1476 種明かしと評判
結論から言うと、黒猫3兄弟への差し入れは喜ばれた。
食べる前からだったので単純に味だけで歓迎された訳ではないだろう。
待ち時間の長さに退屈していたのもあると思う。
もちろん腹が減っていたこともね。
「旨えーっす」
食べれば更にって感じだったな。
ニャスケがとろけた顔になっていた。
「まさかラーメンが食べられるとは最高ぉっすよ!」
感動しながらズルズルと麺を啜って完食していた。
「旨えーっす」
別の行列に並んでいたニャンゾウも長兄ニャスケと同じ顔で麺を啜ったさ。
「こんな場所でラーメンとは感動的ぃ~」
もちろん完食である。
まあ、量も少ないからな。
「旨えーっす」
同じくニャタロウも。
「このラーメンっぽいのは何処の屋台で売られてたんすか?」
「こいつはここにある屋台では売ってないぞ」
「えっ、でも……」
困惑の表情で自分が完食したカップに視線を落とすニャタロウ。
「それは別々のものを売っている屋台のメニュー3品を合体させたものだ」
「なんとっ!?」
ガビーンという顔をしてニャスケはフリーズした。
一瞬だけだがな。
「まさか3店舗のコラボレーションとはっ」
何故か涙を流さんばかりに感動している。
「いや、店主同士が協力している訳じゃないぞ」
「へっ?」
事情を知らないせいか、ニャタロウは間の抜けた感じで軽く驚くのが精一杯であった。
表情を「どういうこと?」で固めてしまっている。
「メリーとリリーが、こうすると美味しくなるって教えてくれたんだ」
「「えへへ……」」
ヘニョヘニョになりながら照れている。
野郎がやると気持ち悪いんだけどな。
女の子だと可愛いので和んでしまう。
「これ、マジで旨くて感謝感激っすよ」
ニャタロウは感心しながら、そんな感想を漏らした。
「「えへ~」」
ますますヘニョヘニョになる双子ちゃんたち。
「でも、よく気付いたっすね。
これだけ完成度が高いと普通は組み合わせる気にならないと思うんですけど」
ニャタロウが疑問を口にした。
途端に皆が微妙な表情になる。
ニャタロウが根本的に勘違いしていたからだ。
ミックスする前の素材もさぞや旨いのだろうと。
まあ、そう考えてしまうのも無理はない。
ベースとなる3品を別々に味わっていないからな。
「えっ? ええっ!?」
訳が分からず混乱するニャタロウ。
「バラバラで食べてみるといいニャ」
ミーニャが煮物をニャタロウが手にしたカップに入れた。
『用意がいいな』
こうなることを読んでいたかのようだ。
「じゃ、じゃあ、遠慮なく」
戸惑いながらも促されるまま煮物を口の中に流し込むニャタロウ。
「うっ」
一瞬で顔に皺が寄ってしまう。
「はい、水ニャ」
口直しとばかりにミーニャが水を注ぐと一気に飲み干したさ。
「なんですか、これ。
すんごく味が濃いですよ。
まるで濃縮されたスープの素みたいじゃないですか」
「次はこれなの」
ルーシーが塩焼きそばもどきをカップに入れる。
ニャタロウも今度は慎重に口の中へ運んだ。
が、そんなことをしたからといって味が変わる訳ではない。
「むー」
ドヨーンとした空気を漂わせ「勘弁してください」を顔全体で表現していた。
「味気ないー」
泣きそうな顔である。
微かな塩味がするかどうかだからな。
「そんでもって、これがラストだよ」
出し汁をカップに注ぐシェリー。
恐る恐る飲むニャタロウ。
飲み干すと、ちょっとだけホッとした表情になった。
「極端な味ではないですね」
そこに安堵したんだろうな。
「何の特色もない出し汁になってしまってますけど」
「こんな具合だから皆で持て余していたんだよ」
「ふえ~っ、そりゃ知らなかったっす」
黒猫3兄弟は行列に並んだままだったからな。
俺たちが何かしているのは把握していたようだけどね。
それでも会話の内容やしていることの詳細までは把握していなかった訳だ。
「「これで口直しだよぉ」」
ハッピーとチーがラーメンもどきをセットしていく。
それをニャタロウのカップに入れた。
「おおっ、恩に着るぜ」
「「どういたしまして」」
2人に礼を言ったニャタロウがラーメンもどきを、一気にかき込んだ。
「やっぱ、旨えーっすよ。
ラーメンはこうじゃなくっちゃ」
「いや、ラーメンじゃないからな」
ニャタロウにツッコミを入れた。
「たまたま、それっぽいものになっただけだから」
だが、俺のツッコミは遅きに失した。
周囲から聞こえてきたのだ。
「おい、ラーメンだってよ」
「ラーメン?」
「何だ、そりゃ?」
「よく分からないけど、凄く美味しいらしいわよ」
「ほう、そんなにか?
