1487 追い詰められた結果
結局、ウルメの対戦相手は敗北した。
目論見は決して間違っていなかったのだが。
懐に深く潜り込むまでは上手くいっていたからな。
あとはウルメに組み付いて押し出すだけという状況でも焦りや油断は見られなかった。
力負けするような体格でもない。
ウルメが典型的なドワーフの筋肉ダルマであることを加味してもだ。
押し負けない自信があるからこその、ゆっくり押し出し作戦である。
制限時間内に押し切れない恐れもあったがね。
そこはライン際に追い込んだという点が考慮されるはずだ。
故に押し出す時もゆっくりで構わない。
大事なのは油断して体を入れ替わられることがないようにすることだけ。
勝負を急げば、それまでウルメが見せてきた試合と同じパターンになる。
対戦相手はそれを肝に銘じているように見えた。
まるで本戦で戦っているかのような気迫の乗り具合だったからな。
故に油断はなかったはずだ。
いや、試合が終わってから考えてみると実はあったのかもしれない。
ほんのわずかな綻びで気付きにくかっただけで。
さあ、掴みかかろうという瞬間のことである。
先に動いたのはウルメであった。
対戦相手が見せた唯一の隙を見逃さぬとばかりに。
観客たちからすれば、何処にそんな隙があるのかと思ったことだろう。
が、確かにそれは存在した。
それは勝負をかけるという対戦相手の意気込みだ。
勝利を確信した訳ではない。
むしろ、ここが正念場であり勝負所であった。
だからこそ瞬時に気迫が高まったのだろう。
一瞬ではあったが、明確に攻撃の意志を見せてしまった。
フェイントも何もない。
今から攻撃するぞと。
それを敏感に察知したウルメが素早く姿勢を低くした。
対戦相手にとっては意表を突かれた行動だったはずだ。
瞬時には反応できていなかった。
左右の動きにばかり注意していたせいもあるのだろう。
あらゆることに注意を払うのは無理があるからな。
神経をすり減らすような作業をずっと続けていたのだ。
短時間でも精神は疲弊する。
疲労感を表情に出さぬように我慢していたのかもしれないが。
見えなくても分かる。
気を緩める瞬間がなければ蓄積していくものだからな。
精神的なものとはいえ、疲労が蓄積すれば集中力を乱してしまう。
何処かで出てしまう瞬間があっても不思議ではない訳だ。
それが、勝負所という分かりやすい場面で出してしまったのは対戦相手のミスである。
下に潜り込まれたことに気付いた時には手遅れであった。
力の入らない状態で腕を取られ引き込まれていく。
が、組み付くのとも少し違った。
踵が浮いていた方の足を蹴り飛ばされたのだ。
「なっ!?」
押し出そうとしていたのが裏目に出た格好だ。
グラリとバランスが崩れた。
横に流れるように倒れ込んでいってしまう。
対戦相手にそれを止める術はなかった。
踏ん張ろうにも片脚が浮いている。
しかも動きが速い。
その中で地面が正面に見える瞬間があったはずだ。
それほどの急激な変化。
周囲のものがすべて流れるように見えてしまっていたはずだ。
こうなっては藻掻くことさえかなわない。
それでも対応できる者もいるかもしれないが、対戦相手はそうではなかった。
完全に浮かされている。
あとは倒れ込むのを待つだけ。
できることは何もないという諦観をその表情に滲ませていた。
それでも完全に諦めているようには見えなかったけどな。
場外のラインをどちらが先に割り込むかに掛けていたのだろう。
運を天に任せるような心境だったと思われる。
ライン際まで追い込んだことは無駄ではないと。
体が急激に横に流れてはいるが、このまま先に倒れるのはウルメの方だ。
ならば自分の勝ちは揺るがないと対戦相手の目は語っていた。
だが、それは──
『甘いな』
そう言わざるを得なかった。
そして、俺が内心で呟いた言葉が伝わったかのように対戦相手が驚愕する。
場外ラインが倒れ込む方向にはなかったのだ。
さぞかし混乱したことだろう。
自分は確かに追い詰めたはずだと。
確かにギリギリまで追い込んではいた。
