1454 武王大祭へ行こう
ビルがブルッと震え上がった。
「宗教関係者の恨みは買いたくないぜ」
冗談じゃないと言わんばかりの発言であった。
結構マジな目をしていることからも深刻に考えているようだ。
「分かってるじゃないか、ビル。
さすが自力で気付いただけはあるな」
「褒められても嬉しかねえっての。
これだと俺も参加できないだろうが」
「なんだ、出場するつもりだったのか?」
ちょっと意外だった。
「退屈しながら観戦するよりはマシかなと一瞬だけ考えたんだよ」
そういう考え方もあるか。
見ているだけより体を動かす方がマシ。
言われてみれば確かに道理だ。
反則しないように慎重に頭も使うしな。
「俺たちが参加するならともかく、ビルが1人だけで戦うなら大丈夫かもしれんぞ」
「無理無理無理ぃーっ!」
ブルブルと頭を振るビル。
「最近、冒険者ギルドの訓練場で模擬戦やったんだが酷かったんだぜ」
酷かったという内容を聞いてみたが……
「確かに酷いな」
充分に手加減したつもりが裏目に出て余裕丸出しの模擬戦となってしまったようだ。
「模擬戦じゃなくて指導になってしまってたんじゃないか?」
話を聞く限りでは、そんな風にしか思えない。
「ぐふっ」
ダメージを受けたかのように短く呻くビル。
「決してそんなことはーっ……」
などと言いながらも、次の瞬間にはガックリと肩を落としていた。
心当たりを否定しようとして、できなかったようだ。
「道理で次から次へと挑戦者が列をなして俺の所に来た訳だ」
見るからにゲンナリして生気を失っている。
それだけ希望者が多くて盛況だったということか。
『はて? そういう話を聞いた覚えはないのだが』
そこまでの状況になれば噂になるか報告のひとつも上がっているはずだが。
どちらも聞いた覚えはない。
「それは初耳なんだけどな」
「つい先日のことだからだろう」
「あー、なるほど」
それなら情報が入ってこないのも無理からぬところか。
モルトの件で出かけてから、ずっと留守にしてたし。
帰ってきたらアカーツィエ王国の親善大使を迎えてバタバタしてたからな。
「まあ、いいさ。
それよりも行くかどうかは決まったか?」
「行くよ、行きますよ、行かせてくださいよっ」
拝み倒さんばかりの様子を見せたビルが懇願してきた。
原因不明で壊れっぷりを披露してくれて、こちらは引き気味である。
「何があったんだよ?」
「いや、今の話の絡みでさ。
ほとぼりを冷まさないことにはギルドに顔も見せられないんだってば」
「どう考えてもバカだろう」
「んだとぉ!?」
「調子に乗るからだ」
「ぐはっ」
ビルが俺のツッコミを受けて2撃目で撃沈した。
心当たりがある証拠だが、深くは追求しない。
ヘソを曲げられても困るしな。
なんにせよビルも一緒に来ることになったのは確かだ。
『フフフ、計画通り』
俺は心の中で1人ほくそ笑んだ。
「賢者様、何か悪い顔してるぜ」
「そうか?」
どうにか誤魔化したが油断は禁物だな。
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そして、当日。
「空を飛ぶなんて聞いてなかったぞぉっ」
ビルから噛みつかんばかりのクレームを受けた。
「一言もそんなことは言ってなかったからな」
「しれっと言ってくれるじゃないかよ、賢者様っ」
「そう吠えるなよ。
客人もいるんだから」
輸送機への搬入を眺めていたアカーツィエ組が何事かとこちらを見ている。
「トラブルですか、ヒガ陛下?」
それまで離れた場所にいたツバイクが俺の元へ話を聞きに来た。
実にフットワークが軽快な王子様である。
「いいや、これくらいは茶飯事だぞ」
「茶飯事って……」
戸惑いの表情を浮かべるツバイク。
「大丈夫、大丈夫。
そのうち慣れるから問題ないって」
「そこは改めようぜ、賢者様」
