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1485 ツバイクの見込みは……

「まさか、力比べで押し出そうというのですか?」


 軽く驚きを露わにした表情で聞いてくるツバイクである。


「あんな無防備では殴られ放題だと思うのですが」


 返答を聞く前から自分で結論を出してしまっている。

 それもどうかとは思うのだが。


 ただ、ツバイクは素手での格闘戦には詳しくない。

 武器を使った戦いは分かるようだけど。


 まあ、言いたいことは分からなくもないけどな。

 自分ならそうするという発想だろうから。

 単なる思いつきとも言うが……


 故にウルメが対戦する相手の思考を深読みはしていないだろう。

 相手はウルメを観察してこの結論に達したはず。

 おそらくだが、何かしら確信を持っているものと思われる。


 となると……


「今までの試合でウルメは自分から手を出さなかったからな」


 まずは、そのあたりを確かめようという意図がありそうだ。


「それは高をくくりすぎではないでしょうか」


 ウルメを舐めていると言いたげに不満を表情に出している。


「今回も手を出さないと思い込んでいるとは言ってない」


「と、言いますと?」


「半分は誘いだ」


「誘いですか……」


 ツバイクが少し考え込む素振りを見せる。

 考えるほどに困惑の色を深くするだけだったけどな。


「そうする理由は何です?」


 ギブアップして聞いてきた。


「ウルメは徹底して待ちのスタイルを貫いているだろう」


「そうですね」


「そこに攻略の鍵があるのではと考えているんだろうな」


「と言いますと?」


「もしもウルメが自ら攻撃することを苦手にしていたらどうだ?」


「そういう事実はありませんが……」


 ツバイクの返事は的外れなものだった。

 聞いたことに答えていない。


 だが、ウルメをよく知っているだけに無理からぬところはあるか。


「もしもの話だ。

 それに対戦相手はウルメのことを知らんだろう」


 念を押すように言うと──


「ああ、そうでした」


 ツバイクもウッカリしていたと少しだけ顔をしかめた。


 まあ、自分の見落としだもんな。

 ちょっとしたミス程度のことなので、すぐに切り替えていたけど。


「では、そのことを確認するためにあのような真似を?」


「半分な」


「なるほど……」


 ツバイクは考え込むようにしながらも頷いた。


「ウルメが手を出してくるようなことがあれば決して苦手にしている訳ではないと」


「そうだな」


「それで誘いですか」


 ふむ、と声を漏らし少し俯くようにして考え込むツバイク。

 さほど待つこともなく顔を上げてきた。


「とはいえ誘いに乗ってこなかった時はどう判断するかですよね」


「そこは大した問題にならんよ」


「えっ!?」


 意外なことを聞いたと目を丸くするツバイク。


「どういうことでしょうか?」


 困惑と疑問をない交ぜにした顔で聞いてきた。


「あの対戦相手が、あのスタイルに慣れているからだ」


「へっ?」


 間の抜けた声を出すツバイク。

 次の瞬間には、どうしてそんなことが断言できるのかと言いたげな顔をした。


 特に根拠もなく言っていると思われたらしい。

 もちろん、そんな訳はない。


「何の躊躇もなくあの構えになったのを見ていたか?」


 俺はそう問いかけた。


「っ!?」


 ツバイクが声を詰まらせる。

 そんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったのだろう。


 だが、言われてみればと首を傾げた。

 考えることしばし。


「確かに不自然な感じはなかったですね」


 ツバイクはすぐに頷いて答えた。


「それに見ろよ、アイツを」


 対戦相手を見るように促した。

 今もジリジリとにじり寄っている。

 直線で最短距離を行くのではなくランダムかと思わせるようなジグザグ軌道でだ。


「やたらと時間をかけていますね」


 ツバイクの言う通りだった。

 俺たちの話している間に詰めた距離はようやく剣の間合いに踏み込んだばかりだ。

 拳を届かせるには更に接近しなければならない。


「もっとこう、ズバッと踏み込んだ方が」


 焦れったそうに手元をワキワキさせながら言っている。


