15 初戦闘は海でタイマンなんだけど
改訂版バージョン2です。
海水浴を楽しんでいたら大物まっしぐらな状況になった。
見た目は全長十数メートルと胴長のトカゲ。
シルエット的には東洋龍に近いんだけど角も髭もない。
でも、【諸法の理】によれば歴とした海竜である。
翼竜とも呼ばれるワイバーンも同様の位置づけらしい。
普通に考えるとハードモードなんだが今の俺には可哀相な犠牲者でしかない。
所詮は最下級の亜竜である。
『ん? コイツ、海竜としてはデカいのか』
見た目も格付け的にも残念なので、これくらいの箔は欲しいところ……
『おっと』
理力魔法を制御し体を捻ってバックステップで横方向へスライド移動。
『ふむ、陸上と同じ感覚で回避できるか』
すぐ目の前を血走った目で大口を開いた海竜が通り過ぎていった。
考え事をしている間に距離を詰められていた訳だ。
『思ったより速く動けるようだな』
そして奴の通過に伴い周囲の海水が暴風のように荒れ狂う。
巻き込まれれば揉みくちゃにされていたことは想像に難くない。
そういう状況を利用することに慣れているのだろう。
海竜が追い打ちとばかりに襲いかかってきた。
『当たるわけないだろ、バーカ』
念話で挑発しつつ今度は理力魔法だけで下降して回避。
『真下は死角か』
頭上を通過していった奴は少し離れた所で動きを止めるとキョロキョロし始めた。
完全に俺を見失ったようだ。
収穫ありだが、挑発がきいていないのは問題だろう。
本能丸出しの野獣状態ではあるものの激高はしていない。
見失った獲物を探すのに必死なだけだ。
『亜竜じゃ、こんなもんか』
【天眼・鑑定】でステータス情報を奴の頭部に貼り付けるような形で透過表示させた。
拡張現実ってやつだが、途端にゲームっぽくなる。
が、便利そうだ。
『さーて、どんなものかな』
表示された情報を確認していくが──
『知能も獣並みなのかぁ……』
ある意味、予想通りな残念脳筋だった。
それは未だに俺を見つけられない間抜けさが証明している。
『こんなのに詳細情報はいらんな』
拡張現実の表示を簡略化してみた。
説明分はカット。
状態はアイコン表示。
そしてHPとMPを数値からバー表示に変更した。
『MP低っ!』
竜としては破格なほど少ない。
HPの8分の1あるか無いかだ。
なのに黄色いMPバーが右側から徐々に赤く塗り替えられていく。
拡張現実のアイコン表示は[魔法・身体強化]となっていた。
減り具合からすると索敵中にもかかわらず全力全開モードのようだ。
『同格や格上を相手にすれば持久戦にもなるだろうに』
そういった経験がないのは明白だった。
俺に対しても今までと同じだと思っているのだろう。
獲物サイズだし殺気も放っていないからな。
『殺気か……』
本当の意味での戦いを経験していない俺にとっては未知のものだ。
怒りの感情なしにコントロールできるものなのだろうか。
それすら分からない。
だが、今後は必要になるだろう。
『試してみるか』
自分の身は自分で守らねばならない世界だからな。
余裕のある相手で実験しておくべきだろう。
『こっちだ海トカゲ』
意を決して殺意を向けながら念話を送ってみる。
次の瞬間、ビクリと海竜が動きを止めた。
グルリと首を巡らせるようにして下を向く。
「!」
海竜が俺を発見して威嚇するように大口を開いた。
そして突進してくる。
今度は奴の鼻っ面に手をついて宙返りで背後に回った。
『若干、苛立ってるか』
俺の殺気を受けてというよりは獲物を捕らえきれない己に向けたもののようだ。
『まあ、殺気は出せているようだな』
相手をビビらせるほどのものではないのが要修行といったところか。
向こうはお構いなしで突っ込んでくるけどな。
突進、突進、また突進。
俺はそれを闘牛士のようにギリギリでいなしつつ回避していく。
聞いた話では、あの牛は頭が良くて相当な駆け引きがあるという。
それを期待したのだが……
『爪すら使わんのか』
呆れるくらいに単調だ。
猪突猛進な突進がネックとなって待ち時間まである始末。
しかも工夫も学習もしない。
ただただ突進を繰り返すばかり。
興ざめである。
それでもしばらくは躱すだけに専念した。
【回避】や【格闘】スキルの熟練度を上げるためだ。
その甲斐あって【回避】の熟練度はMAXになった。
後は仕留めにかかるだけなんだが、せっかくの大物だ。
