1463 オッサンは格闘技好き?
ハイラントは俺たちが正体を明かさずにお忍びで来たことを気にしてもいないようだ。
『いいのか、それで?』
こちらとしてはありがたいが、不安にもなる。
他にうるさいのがいるんじゃないのかとか。
そんなに無頓着で問題になったりしないのかとか。
まあ、俺の方から問題を起こそうとは思わないけどさ。
アカーツィエ王に引き続き、このオッサンも大雑把というか豪快というか。
「お忍びの目当ては武王大祭かな?」
それどころか、勘の良さを発揮した質問さえしてくる。
『まるで気にしていないってのはどうなんだ?』
俺の方がしなくていいような心配をしてしまうほどだ。
その図太さを少し分けてほしいものである。
とはいえ、何時までも気にしている訳にもいくまい。
向こうが気にしないなら俺もしない、ようにする。
問題が発生しやしないかと冷や冷やしたりもするのだけれど。
まあ、その時はその時だ。
面倒くさいのは嫌だけど。
そんな訳で、面倒事を回避する意味でも──
「ああ、その通りだ」
正直に答えておいた。
隠すようなことでもないしな。
その方が警戒されずに済むだろうし。
「ほうほう」
相槌を打つハイラント。
こんなに楽しいことはないとばかりに笑みを浮かべてさえいる。
まるで新しい玩具を買ってもらった子供のような無邪気さが感じられたんだが。
『そんなに面白い話題か?』
ビルたちから聞いているお陰で武王大祭にあまり期待はしていないんですがね。
「出場するつもりがあると?」
ハイラントがそんなことを聞いてくる。
『あー、そう思っちゃうか』
お忍びで入国したからな。
誰だって普通はそっちを考えてしまうだろうな。
現にハイラントからその質問が出た瞬間、護衛たちがビクリと体を震わせていたし。
俺の正体を知った上でとなれば血相を変えるのも無理はない。
怪我とかされちゃたまらんだろうし。
俺の実力を知っている訳じゃあ……
『さっき見せたか』
上司貴族のゴロゴロを止めただけだが。
見る者が見れば、あれだけでもある程度の実力以上であることは推し量れるはずだ。
お陰でハイラントには誤解されてしまった訳だが。
「いいや、出場はしない」
そう返事をすると──
「おや、残念」
ハイラントが肩を落とした。
護衛たちの肩も落ちるが、こちらは安堵からだろう。
トラブルは御免被ると言わんばかりの空気を漂わせているもんな。
「出場したいという教え子はいるがな」
「教え子?」
「アカーツィエ王国の武術家だ」
「ほう!」
ハイラントが身を乗り出さんばかりに瞳を輝かせ始めた。
「ヒガ殿の弟子が出場する訳だ」
ウンウンと満足そうに頷いている。
「弟子と言えるほど教えた訳じゃない」
「む、そうなのか」
残念だと言わんばかりにションボリするハイラント。
この調子だと俺と戦いたいと言い出しかねない気がする。
「武王大祭で少しでも長く戦い続けたいと希望していたから短期の指導はしたがな」
「短期とはどれほどかな?」
「1日だけだ」
こう言えば、きっと落胆するだろう。
それが俺の狙いだった。
ハイラントから「ひと勝負しようぜ」と言われないためには必要だと思えたのだ。
でないと「ひと狩りしようぜ」的な軽い感じで誘わそうな気がしたからな。
『何処かの魔物狩りをするゲームじゃないんだぞ』
模擬戦が嫌って訳でもないんだが。
ちゃんとした国交を結んでいる国ではないしな。
これが元で入国できなくなったりするのも嫌だ。
ハイラントが納得しても周囲の面々が強硬な姿勢を見せることだって考えられるし。
試合をするなら国交をちゃんと樹立してからだ。
「なるほど、それでは弟子とは言えないか」
俺の目論見を知ってか知らずか、ハイラントは神妙な表情で頷いている。
「1日では付け焼き刃もいいところだろう」
「まあ、そういうことだ。
それでも教え子ではあるからな。
何処まで行けるか見届けにきた」
「随分と入れ込むのだな」
「1日しか時間が取れなかったからこそ、な」
「そういうものだろうか?」
ハイラントには今ひとつ理解しがたいらしい。
「色々と事情があったんだよ。
それに次の武王大祭は10年後だろう」
この機会を逃すと、ウルメはそれだけ待たねばならなくなる。