「警戒しているから、そうしないんだよ」


「え? そうなんですか?」


「ウルメが方針変更してみろ。

 まともに勢いよく飛び込むなど自殺行為に等しいだろう」


 カウンターを入れてくださいと言ってるようなものである。


「うぐっ」


「今まではそうじゃなかったとしても今後は不明なんだからな」


 少なくとも対戦相手はウルメの方針を知りようがないのだし。

 だから対応するように動こうとするのだ。


「対戦相手の動きをよく見ろ。

 ただ単にウルメへ近寄ろうとしているだけか?」


 ツバイクが再び対戦相手へと顔を向けた。


「……………」


 今度はパッと見で発言することはない。

 ジッと見つめて注意深く観察していた。


「前に出るより横への動きの方が大きいです。

 右に左に不規則な感じですね。

 何か法則性があるようには見えませんが……」


「本当にそうか?」


「え?」


「もう少し全体を見渡す感じで視野を広く取ってみるといい」


「………………………………………」


 眉間に皺を寄せて観察を続けるツバイクだが、何かを見出せそうな様子は見られない。


「相手が動くことによって位置関係が変わっているはずだがな」


「あ……」


 呟くような小さな声を漏らすツバイク。


「ウルメの立ち位置が下がっています」


 呆然とした面持ちで告げてきた。


「いつの間に……」


「相手と正対するために軸を移動させるだろう」


 その時だと種明かしをする。

 相手が踏み込むのに合わせてウルメも退いていたのだ。


 見ている者たちに気付かれないようジワジワとな。

 間合いを詰めているように見られるように。


 彼我の距離を見極め、場外ラインの位置をも正確に把握するのがポイントだ。

 素人にできることではない。

 武術指南だというウルメの祖父を補佐するだけはあるといったところか。


「なんと……」


 ツバイクの目と口が開きっぱなしだ。

 ウルメの技術の高度さが理解できた証だろう。


「では、あの相手は意図してライン際に追い込んでいるのですね」


「本人はそのつもりだろうな」


 ただし、本当にできているかは半信半疑のようだ。

 ウルメに近寄れば近寄るほど表情が険しくなっているのが見て取れる。

 誘い込まれているのではないかと疑心暗鬼に陥っていることも考えられる訳だ。


「心理戦になっていると?」


 ツバイクも気付いたようだ。


「そう思うなら、対戦相手の動きを更によく見てみな」


「あ、はい」


 再び観察を始めるツバイク。


「あれは……」


 自信なさげに眉根を寄せる。


「上半身でフェイントをかけているのでしょうか?」


 確信が持てずに聞いてくるぐらい小さな動きだ。

 離れた場所からでは少し分かりづらいから仕方ないんだけどな。


「正解だ」


 そう告げると、ツバイクはホッと一息ついた。

 が、すぐに表情を引き締める。


「どうしてなんでしょう?

 もっと大胆な動きを入れた方が手早く追い込めるというのに」


 ツバイクの言葉に溜め息が出そうになった。

 代わりにガックリと肩が落ちる。

 それを見たツバイクが慌て始めた。


「えっ? ええっ? 何か変なことを言いましたか?」


 完全に狼狽えている。


「今までのウルメの試合で何を見ていたんだ?」


「ふへっ?」


 奇妙な声を出して驚くツバイク。

 動揺しているせいで記憶を反芻することもままならないようだ。


「対戦相手は無駄な動きをすることで負けていただろう」


 致命的な隙を作った者。

 消耗して動きを鈍らせた者。

 パターンはそれぞれ違えども結果は同じだ。


「っ!」


 指摘すれば、さすがに惚けたようになっていたツバイクも気付いたようだ。


「では、最小限の動きでウルメを追い込んでいると……」


 ジリジリと右に左にと動きながら距離を詰める対戦相手。


「ああやって左右に逃さぬよう、ゆっくりと追い込んでいる訳だ」


「はい」


 今度こそ理解したと、険しい表情で頷くツバイク。

 ようやく対戦相手が油断ならない相手だと認識したらしい。


「地味なように見えますが、どう転ぶか分かりませんね」


 ツバイクが緊張感のある視線をウルメたちに向けながら呟いていた。


読んでくれてありがとう。

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