1475 インスタントではないけれど
行列のできない屋台には相応の理由がある。
それを思い知った。
味付けの濃すぎる煮物。
反対に味のしない塩焼きそばもどき。
そして単なる出し汁。
どれも客が敬遠するのは納得だ。
マズいと吐き出すほどではないがね。
少なくともお金を払って飲み食いしたい代物ではない。
『2日目じゃ無理ないかぁ』
初日で評判が知れ渡ってしまったのだろう。
口コミ恐るべし。
まあ、ネットとかないからこそだろうな。
自分でアンテナを張り巡らせて情報を得るようにしないと損をする訳だ。
「勿体ないね」
ノエルが言った。
「そうだな」
美味しくはないが、惜しくはある。
もう一工夫すれば化けると思うのだ。
「「どういうこと?」」
メリーとリリーの双子ちゃんたちがキョトンとした表情で首を傾げる。
「どれもマズくはないんだよ」
「「うん、そうだね」」
それで? と目で問うてくる。
その仕草がまた可愛いのだ。
お陰で「少しは自分で考えようぜ」と言えなくなってしまったさ。
思わず言葉に詰まったのは即答することも躊躇われたからだ。
「ハルトさんたちはですね~」
そこにヒョコッとダニエラが顔を覗かせた。
そんなふとした動きなのに胸元はユサッと揺れたりするので目のやり場に困る。
なんとかロックオンしてガン見することだけは避けた。
そういう鼻の下を伸ばすようなことは余人のいないところでね。
でないと対外的な目もあるわけだし。
女子はそういうのを気にしなくていいから、うらやましいものだ。
ただ、うらやましげな表情でガン見するのはどうかと思ったけどさ。
ノエルは分かる。
成長途上だからな。
だけど、結構なものをお持ちである大人な皆さんまでガン見してますよ。
エリスとかマリアも含まれていたさ。
こんな時に言葉は見つからない。
というか、ここでコメントするのは単なる愚者だ。
トモさんだって気付いているけど表情を硬くして黙っている。
まあ、フェルトが一緒だから迂闊なことは言えんわな。
そんな訳で大人しくダニエラの言葉を待つ。
「どれも未完成だって言いたいんだよー」
ネタばらしをするダニエラ。
「「そうなの?」」
「そうだよ」
聞いてくる双子ちゃんたちに答えた。
「完成させればいいのにね」
メリーが不思議そうに言うと──
「ねー」
リリーが姉と顔を見合わせて同意した。
「予算と時間の都合だろう」
嘆息しながらツッコミを入れるリーシャ。
「「そっかー」」
姉の言葉に素直に納得する双子ちゃんたちだったが。
「「だったら、ここで完成させようよ」」
とか言い出した。
今度は皆が首を傾げる番である。
屋台の手助けをするつもりはないことは方針として通知しているからな。
どういうつもりか聞こうとしたのだけれど……
「「ちょっと行ってくるー」」
そう言い残してサッと駆け出して行ってしまった。
とはいうものの、該当する3店舗の方ではない。
食べ物屋台が並ぶ方とは逆の方だ。
そのせいで声も掛けられずにポカーンとしてしまったさ。
「「「「「………………………………………」」」」」
皆も同様である。
「あの2人、何がしたいんだ?」
リーシャに聞いてみた。
「さあ? 姉の私にも理解不能だわ」
「誰か分かる?」
皆にも聞いてみたけど返事はなかった。
分からないんじゃ待つしかない。
黒猫3兄弟の行列待ちは、ようやく残り半分くらいになっただろうか。
まだまだ時間がかかるのは確実なので、その間に戻ってきてくれると信じたい。
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メリーとリリーを待つ間に他の屋台の評価も進めた。
最初の3件は比較基準としては優秀と言えたかもしれない。
味以外は特に問題なかったからね。
ここより味が悪ければ客が並ばなくて当たり前だし。
味が普通レベルでも接客の悪い店は客が寄りつかないし。
店主が無愛想だったり威圧的だったりするのは何なのかと言いたい。
売る気があるのだろうか?