『もう少し練習相手になってもらおうか』
回避はカンストしたが、殺気は一度試しただけだ。
できれば自在にコントロールできるようになりたい。
実は先程のあれで上級スキルの【殺気】を取得したのだ。
熟練度が低いままで放置はしたくない。
先程はビビらなかったし練習相手には最適だろう。
『そうと決まれば、さっそく練習だ』
海竜に突進攻撃をさせながら、すれ違い様に軽く殺気を放つ。
スキルを得たお陰でやりやすくなった気がする。
そのまま数回の突進を受けたが大きな変化は見られなかった。
が、徐々に様子が変わり突進前に間が空くようになってきた。
スタミナ切れではない。
魔力も残り少なくなってきたが、まだ5分の1は残っている。
『躊躇するようになったのか?』
俺の殺気を浴びて違和感を感じているようだ。
やはり瞬間的なものでは明確には感じ取れないのだろうか。
試しに継続的に殺気を発してみる。
ピタリと海竜が動きを止めた。
泡を食っているようにも見える。
『全力じゃなくても亜竜をビビらせられるか』
どうやら警戒すべき相手と認識されたようだ。
海竜が俺の隙をうかがうように体を揺らしている。
ボクシングでフットワークを使って相手を翻弄しようとしているかのようだ。
『急に慎重になりやがって』
さっきまでブルファイター丸出しだったとは思えない転身ぶりだ。
『今度はそっちが闘牛士になったつもりか?』
などと考えていると、向こうが先に動いた。
大口を開けて海水を吸い込んでいる。
『ブレスか?』
【諸法の理】によると竜が己の魔力を纏わせた属性つきの攻撃になるようだ。
これが半端じゃなくヤバいらしい。
威力の高い魔法攻撃のようなものだとか。
これに対抗するには最低でも【詠唱短縮】や【高速詠唱】を極める必要がある。
あるいは上級スキルの【無詠唱】か。
でないと、咄嗟に魔法で相殺したり障壁を張ったりできないからだ。
威力や持続性の面で対抗できるかは別問題だけれど。
が、亜竜にそんな高度な攻撃は使えない。
こいつにできるのは溜め込んだ海水を一気に吐き出すくらいのものだろう。
『本当に撃ってきた』
第一印象は「ショボい」の一言に尽きた。
これだけ離れていると、奴が通過したときの乱水流の方が威力がある。
言うまでもなく理力魔法で遮断している俺には通じない。
俺が平然としているのを見たにもかかわらず、海竜はブレスもどきを繰り返す。
連発しても意味はないのだが。
『何がしたいんだか……』
挑発しているようには見えない。
というより余裕が感じられないのだ。
『ん?』
ふと、拡張現実で状態を確認してみたら[恐慌]アイコンが出ていた。
『ビビって威嚇してただけか』
さっさと逃げればいいものを。
まあ、逃がしはしないが。
【諸法の理】によれば肉は鶏肉に近いらしい。
しかも骨や肝は薬の材料になるというし。
皮も使い道は色々とあるみたいだ。
『俺を捕食対象にした不幸を呪うんだな』
悪意だろうが食欲だろうが敵対したからには容赦はしない。
こっちじゃ弱肉強食で当たり前。
『慰謝料的なものを支払えるなら見逃しもしたんだが』
理知的な相手なら話し合いの余地もあるとは思うが、コイツに知能はない。
仮にあったとして支払い能力があるとも思えないが。
そんな訳で躊躇う理由はない。
一度は死にかけた身だから命を奪うという行為に対する覚悟もしてきた。
『それじゃあ終わりだ』
ダッシュで瞬時に距離を詰め、首の付け根に回し蹴りを叩き込んだ。
ゴキッという確かな手応えが伝わってきた。
あらぬ方向に首が折れ曲がる。
海竜のHPゲージは緑のバーを赤いバーが一気に侵食していった。
そして赤のみのバーになる。
海竜の命の火は消えた。
『これが初戦闘ねぇ……』
あっけない幕切れだった。
とりあえず海竜だったモノは倉庫行きだ。
解体は後回しにしてステータスを確認してみるが、こちらは収穫なしだ。
レベルアップしなかったしな。
『スキルで収穫があったから良しとするか』
【回避】はカンストしたし。
【格闘】と【殺気】は両方とも熟練度80オーバーである。
今回の戦闘だけで素人が達人の領域まで達するのもどうかとは思うが。
スキルの種は本当に仕事をしてくれる。
『どうせなら【格闘】と【殺気】もカンストさせるか』
スキルポイントを使ってMAXにする。
そうした方がいいような気がしたのだ。
なんとなくだけどね。
読んでくれてありがとう。




