1480 何故か講義をすることに
ウルメが危なげなく勝った。
見る者によって印象は異なってくるだろうけどな。
他の観客の様子を見ていると……
「あのドワーフ、運が良かったな」
「まったくだ」
「自分からまるで手を出してなかったのに勝っちまったよ」
「最後なんて笑っちゃうよな」
「そうそう、一方的に攻撃してた奴がバランス崩して場外って何の冗談なんだ」
「アイツって岩石割りとか言われてる冒険者だろ?」
「何だ、その恥ずかしい二つ名は?」
「奴の拳で割れない岩はないんだってよ」
「おお、それな。
聞いたことあるある」
「ベアボアの頭蓋を叩き割ったこともあるそうだぜ」
「マジかよ。
当たってたらドワーフの兄ちゃん危なかったな」
「いや、それはできねえだろ。
骨折させたら反則負けなんだし」
「あー、そうだった」
「何にせよ運良く勝てただけじゃ、次は負けるだろ」
「「「「「だな」」」」」
一般客だとこんな認識だ。
一方で予選の試合待ちで待機していた選手の反応は様々だった。
多いのが失笑するパターン。
鼻で笑って嘲るような目をウルメに向ける奴。
苦笑するような感じで対戦相手に同情的な視線を向ける者。
何を考えているかは各人で様々だとは思うが、概ねこんな感じだった。
次いで困惑の視線を向けている者たち。
この面々は試合結果をキツネにつままれたような表情で見ていた。
何がどうしてこうなったのかと言わんばかりの顔をしている。
対戦相手の勝利を確信していたのだろう。
もしかすると、顔見知りなのかもな。
何にせよ対戦相手が訳も分からぬままに負けてしまったことに愕然としているようだ。
『素人の観客だけでなく出場者の目も欺くか』
それだけウルメが上手く回避を続けたということになる。
思い返してみると、あの泥臭い回避は酔拳に似ている気がするな。
通常回避もそんな雰囲気があったし。
ただ、何人かの目は誤魔化せなかったようだ。
ジッとウルメの方だけを見続ける者がいた。
疑わしいといった主張の感じられる視線で舐め回すように見ている。
そんなことをしてもウルメが自分から実力を暴露するような真似はしないけどな。
対戦相手が強ければ話は別だが。
本戦出場までにそういう相手と当たるかどうかは何とも言えないところだ。
徐々に記念参加組が減っていくから可能性はある。
ガチ勢が残っていくから当然なんだけれど。
その中でも実力差の開きは大きいようなので、こうだと断言はできない。
今のところ、ウルメが対戦したのは2人とも弱い方のガチ勢だ。
ここで言う強い弱いは武王大祭においてのみでの話である。
最初のタックル野郎も決して弱かった訳じゃない。
今回の岩石割りとかいう恥ずかしい二つ名の冒険者もな。
武王大祭のルールが緩くなれば、本戦出場してもおかしくないだけの実力はあると思う。
あるいはウルメに伝授した戦い方を先に知っていれば違った未来があったかもしれない。
組み合わせはクジ運だからしょうがない。
それも実力のうちだ。
「なかなか本気にはなってもらえないものだな」
剣士ランドが、ぼやくように言った。
「実力のある証だ」
「この目で見ないことにはな」
このオッサンはウルメの実力に対して半信半疑なようである。
「本気を出さずに勝つのは対戦相手との実力差があるからこそだぞ」
「むぅ……」
指摘を受けて反論できずにランドは唸り声を上げた。
尻すぼみになってしまったのは反論の言葉を見つけられそうにないからだろう。
それでもランドは──
「そうは言ってもなぁ……」
唇を尖らせて不満を口にしようとする。
その後の言葉が続かないんだけど。
「うちの国では、能ある鷹は爪を隠すと言って褒めるくらいだがな」
先手を打つことで文句を封じにかかる。
納得するか感心するかしてくれればと思ったのだ。
が、話は思わぬ方へと流れていく結果となった。
「何です、それ?」
黙って話を聞いていたツバイクが介入してきた。
「そうだな」
ランドも同意して興味深げな視線を投げかけてくる。
