149 頭痛の種はひとつじゃない
改訂版です。
「ずいぶんと御無沙汰じゃな」
数ヶ月ぶりに会ったら挨拶代わりに嫌みを言われましたよ。
ガンフォールがお冠なのも分からんではないけどな。
前回ブリーズの街からの帰還時には顔を見せないまま国に帰ったし。
「お姫様に顔を合わせたくなかったんでな」
察してくれと視線を送りながら言うと深い溜め息をつかれた。
「ハルトは本当に面倒ごとを嫌うのう」
「俺の好きな言葉は自由!」
「いきなり、そんなことを聞かされても返事に困るのじゃが」
「束縛しようとする奴がいるなら本気になることも辞さないっ」
「むう」
ガンフォールが短く唸った後はしばし沈黙が続いた。
俺の拒絶感が空気をピリつかせているせいか真正面から受け止めたガンフォールと睨み合う格好になってしまった。
それはわずかな時間であったけれども余人が居合わせていれば何時間にも感じたことだろう。
やがてガンフォールが嘆息を漏らして肩の力を抜いた。
「ハルトに本気を出すと言われると冷や汗が出るわい」
人を化け物のように言うなっての。
「なるたけ、そうならんで欲しいところじゃ」
そう言いながら、この世界にしては珍しい高級紙を渡された。
「これは封筒か」
裏返すと封蝋がしてある。
シーリングスタンプのマークは……
「雷を背にした獅子、ゲールウェザーの国旗と同じデザインだな」
ここまでのものを用意するからには単なる礼状であるはずがない。
「姫さんが直々に持ってきたものだ」
「これって招待状だろう?」
「うむ。そう聞いておる」
「勘弁してくれよぉ」
王族が直々に持参するとか考えられないんですけど?
いや、あの天然お姫様ならあり得るか。
「お主が姿を見せぬから向こうも痺れを切らしたのじゃろうて」
「まるで足繁く通ったかのような口ぶりだな」
「月に1回は来ておったぞ。ここまで来るのに1週間ほどかかるというのにな」
これはもう通い詰めていると言っても過言ではあるまい。
暇人なのか熱の入れ様が尋常でないのか。
「来月に入ったらすぐにまた来るじゃろう」
「うへえ~」
招待状を受け取った以上はスルーできないものの、面倒事が待ち受けている気がしてならない。
クリスティーナ嬢が純粋に礼をしたいだけなのは分かるが周囲の人間も同じタイプだという保証はないからなぁ。
出る杭を打とうとしてくるか利用しようと暗躍するか。
もしも大学時代と相続の時に大揉めした連中と同類だったら、それくらいは普通にしてくるだろう。
「王族とは思えないくらい暇人だな」
「割と自由な身のようじゃな。視察に行くしか仕事がないと言っておった」
熱の入れ様はさほどでもないのか。
だとすると変なオプションの出てくる恐れは少ないかも?
「本人としては周囲のことを考えてこの頻度らしい」
「どっちなんだよ」
減らしているのか増やしているのか、いずれかで意味が変わってくる。
前者なら節約が目的だろうか。
浪費は良くないが持っている者が適度に金を使わんと経済は回らんぞ。
あるいは護衛連中の負担を考えているとか?
遠距離出張が大変なので辞めさせていただきますなんてこともあるのかね。
あの連中はやたらと忠誠心が高そうだから考えにくいんだが。
暗殺未遂の一件で増員されたのかもしれないな。
後者については最初に危惧したことが現実化しそうなので考えたくない。
フラグなんて無闇に立てるもんじゃないのだよ。
「で、どうするんじゃ。ハルトなら断るという選択肢もあるとは思うがの」
「悩ましいところだな」
「ほう、即決するかと思うたんじゃがの」
「ふざけた相手ならな」
「あの姫さんは真逆じゃから迷う余地ありか」
「わざわざ自分から敵を作るのは非合理的だろ」
「道理じゃな」
「友好的な相手なら最低でも中立にするのが戦略として正しいんだよ」
「大袈裟じゃのう」
「大袈裟なものか。長い目で見れば非友好的な奴は必ず損をすると決まってるからな」
「そんなものかの」
「ゲームの理論で証明されているくらいだ」
「なんじゃ、それは?」
「学問のひとつだよ。囚人のジレンマ、は聞いたことないだろうな」
セールマールの常識がルベルスに根付いているはずはない。
「難しそうな話になりそうじゃな」
そういうのは好かぬとガンフォールは顔面で語っている。
「はしょって言うなら敵を作ってでも利を追求するか否かを選択した結果についての話かな」
「世知辛いことを考える学問もあったものじゃのう」
「まあ、合理的に考えて無駄を省こうという趣旨だからなぁ」