それは間違いない。
だが、そこでラインの確認を意識から切り離したのがいけなかった。
言い換えるならウルメにだけ意識を向けるよう切り替えてしまったのだ。
結果として周囲のことが見えなくなってしまった。
集中を深めているが故に起こり得たことである。
『せめて背後の状況だけでも確認できていればな』
だが、それは無理な注文というもの。
追い込みながら接近するだけでも細心の注意を払ってようやくだったのだ。
メンタルのスタミナがガス欠を起こしかけた状態ではね。
真正面にウルメの姿を捉えたまま周囲にも気を配るのはは至難の業だったはず。
そして、投げに入る瞬間に足を蹴り飛ばして軸を思いっ切り変えた。
これが決定打となったのは言うまでもない。
その前のずらしがなければ多少は場外ラインを背後に残す形になったかもしれんがな。
そうなってしまうことを消すためにウルメは動いた訳だ。
『まったく、ウルメは抜け目のない奴だな』
そういうのを見逃さずに仕込みをしていたんだから。
何のことはない。
相手が歩みを止めた以降は、すり足で近づくのに合わせて自分も近づいていたのだ。
しかも徐々に軸をずらしつつな。
こういう部分はビルとの特訓が生きている。
ビルが口を酸っぱくさせて言っていたからな。
「自分が何処にいるのかは常に把握しろ!」
とか。
「武王大祭の場外は断崖絶壁だと思え!」
なんて大袈裟なことも言っていた。
少しでもラインのことを失念してしまえば──
「崖を背負っているつもりで!」
すぐに叱責が飛んでいた。
だからこそ今がある。
対戦相手の想定を狂わせる程度には彼我の位置関係をずらせたのだから。
このまま倒れ込めば、ウルメは場外にはならない可能性が高い。
横に振り回されている対戦相手は確実に出てしまうだろう。
それを理解した相手は驚愕と後悔を表情に噴出させた。
ギリギリではある。
が、負ける確率は一気に跳ね上がった。
良くて五分五分。
そう思ったのかもしれない。
だとするなら読みが浅いというものだ。
『ウルメの技がそこで終わると思うなよ』
予選の試合はこれで終わる。
本戦で同じ戦い方は徹底マークされるだろう。
だから、ここで少し見せたとしてもそうは変わらない。
むしろ幅のあることを見せることで相手に迷いを生じさせようという意図が透けていた。
でなきゃ教えた技をここで使ったりはしないだろう。
対戦相手は投げられるがままで気付いていなかった。
ウルメの膝が己の懐に入り込んでいるのを。
「しっ!」
短く気合いを発すると同時にウルメは縮めていた膝を蹴り上げた。
打撃を入れるための蹴りではない。
弾き飛ばすための蹴りだ。
骨がまともに折れたりはしないだろう。
「うわあ─────っ!!」
もつれ込む形だった2人が急激に引き剥がされたことで対戦相手が悲鳴を上げる。
対戦相手がくの字に折れ曲がった状態でフワリと浮いた。
「「「「「おおーっ!」」」」」
周囲がどよめくのも無理はない。
近年まれに見るような派手な技になってしまったからな。
対戦相手の体が弧を描きながら場外へと落ちていく。
ドサッ
「ぐえっ」
滞空時間がさほど長くはなかったのでダメージは大きくないだろう。
しかも……
ゴロゴロゴロ──────
投げ飛ばされた勢いのまま転がって行ってしまった。
これなら投げの威力も転がりの方へ分散されるだろう。
変則の巴投げと言えるだろうか。
「な、なんだぁ!?」
「スゲえっ!」
「どうなってる!?」
「分っかんねーよっ」
観客には刺激が強かったようだ。
中にはこれのインパクトが強すぎて、今までの情報が抜け落ちる者も出てくるだろう。
本戦に出てくる対戦相手はさすがにそんなことはないと思うが。
「2人して倒れ込んだと思ったら上の方が跳ね上がったぞ」
「暴れ馬かよっ」
「転がってるし」
「訳わかんねえな」
「でも、面白かった」
「ぐえってなってゴロゴロだもんな」
「言えてるぅ」
あちこちで笑いが起きている。
誰もウルメの技のキレを理解している者はいなかった。
読んでくれてありがとう。




