけどな。
上級スキルの【音響耐性】である。
しかも、熟練度がベテランレベルに達しているとくれば平気なのは当たり前か。
ズルギツネが衛兵もどきの中で偉そうにしていられる理由はこれだろう。
どんなに肉塊がキーキー喚いても話を聞いていられるのだからな。
あと叩き甲斐がある雰囲気を常に漂わせているのも理由の一端かもしれない。
イラッとする胡散臭さがどうしても抜けないのだ。
信用ならないというか。
そのくせ強者に媚びへつらうのが上手いという。
味方からも信用されないけど、使い勝手の良さから使われているようなタイプである。
アニメなんかで、たまに見かける腰巾着キャラだな。
こういう輩は油断がならない。
とにかく卑怯な手段を使うことを厭わないからな。
今は短杖で打ち据えられてまともに動けないような状態だけどさ。
あとで妙な真似をされても困るから先手を打っておくか。
あくどいことを考えたり恨みを抱いたりすると全身に痛みを与える術式を刻み込む。
痛みの度合いは考えたり恨んだりしたことに比例すればいい。
こういう輩は根っからの悪党だから改心することはないだろう。
痛みに慣れることができないようにもしておいた。
もちろん、治癒魔法やポーションの類も効かないようにしてある。
それどころか逆効果になるように術式を記述した。
これでズルギツネは使い物にならないだろう。
肉塊はコイツを顎で扱き使っているようだから、それなりに動きを封じられるはず。
自ら動くようになるなら、その時はその時だ。
俺たちに害をなそうというなら潰すまで。
ちなみに今の怪音波攻撃による俺たちの被害はゼロだ。
今度は誰も不快な思いをしないよう結界は維持したままだからな。
怪音波なキンキン声など好き好んで聞きたくはない。
これだけでも悪夢にうなされそうだし。
読んでくれてありがとう。