「ノーアルコールは妻を隠す?」
「そうじゃない」
ガックリと肩を落としましたよ。
ランドが意味不明の聞き間違いをしているんだから。
「面白い聞き間違いをしたものだね」
トモさんがニコニコしながら参戦してきた。
「本当は、ノーアウトでバッターは詰めを託すじゃなかったっけ?」
御機嫌でボケをかましてくる。
「なにか違うような気がするんですが」
ツバイクは苦笑している。
気がするんじゃなくて、違うことを確信しているようだ。
もちろん日本の諺なんてミズホ国民でないツバイクに分かるはずもないのだが。
「おや、違ったかな」
楽しげな笑みを浮かべつつも、とぼけ続けるトモさん。
明らかにボケのスイッチが入ってしまっている。
「能ある鷹は爪を隠す、だ」
淡々と答えを明らかにする。
ここでノリに付き合うと際限なくなるだろうしな。
身内だけなら付き合っても良かったんだけど。
「そうそう、それですよ」
すかさずツバイクが合いの手を入れてきた。
トモさんのノリに付き合っていられないと本能的に逃げたようである。
「どういう意味なんですか?」
聞いてくるトーンが強い。
何処がどうとは言い切れないのだが。
強いて言うなら押しが強い、だろうか。
「鷹は爪を見せてこれ見よがしに威嚇したりはしない賢い生き物であるという言葉だ」
実際はどうなのかまでは知らない。
そういう故事から転じた言葉だったはずだ。
セールマールの世界のことをわざわざ調べようとは思わない。
こっちで意味が伝わればいいのだ。
「そういうものなのですか?」
ツバイクが首を捻りながら聞いてくる。
「そういう話は聞いたことがないな」
ランドも同じように首を捻っていた。
「事実かどうかじゃないんだよ」
「「え?」」
2人が困惑する。
「我が国に伝わる言葉だ。
だから昔の人が勝手な想像で言っていたことも考えられるしな」
我が国と昔の人に直接の繋がりがないのがミソだ。
ここで言う我が国はもちろんミズホ国のことである。
それに対して昔の人はセールマールの世界の住人をさす。
誤解を招くまぎらわしい言い方だがウソはない。
こうしておかないと面倒な説明までしないといけなくなってしまうからな。
元より面倒以前の問題だ。
そんなつもりは毛頭ない。
信じてもらえるとは思えないしな。
カーターとかなら信じてくれそうな気もするが。
付き合いの浅いツバイクやハイラントでは無理だろう。
下手に話すと逆に信用を失いかねない。
「あー、故事成語というやつですか」
得心がいったというようにツバイクが頷きながら言った。
「なんだ、知ってるんじゃないか」
細かな説明が必要かと思っていたが、省略できそうだ。
そのことに内心で安堵する。
ただし【千両役者】スキルで涼しい顔をしておいたけどな。
これは、いつものことだけど。
「この言葉がそうだとは思いませんでしたよ」
ツバイクにとっては初めて聞く言葉だからな。
故に気付かなかったとしても無理はない。
ランドをチラ見するが、そういうものかという顔をしていた。
話を続けても大丈夫そうだ。
「じゃあ、説明の続きな」
2人が頷いた。
「鷹はこれ見よがしに威嚇しないと言ったな」
「はい」
「ああ」
それぞれから返事があった。
「獲物に単に飛んでいるだけだと思わせて油断させる訳だな。
そして、素早く距離を詰めて獲物を捕らえるために爪を出す訳だ」
「ほおー」
「はあ、なるほど」
ランドもツバイクも感心することしきりだ。
なおも期待感のこもった目を向けてくるのは説明の途中だからだろう。
「このことから本当にできる者は己の能力をひけらかさない、という意味の言葉となった」
「「おおーっ」」
何故か2人から拍手をもらってしまった。
盛大な感じじゃなくて小さくパチパチパチと。
『なんだかなぁ』
ウルメの試合を観戦していたはずなのに、いつの間にか講義の時間になっていた。
これも自業自得なのかね。
俺としては、ちょっとモヤッとするんだけど。
読んでくれてありがとう。