昨日はまったく話題にならなかったのにな」
「そうだな、ラーメンなんて初耳だぜ」
「俺も聞いたことないな」
「私もないわよ」
「それで、そのラーメンとやらは、どの屋台で売ってるんだ?」
「売ってないぞ」
「どういうことだよ?」
「別々の屋台の料理を組み合わせたものがラーメンとかいうのに近い料理になるらしい」
「へえ、それは思いつかなかったな」
「何処の屋台の料理を組み合わせたら、そのラーメンとかになるんだ?」
こんな具合にやたらとラーメンという名前が噂されて広まっている。
もはや止めようがない。
魔法で記憶を改ざんなんてしたくないしな。
「あっちで行列ができかけているぞ」
「おいおい、どれも微妙な味の屋台じゃねえか」
「混ぜると旨くなるんだってよ」
「ホントかよぉ……」
半信半疑ではありながら行列に並ぶ面々が見ている。
やがて自分たちでラーメンもどきを作り出す面々が現れ始めた。
分量を試行錯誤しているが、そのうち歓声が上がり始めた。
「スゲー、ホントに旨えよ!」
仲間らしき者たちに囲まれた若者が叫んだ。
この男が半ば生け贄的に1人でラーメンもどきを食べることになったみたいだな。
ニャスケが旨い旨いと言った言葉を下手なステマのように疑っていたのだろう。
が、若者ががっつくように食べ始めると仲間たちも慌て始める。
「おっ、おいっ、俺たちも!」
「おおっ、そうだな!」
一斉にラーメンもどきを準備し始めた。
それを見た周囲もざわめき始める。
「どうやらマジらしい」
「どうする? 俺らも試してみるか?」
「そうだな」
「やろうぜ」
こんな具合にラーメンもどきが徐々に広まっていった。
そしてあちこちで評判になっていく。
「これがラーメンかっ!」
「こんなの初めてーっ」
「このラーメンとかいうの、マジ旨だな」
「どうやったら、あれがこんなに旨くなるんだ?」
「知らん!
だが、旨いのは事実だ」
評判が評判を呼ぶというのをリアルタイムで見られるとは思わなかったさ。
「神の味だ」
中には、いくらなんでも言い過ぎな者もいた。
そこまでの味じゃないのは先に食べた俺たちが知っている。
まだ改良の余地はあると思ったしな。
だから、ミズホ組の皆で苦笑していたさ。
え? それならニャタロウたちが絶賛しすぎだって?
行列待ちでお預けをくらってたからな。
他の客たちが先に食べているのを見ているしかない状況での差し入れだ。
味覚に補正が入っても仕方あるまい。
現に周囲が騒ぎ始めてからはテンションが低くなっている。
「いやー、自分が褒めたせいで大変なことになっちまいやした」
喋っている口調まで変なことになっているし。
「そのうち治まるだろうさ」
「そうだといいんですけど。
俺、褒めすぎたかもしれませんねえ」
「そうなのか?」
「さすがに神の味とまで言わせてしまったのは責任を感じるっすよ」
「気にすることはないだろう。
自分の言葉に酔いしれているだけだろうからな」
「にしたって尾ひれがつきすぎでしょう」
「それは否定しない」
「でしょ、でしょう?
今更ですけど、改良すべき点もいくつかあると思いますし」
「ほう、改良点か」
興味深い言葉を聞いた俺はアイコンタクトで先を促した。
さて、どんな意見が聞けますかね。
読んでくれてありがとう。