「そういうことか」
敬遠気味だったガンフォールの態度が軟化する。
「で、その考え方をした場合に正しい選択というのは招待を受けることではないのか」
「その通りなんだが現実は複雑だし感情を無視するのはストレスがたまるだろ」
だからこそ日本人だった頃の俺は必要最低限の接触に止めて他では中立を貫いてきた。
ぼっちで居続けるなら敵対的な奴との接触も最低限に抑えられるからね。
今の方針は脱ぼっちだから同じ発想のままにはできない。
「パスしたいけど行くことにする」
「ほう。どういう風の吹き回しじゃ」
「断ったら煩い奴が出しゃばってきて余計にややこしいことになりそうだ」
「なるほどのう」
「ところで折り入って話があるんだがな」
「ふむ。こちらも相談したいことがあるんじゃが」
「こっちは技術交流をしようという提案だ」
「何じゃと!?」
素っ頓狂な声で目を丸くしているガンフォール。
「それで、そっちの用件は?」
「実は食料の買い付け量を増やしたいのだ」
「なんだ、その程度の話か」
「話は最後まで聞け。尋常な量でなくなるかもしれんのじゃ」
「どういうこと?」
「実は飢饉が起きるやもしれぬのだ」
「何!?」
まさか歪みの影響がこんなところにも出ているのか。
「雪解け水の具合がいつもと違うのじゃ」
「少ないんだな?」
「分かるか。さすがじゃな」
「で、そこから飢饉を予測するってことは過去にも似たような事例があったんだな?」
「うむ。若い者たちは知らぬほど前のことじゃ」
経験則が根拠というなら、ほぼ間違いあるまい。
「ちょっと待ってろ」
俺は目を閉じて考える振りをしながら脳内電話を使った。
『ハルトか』
ルディア様は相変わらず素っ気ない。
本人はこれで愛想良くしているつもりみたいだけど。
『御無沙汰しております』
『歪みの一件ではすまなかったな』
『いえ、我々には報酬に等しい利もありましたし』
『そう言ってもらえると助かる』
『それよりもお聞きしたいことがあります』
『どうした?』
『ドワーフから聞いたのですが、今年は飢饉が起こるのでしょうか』
『なに!?』
ベリルママの代理であるルディア様が驚くとは。
もしかして気付いてなかった?
あるいはガンフォールの勘違いも考えられるのか。
『……そのままで少し待て』
とは言われたものの、さほど待つこともなかった。
『ハルトよ、すまぬ』
開口一番で謝罪されるとは嫌な予感しかしない。
『すべての歪みを集めたつもりだったが、集めきれていなかったようだ』
やっぱり……
『規模は限定的だが飢饉が起きるのは間違いない』
『そうですか』
『後は一部のダンジョンが深くなったくらいか』
『暴走するだけじゃなかったんですね』
『うむ。ハルトの問い合わせがなければ気付かなかったかもしれん』
『ダンジョンの方の影響は大きくなりそうですか』
『対処が少し難しくなるが、人の手に余るレベルではない』
今まで通りと侮るなら痛い目を見るぐらいの差かな。
ならば今は飢饉の方を何とかするべきだろう。
『問題は我々が手出しすると歪みがまた発生しそうなことだ』
『では俺たちなら、どうですか?』
『それならば大丈夫だ』
そんな訳で被害範囲や規模などを確認した。
干ばつによる被害がゲールウエザー王国の中部地域に出るらしい。
とはいえ惑星レーヌで2番目の大国だからなぁ。
日本の何倍も広いので対処しないと深刻な被害が周辺諸国まで及ぶだろう。
人口密度が違うから億単位での被害者は出ないだろうけど。
シャーリーやアーキンは大いに苦労することになりそうだ。
ゴードンやケニー、それに受付嬢のお姉さんも。
何の関わりもない国ならドライにスルーもできるんだが……
親しい知り合いもいる国の危機となると見過ごせないよな。
王族に関わるのが面倒とか言っている場合じゃない。
『わかりました。なんとかしてみます』
そうは言ったものの、管理神代理の亜神から得た情報とか言っても信じてもらえそうにない。
これは一応の実績がある賢者の予言で誤魔化すしかなさそうだ。
証言者が必要ならゴードンがいるし。
いや、ハマーとボルトでも大丈夫か。
干ばつの対策は非常用水源の確保と干ばつに強い作物を育てることだな。
水源は地下水脈を調べて井戸を増やして確保することになるか。
作物はトマト、カボチャ、スイカ、サツマイモあたりが干ばつに強いんだっけ。
『頼んだぞ』
脳内電話での通話を終えた俺は深く息を吐き出した。
さあ、大仕事が待ってるぞ。
読んでくれてありがとう。