飲食業は職人気取りだと繁盛するはずもないのだが。
まあ、変なのに難癖をつけられたくなくて威嚇しているっぽいけど。
『こんな場所でショバ代を払えって言い出すのは、よほどのアホだと思うけどな』
教団主催の大きなお祭りである。
これだけでも調子に乗った輩は勢いをなくす。
月の女神から天罰が下されると言われただけで引き下がる奴らは少なくないからだ。
西方人は迷信深い人間が多いからな。
その上、国も協賛しているし。
このため衛兵が数多く駆り出されて目を光らせている。
よほどな連中も迂闊には動けない。
まあ、ハイラントによれば日頃から犯罪組織は徹底的に潰して回っているそうだが。
衛兵が鍛えられているのは、そういう事情があるからみたいだな。
なんにせよ、威圧的な店舗は売れ行きが悪くて当然である。
美味しい店ならそれでも売れるのだろうけど。
普通じゃ芳しくなくても仕方あるまい。
ただ、例外的に味も接客も標準レベルでありながら行列のできない屋台もあった。
お茶の販売である。
果実水などではなくお茶である。
取り立てて美味しい訳でもなく量が多い訳でもない。
だから行列ができないのかというと違った。
回転率が高くて行列ができないのだ。
入れ物を自分で用意すればワンコイン。
小さい柄杓ですくって入れるだけ。
客の捌き方も堂に入っていてササッと終了って感じだ。
正直、そんなに売れる味かと思ったけれど。
よくよく観察していると納得のいく理由があった。
この屋台は単体で見ていると繁盛する理由は何時までも分からないだろう。
主にハズレ屋台から流れてくる客が多いことに気付くかどうかが鍵だ。
要するに客は口直しのために利用しているのだ。
量が少ないのもワンコインなのも狙ってのことなんだろう。
水ではなくお茶にしているのもな。
口の中をサッパリさせたい客のニーズに合致している訳だ。
そう考えると味を普通にしているのも納得だ。
濃すぎるお茶だと、その味が何時までも残るからな。
そんな状態で他の屋台に行って買い食いをしても味わいづらい。
細かな気配りも忘れていない訳だ。
利益の方は回転率を上げて得ようという発想である。
同様のコンセプトの屋台はない。
回転率が良いせいか、繁盛しているようには見られていないようだ。
この調子だと気付いて真似をする者はしばらく出てこないだろう。
「「お待たせー」」
双子ちゃんたちが帰ってきた。
2人とも同じサイズの木製カップを積み重ねたものを両手で持っている。
どうやらバザー的な食器市があるらしい。
そこで買い込んできたようだ。
「これだけの数を集めるのに吟味してたら遅くなったよぉ」
「手頃な大きさのが無くて苦労したよね」
「こんなに買い込んで何がしたいんだ?」
リーシャが怪訝な表情で2人に聞いている。
「「こうだよ」」
言うなり皆にカップを配り始めた。
「「それで次は、こうするの」」
塩焼きそばもどきをカップに入れる。
続いて煮込みを少々盛りつけた。
『あー、そういうことか』
最後に出し汁を煮込みの上から注いでかき混ぜる。
これをこの場に集まっている面子の数だけこなしていく。
途中でリーシャも何がしたいのか気付いたようで黙って見守っていた。
「「はい、どーぞ召し上がれ」」
先割れの木串を使って食してみた。
一口目で何もかもが違うと思った。
「何というか、あれだね」
トモさんが咀嚼したものを飲み込んだ直後に口を開いた。
「インスタントのラーメンをちゃんと調理した味って言えばいいのかな」
「今まではバラバラに食べてた感じよね」
マイカがそんなことを言った。
似て非なるものって感じはするが、言いたいことは分からなくもない。
濃縮スープそのもの。
茹でただけの麺。
お湯で溶いただけの粉末スープ。
バラバラに食べれば、似たような感じになるんじゃないだろうか。
「合わせると、こんなに美味しく食べられるなんてね」
エリスも驚きを隠せないといった様子で食べている。
量が少ないので、すぐに完食していた。
俺もそうだし皆も同じだ。
「これなら辛抱強く並んでいる黒猫3兄弟の差し入れにちょうどいいな」
読んでくれてありがとう。