ビルからツッコミが入った。
それをスルーして俺はツバイクの方を見る。
「こんな具合に気安いことを言い合える数少ない友人なんだよ」
「はあ……」
更に困惑の色を深くしていくツバイク。
ついでだからとビルを紹介したら驚かれてしまった。
「さすがに冗談ですよね?」
呆気にとられた表情のまま聞かれたさ。
ビルには大層な肩書きがないからな。
ベテラン冒険者ではあるが、有名人って訳でもないし。
「大マジだぞ」
「………………………………………」
ツバイクはしばしフリーズしてしまった。
俺とは違って生まれた時からの王族だからかもな。
身分についての認識がしっかりしているからこそビルの態度が信じられない訳だ。
「ヒガ陛下、さすがに対外的な問題があるのではありませんか?」
どうにか立ち直ったツバイクに言われてしまったさ。
「俺が普通にしてくれと頼んでいることだからな」
「ええー……」
信じられないという思いを全身に滲ませるツバイク。
「普段からそうじゃないと、街中へ出かけた時に俺の身分がバレかねないからな」
「……………」
ツバイクはまともに反応できずに口をポカンと開けて呆気にとられていた。
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輸送機が飛び立った。
一部関係者の不安と共に。
「なあ、賢者様」
ビルが居心地悪そうに声を掛けてきた。
「何だよ?」
「なんで俺を呼んだんだよ。
余所の国の王族も一緒なんて聞いてねえぞ」
「言ってなかったからな」
「まだ、それかよぉ」
ウンザリだと言いたげに唇を尖らせている。
「ちなみに何故かって話の方は──」
俺がそう言いかけたところで……
「賢者様の気紛れとかじゃないんだ」
ビルがツッコミを入れてきた。
失礼なことを言ってくれるものだ。
「なんでだよ」
当然、ビルには抗議のツッコミを入れたさ。
秘技ツッコミ返し。
「日頃の行いを振り返った方がいいぜ」
「ぐっ」
カウンターをもらって撃沈させられたがね。
ツッコミ返し、破れたり。
「で、何故なんだ?」
ビルも気にはなるようだ。
一応という体を装って聞いてくるのが、その証拠である。
「友達を紹介しようと思ってな」
「……………」
疑わしげというか、露骨なジト目で見られてしまった。
「あの堅苦しそうな王子様のことじゃないよな?」
声を潜めて聞いてくる。
「そっちはもう紹介しただろ」
「印象、最悪だったじゃねえか」
「気にするな」
「するなって言われてもさぁ……」
呆れて嘆息するビルさんである。
「まあ、賢者様がそう言うなら開き直るしかないか」
「あわよくばとは思っていたんだがな」
「普通の王族相手にフランクな付き合いのできる一般人なんていやしねえって」
ビルの言うことはもっともだ。
だから、それについては反論しない。
「だから向こうは2階に送っただろ」
「いや、そうだけどさぁ」
ツバイクたちアカーツィエ組の主要な面々を2階に移動させるのは当然だ。
俺たちが今いるのは格納庫だからな。
主賓を倉庫じみた殺風景な場所に押し込める訳にはいくまい。
ツバイクたち客人への対応はエリスたちに任せたので問題ないだろう。
え? 俺が行かないと失礼に当たる?
大丈夫、大丈夫。
千代紙を見せたら紙フェチスイッチが入ってそれどころじゃなくなったから。
初めてツバイクのスイッチオン状態を見たビルは唖然としていたがな。
向こうのお目付役の爺さんに内密にと頼み込まれて、どうにか返事はしたけれど。
これでツバイクもビルのことをとやかく言えなくなったはずだ。
些かズルいとは思うけど、これくらいしないと変なしこりを残しそうだったしな。
互いに苦手意識を持つことになったとは思うけど、そこは仕方あるまい。
嫌っているような状態ではないから大丈夫だ。
どうとでもなる。
読んでくれてありがとう。