しかも、それに参加できるかはその時になってみなければ分からない。
「そうだったな。
それに、次の開催国はアカーツィエ王国から遠くなる」
ハイラントの言うことも参加が厳しくなる要因のひとつだ。
そう考えるとウルメの爺さんはコアな武王大祭マニアだと分かる。
何度も参加したり観戦したり。
まるでアイドルの追っかけをするファンのような熱の入れようだ。
そう考えるとツバイクの紙フェチに通ずるものがあるかもしれない。
今回も来ているのかもしれないな。
「その教え子は勝てるかな?」
「さあ、どうだろうな」
とぼけた訳ではない。
俺が見た参加予定者はウルメだけだ。
「対戦相手のことを知らないから何とも言えない」
「それもそうか」
ハッハッハとハイラントが声に出して笑った。
「ただ、ウルメが簡単に負けてしまうのであれば、それは俺の責任だと思っている」
「それだけ真剣に教えたということか」
「ああ」
いい加減な気持ちで指導はしていない。
でなければウルメの本気に応えたと胸を張って言えないだろう。
「少しだけコツのようなものを伝授したにすぎないが、それだけは間違いない」
「それはそれは実に興味深い」
そう言って喉を鳴らして笑うハイラント。
「そのコツというものが如何なるものか気になるではないか」
「そんな大袈裟なものじゃないぞ」
おそらく対戦相手も観客も意表を突かれることになるとは思うが。
見てしまえば真似をされることだって充分に考えられる程度のものだ。
それでもビルを相手にみっちり仕込んだつもりである。
特級スキルである【教導】は伊達ではない。
上級の【指導】と違って、監督して言葉で指示を出すだけでも効果があるしな。
そのせいでウルメのレベルが上がってしまったのは御愛嬌である。
しかもウルメは特訓後にしきりに首を捻っていた。
どうしたのかと聞けば、体のキレが良くなった気がするとか返事したのには驚いたさ。
普通は1レベルや2レベル程度は言わなきゃ分からないはずなんだが。
まあ、特訓の成果だろうと誤魔化せば納得する程度ではあったが。
レベルアップの影響だとは言えないから、しょうがない。
こんなのが知られたら、弟子入り志願者が続出しかねないからな。
今回はウルメが気に入ったからこその特訓だ。
故にビルを助手に使ったのだ。
うちの国民だったなら、俺が指導していたさ。
例外だからこそ踏み込みすぎないように線引きはさせてもらった訳だ。
このことからも分かると思うが誰でもオーケーって訳じゃないのである。
うちの国民でもないのに、そうそう例外的なことはしないって。
「それは見てから判断させてもらうとしよう」
ハイラントがニヤリと不敵に笑った。
「そういうことなら、好きにしてくれ」
「おうとも!」
ハイラントはニコニコとした笑みを浮かべて上機嫌である。
「今回はなかなか面白いものが見られそうだ」
「へえ、武王大祭を見たことがあるんだ」
自国開催で見ようと思えば50年に一度である。
必然的に他国での観戦だろう。
「持ち回り国の付き合いで見に行かねばならんのだ」
「あー、付き合いという名のお仕事ね」
「ハッハッハッ!」
愉快痛快とばかりに豪快な笑い声を響かせるハイラント。
「面白い物言いをするではないか、ハルト殿」
「そうか?」
「さすがは賢者王と評されるだけはある」
『その呼び方は勘弁してくれーっ!』
心で絶叫しても意味はないんだけどな。
誰にも何処にも届かない。
だが、叫びたくはあったのだ。
単に賢者ってだけなら自称してたし、しょうがないことだと思う。
だが、賢者王はいくらなんでも厨二病がすぎるだろう。
何より広まりつつあるような気がしてならないのが怖い。
前にも聞いたからな、その呼び方。
確かシーニュと話をしていた時だったか。
ラソル様のイタズラが発覚した時でもあったはず。
『まさか、お仕置きをルディア様に要請したことを根に持って広めようと……』
そう考えかけて、それはないと思った。
ラソル様はそういうネガティブなタイプではない。
面白そうだからイタズラをするのだ。
今回もイタズラの一環であるなら、単に面白がっているはずである。
『勘弁してくれよ……』
忘れた頃にやらかしてくれる、おちゃらけ亜神である。
読んでくれてありがとう。




