1477 忘れ物があるような無いような……
ニャタロウにラーメンもどきの改良すべき点を聞いてみた。
「いくつかあるっすよ」
フンスと鼻息まで出てくるところを見ると、相当に自信があるようだ。
その上ひとつではないとくれば否が応でも期待感は高まるというものである。
「ほう、ますます興味深いな」
「まずは出し汁ですね」
真っ先に指摘するのがそれとは予想外だ。
単品で飲食した場合に、最も癖がないのが出し汁だったからな。
際だったものはないとはいえ大幅な弱点を抱えている訳ではない。
「調整しだいでもっと味に深みが出ると思うんですよ」
まあ、ニャタロウの指摘は大いに納得のいくものであったけどね。
確かに少し軽めの味だ。
味が薄いって訳じゃないんだが。
それでも改良の余地があるのは事実である。
「なるほどな」
俺は頷きながら同意した。
「それから麺は調理しない方がいいような気がします」
続いての指摘は実にもっともな意見であった。
「というと塩焼きそばもどきではなく生麺にすべきってことか」
もどきではなく本物のラーメンを食べたことがある者なら誰もがそう思ったはずだ。
「はい、スープのからみが良くなると思います」
炒めてしまったせいでスープを弾く感じになっているのは事実だ。
「そうかもな」
ラーメンもどきを最ももどきにしてしまっている要因と言えるだろう。
「あとは煮込み料理なんですけど」
改良点はまだあるようだ。
「そっちも手を加えるべきか」
返事を聞くまでもない話だが、ニャタロウが話しやすくなるだろうからな。
「具材の調整とか味付けの変更をした方が美味しくなるんじゃないかと」
「よりラーメンらしくなる、か」
今のままだと、ちゃんぽんのようでそうでないような微妙さがあるんだよな。
具材の味付けが濃すぎるし。
汁気がなければ、餡かけ焼きそばのような雰囲気もある。
お陰でイメージが安定しないんだよな。
故に俺の中ではラーメンもどきなんだが。
「はい、大まかに言うとこんな感じかと」
ニャタロウが返事をして締め括った。
俺の考えも似たような具合だ。
「まあ、そんなものだろ。
細かい部分は好みの問題になってくるだろうしな」
「ですね」
ニャタロウも同意した。
「「「「「……………」」」」」
耳をそばだてるようにして聞いていた行列に並んでいる面々は何やら満足げだ。
良いことを聞いたという顔をしているように見受けられる。
大したことを話していたつもりはなかったのだけれど。
ラーメンもどきをすぐに食べられないから損をした気になっていたんだろうな。
追加情報を得られたことで優越感に浸っているようだ。
情報を得ても、どうにもできないと思うのだが。
祭りの最中にラーメンもどきを改良するなんて普通はできないからな。
ここに並んでいるのは一般客だし。
屋台の店主たちなら少しは話も変わってくるだろうけど。
それにしたって生麺に変更する以外は味の調整に時間がかかるし。
まあ、当人たちが納得しているなら問題あるまい。
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その後、黒猫3兄弟たちの並んだ屋台の料理も無事にゲットできた。
味の方は並ぶだけはあると思う。
量が少なめだったり、やや割高だったりはしたけどな。
「さぁて、そろそろ予選を見に行くか」
もう1人の俺からもたらされた情報によれば、そろそろウルメの試合である。
見逃す訳にもいかないだろう。
「「「「「おおーっ」」」」」
周囲に邪魔にならない程度の声で返事をするミズホ組。
それでも目立ってたけどな。
「ノリがいいですねえ」
ツバイクがしみじみした感じで言ってきた。
「うちはいつもこんな感じだがな」
「ちょっと、うらやましくもあります」
自分が同じことをするのは難しいと嘆くようにツバイクは言った。
「難しいだろうなぁ……」
このノリはミズホ国だから許容されるのだ。
西方の国々だと王族と臣下の者たちが馴れ馴れしくするのは示しがつかないだろうし。
特に対外的な場にいる時はね。
舐められると何かの交渉があった場合などにおいて影響するもんな。
