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1459 暴走した挙げ句に

「部下の管理不行き届きは私の責任です!」


 衛兵隊長の上司と思しき下級貴族が悲愴感を漂わせながらズバッと頭を下げた。


 その勢いを以て頭突きをされると痛そうだ。

 瓦割りに挑戦していたなら何枚割れただろうか。

 当人にも、かなりのダメージが入るとは思うが。


 何故かそんな無関係などうでもいいことを考えてしまった。

 俺も巻き込まれているから他人事ではないんだけどな。


 当事者なのに暖気に構えているのはツバイクが矢面に立ってくれているからか。

 いつの間にかツバイクがバトンタッチしてたし。


 そしたら見る間にヘイトを溜めて怒っていた。

 俺はただただ見ているだけのような状況だったんですがね。

 憤慨する間もなかったからポカーン状態丸出しですよ。


『何だかツバイクが怒っているなぁ』


 というのが対応を交代してから抱き続けている印象だ。

 こんな具合に眺めているだけの状態だったからこそ冷静でいられたのかもしれない。


 冷静と言うよりは呆気にとられていただけなんだと思うが。

 本当に見てるだけ状態だったし。


 さすがに間抜け面をさらす訳にはいかなくて【千両役者】スキルの御世話になったけど。

 お陰で周囲からは俺も一緒になって怒っているように見られていたっぽい。

 それも俺の隣で衛兵隊長とやり取りしていたツバイク以上にね。


 あの状況で無言を貫きつつムスッとしていれば嫌でもそう見えたことだろう。

 黙っていたのは、衛兵隊長に勝ち目がないと分かっていたからというのもある。


 当人は押し切れると思っていたみたいだけど。


『バカの盲信だよなぁ』


 そんなのは砂上の楼閣ならぬ幻想の楼閣でしかないというのに。

 ありもしない勝利を思い浮かべ現実を見ていなかった訳だ。

 幻が消え去った今となっては何も残されてはいないんだけど。


 現に上司の言葉を耳にした衛兵隊長の顔からは血の気が失せていた。

 表情もツバイクの正体を知った直後の驚愕から絶望へと塗り替えられていく。


「それは何かの嘆願なのかな?」


 ツバイクが冷たさすら感じさせる声で上司貴族に問いかけた。


「はっ、我が国にはアカーツィエ王国と開戦する意図はございません」


 硬さの残る表情ではあるものの即座に答える上司貴族。

 その必死さが手に取るように分かるほどだ。


 本当に言葉通りであると言いたいのだろう。

 上の誰かにお伺いを立てるまでもないと。


 上司貴族の言ったことは規定事項として周知徹底されているっぽいな。

 この様子だと過去に何かあったのかもしれない。


「これは異な事を」


 芝居がかった身振りでツバイクが白々しく驚いてみせた。


「彼はハッキリと言い切った」


 そう言いながら衛兵隊長の方へ皆の視線を誘導するような身振りをするツバイク。

 ゆったりめの動作に特定人物への敵意を感じる。


 反論できるものならしてみろと。

 大勢の前で叩き潰してやると。


『あー、かなり怒ってるなぁ』


 端から分かっちゃいたけど、これは俺が思っていた以上かもしれない。


「我々が宣戦布告してきたも同然のことをしたとね」


 そして断言する。

 まあ、あんな物言いをされれば意地悪く反撃したくもなるか。


 その矢面に立たされる上司貴族にとっては迷惑なんだろうけど。


「何かの間違いかと思って確認したが、クドいと怒鳴られた」


「なっ!?」


 上司貴族は愕然とした顔で固まってしまった。

 いや、ワナワナと小刻みに震えている。


 それは恐怖から来るものか。

 あるいは衛兵隊長に対する怒りがそうさせるのか。


「その上でハッキリと言い切ったからね。

 貴国に対して宣戦布告に等しい態度を見せたと」


「そんな……」


 上司貴族までもが絶望的な表情へと変わっていく。

 衛兵隊長などは、もはや会話の内容さえ耳に入っていないような有様だ。

 ハッキリ言って抜け殻である。


 自分の末路が想像できる頭があるってことだ。

 ならば調子に乗らなければ良かっただけのこと。

 見栄や意地で思考を鈍らせると碌なことがないな。