ミズホ国はそんなの気にしないけど。
近隣に敵国や中立国はないからね。
あったとしても無視するだけだ。
実力行使で何かしてくるなら、それに応じた対応をするだけである。
幸いにして飛び地であるジェダイトシティなどは隣国が友好国である。
隣国であるゲールウエザー王国では、こういうものだと思われているしな。
エーベネラント王国なども同様だ。
まあ、この場にガンフォールがいれば渋い顔をする可能性はあるけれど。
ゲールウエザー王国の元王女であったエリスやクリスなどは気にもしていない。
文化的な違いというよりは本人たちの性格によるものだろう。
うちの国民になったばかりの頃のマリアはややついて行けない感じだったし。
エリスやクリスと姉妹になったという状況にテンパっていただけかもしれないが。
まあ、婚姻が絡まないのに王族が身内になるなんて普通はないからな。
絡んだとしても高位の貴族ぐらいなんだろうけど。
「気軽に遊びに来ればいいとも言えないしな」
俺たちなら、そういうことも気軽にできるけど。
向こうはジェダイトシティに来るだけでも命がけだ。
時間もかかるしな。
「それは仕方ありませんよ」
ツバイクが苦笑する。
が、すぐに違和感を感じたような引っ掛かりのある表情をした。
「どうした? 何か気になるか?」
「ええ、なにか忘れ物をしたような気がするのですが」
「忘れ物?」
荷物を置いたりはしていないので、そういうことはないはずなんだが。
「ええ」
頷くツバイクの表情は困惑気味である。
自分でも、こうと断言できないのだろう。
「ですが明確にこれとは言えないのです」
どうしても思い出せないらしい。
そのことに、モヤモヤしたものを感じているのはツバイクの顔を見れば分かる。
「荷物を置き忘れたとかではないと思うがな」
「そうですか……」
浮かない表情で返事をするツバイク。
もっとハッキリ言った方が良かったかもしれないな。
ただ、俺もなにか引っ掛かりを感じていたのはツバイクと同じなのだ。
なにか忘れてはいけない大事なことのように思えるのだが。
「とりあえず予選会場へ行こう」
ここで立ち止まって考え続けても思い出せるとは限らないしな。
それに思い出せてもウルメの試合を見逃したりしたのでは勿体ない。
「ウルメの試合が終わってから戻ってきて考えてもいいんじゃないか?」
「そうですね」
ツバイクもあっさり同意した。
やはり予選とはいえ同胞の試合を見そびれる訳にはいかないという思いがあるのだろう。
俺たちは、忘れ物への意識はあまり残さずに場を離れることにした。
「ウルメはどんな戦い方をするでしょうか?」
俺に予想を聞いてくるツバイク。
その表情には期待感がてんこ盛り状態だった。
そちらを見なくても気配で上機嫌なのが分かるほどだ。
「対戦相手しだいだろう」
「やはり、そうですよねえ」
俺が返事をするとツバイクのテンションが少し下がった。
昨日の試合内容を思い出したのだろう。
それなりに時間をかけてはいたものの、実質的には楽勝だったからな。
今日もその可能性が高いと踏んでいるものと思われる。
「必ずしも楽勝コース決定な試合になるとは限らんぞ」
「そうなんですか?」
目をパチクリさせてツバイクが聞いてきた。
俺の言葉はかなり予想外だったようだ。
「本戦出場レベルの相手に当たるかどうかだな」
とは言ったものの、その確率は低いと言わざるを得ない。
2日目もお祭り感覚で出ている奴がまだまだ残っているからな。
クジ運が良くないと当たりは引けないだろう。
まあ、他の参加者からするとハズレクジなんだろうけど。
何しろ本戦へ出られる可能性か大幅に減ってしまう訳だしな。
ドドドドドドドドドドドドドドドッ!
背後から騒々しい音が聞こえてきた。
「何だ?」
「何でしょうね?」
振り返れば謎はすぐに氷解した。
「ワシを置いていくなぁーっ!」
剣士ランドに扮したハイラントが必死の形相で迫ってきた。
「そういや忘れていたな」
「忘れ物じゃなかったんですね」
皆で苦笑いしてしまったさ。
誰も思い出さなかったし。
まあ、ランドは笑い事では済ませられないだろうけどさ。
読んでくれてありがとう。