 結局、上司貴族でも場を収拾できなかったのは仕方のないことだったのだろう。

 それでも衛兵たちに隊長を逮捕させるべく命令していたけどね。


「その不届き者を捕らえよ。

 罪状は国家反逆罪だっ!」


「「「「「はっ!」」」」」


 衛兵たちが即応した。

 隊長に人望があれば躊躇ったんだろうがな。

 日頃の行いが、うかがい知れるというものだ。


「そんな馬鹿なっ」


 抜け殻が一気に息を吹き返した。


「かくなる上はっ!」


 往生際が悪いとも言う。

 まあ、国家反逆罪なんて言われればね。

 極刑を言い渡されたようなものだ。


 その場で刑を執行しなかったのは外野に一般人が大勢いたからだと思う。

 仮にいなかったとしてもツバイクの目の前では執行しなかったかもしれないが。


 だから上司貴族の判断は決して間違いではない。

 衛兵隊長が腰に下げていた剣を抜き放ったのも悪あがきという名の暴走だろう。

 そうさせてしまったのは上司貴族なので責任は免れないとは思うが。


「抜いたぞ!」


「こんな場所でっ!?」


 衛兵たちが混乱する。

 それを想定しない方がどうかしていると思うのだが。


 身構えるくらいはできているので練度が低いとは言いすぎになるかもしれないけれど。

 経験が絶対的に不足しているのは間違いない。


 あと指示を出す奴が暴走しているから満足に動けないというのはあるようだ。

 上司貴族は──


「あっ、えっ、あぁ……」


 まともに指示を出せる状態ではなかったし。

 荒事には慣れていないのは見え見えである。

 どう見ても文官タイプだったから対応しろというのは酷というものだろう。


 ただ、国家反逆罪という言葉を口にしたのは明らかにミスだった。

 そこを悔いる余裕さえない状態には同情を禁じ得ないが。


 せめて門の前から並んでいる一般人よりは落ち着いてほしいものだ。

 彼らの方が冷静に状況の変化を見ている。

 それはパニックを起こす気配がないことからも明らかであった。


 馬車に乗っている面々などは当然か。

 仮に衛兵隊長が襲いかかってきたとしても、馬車が防壁になる。

 乗り込もうとしてきても一瞬では無理だ。

 その間に衛兵が数に任せてどうにかすると思っているみたい。


 徒歩で行列に並んでいる面々も、いざとなれば馬車の陰に隠れるつもりだろう。

 何時でも逃げ出せるように身構えているしな。


 行列から離れないのは、再び並ぶ時に今より後方になることを懸念してか。

 ギリギリまで粘って本気でヤバそうとなったら逃げる。

 そんな感じに見受けられた。


 おそらく衛兵隊長が行列の方を見ていないのも余裕がある要因だ。

 距離があるしな。


「来るなぁっ!」


 衛兵隊長がブンブンと滅多矢鱈に剣を振り回した。

 近づいていた衛兵たちを間合いに入れぬように牽制しようというのだろう。


「距離を取れっ」


「迂闊に近寄るな」


「囲んで逃げられないようにしろ」


 どうにか落ち着き始めた衛兵たちが声を出して連携し始める。


 が、遅い。

 もたついている間に衛兵隊長がダッシュで囲みきれていない所を抜けた。


「しまった!」


「逃がすなっ!」


「追えっ!」


 などと叫んでいるが、反応は鈍い。


「捕まってたまるか!」


 衛兵隊長は叫びながら走る。

 その方向には1人で立っているカーラがいた。


「おいっ、逃げろ!」


 衛兵の1人がカーラに向かって叫んだが、カーラは動かない。


「うちのカーラを人質に取ろうとはバカな奴だ」


「随分と余裕ですね、ヒガ陛下?」


 俺の呟きを耳にしたツバイクがヒソヒソ声で聞いてきた。


「心配するまでもないからな」


「え?」


 ツバイクが俺の方を見た瞬間──


 バキッ


 乾いた音が聞こえてきた。


 ズドォッ


 そして重量物が落下した時のような音が続く。


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 直後に衛兵隊長の濁声丸出しな悲鳴が周囲に木霊した。


読んでくれてありがとう。

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