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1440 王子さん、ビビる?

「ツバイク王子」


「はい」


「不謹慎かもしれんが──」


 俺がそう言うと、王子は身を固くして表情を強張らせた。

 何か粗相があったのではと思ったのかもしれない。


「心配しなくても、そちらに問題など何もない」


 少しだけ強張りが薄れた。

 まだまだ緊張しているのは話の先が見えてこないからだろう。


「俺はガンフォールと違って堅苦しいのが苦手なんだよ」


 真っ先にぶっちゃけた。


「だから、普段通り話させてもらう。

 礼儀がどうとか言うのは勘弁してほしい」


 そのまま返事を待たずに話を続ける。


「アカーツィエ王からの親書も確認させてもらった」


 ここでツバイクがピクリと反応した。

 親書の内容が気になるようだ。

 まあ、当然の反応と言えるだろう。


「ジェダイト王国の頃以上に緊密な関係を築き上げたいそうだ」


「……………」


 ツバイクは返事も忘れてポカーンとしてしまっている。


「これについては、こちらからもお願いしたいと考えている」


「……………」


 ツバイクは固まったままだ。

 頷くことも頭を振ることもできずにいる。


『そんなにショックだったか?』


 俺の方が不安になってくるんですが。


「おーい」


 呼びかけると──


「はっ」


 ようやく気付いたようだ。


「申し訳ありませんっ」


 慌てて謝ってきた。


「いや、別に怒ってないから謝る必要はないぞ」


 それで「はい、そうですか」とはいかないんだけどね。

 何とか納得させるのに手間と時間を費やしてしまう訳で。

 困ったものである。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ツバイクが煮え切らない。

 固まった状態から復帰した後も色々と聞き出そうとしたんだけどな。


「俺が普段通りに喋る件については問題ないってことでいいか?」


 どうにか、これだけは大丈夫そうということで確認してみた。


「はい」


 コクコクと頷くツバイク。

 最初は面食らっていたけどな。


 これについては──


「驚きました」


 の一言で解決したようなものだ。

 ガンフォールが気難しいと聞いていたので身構えていたらしい。

 俺としては意外だったけど。


『ガンフォールとは初対面の時から普通に話せたけどなぁ』


 ツバイクの態度にちょっと違和感を感じたというのもある。

 が、あえて言うことでもないだろうと黙っておいた。

 人づてに聞く他人の評価を丸々当てにするのは良くないってことだな。


 それよりも気にすべきことがあるだろう。


「じゃあ、何が問題だった訳?」


 これを聞くと──


「それは……」


 ツバイクの返事が止まってしまうのには参ったけど。


「やっぱり普通に喋るのはマズかったかー」


 そうとしか思えないんですがね。

 故に思わず愚痴ってしまう格好になった。


 ガブローの側近などは「勘弁してください」と顔に書いていた。

 努めて平静を装おうとはしていたけどな。

 それでいて諦観満載の空気を漂わせていたり。


 まあ、俺のやることだからと諦めてはいるのだろう。

 俺も客人を前にしてこんなことを言うのは良くないとは分かっていたんだけどね。


 ところが、これが突破口を開くことになる。


「いえ、本当に違うのですっ」


 ツバイクが明確に俺の呟きを否定した。


『お?』


 意を決したかのような真剣な目をしている。


「ヒガ陛下が我が国の紙を手に取られても普通にされていたので驚いたのです」


「へ?」


 思わず間抜けな声が漏れ出ていた。


「それだけ? マジで?」


「は、はい」


 ツバイクがやや狼狽えた感じで答える。

 俺が矢継ぎ早に聞いたせいだろうか。


 何か違う気がしなくもないんだが。

 もっと別の理由があるけど、それは絶対に言えないみたいな気がしてならない。

 単なる勘で証拠は何もないのだけど。


『いかんいかん』


 内心で自分に落ち着けと言い聞かせる。

 泡を食ったままではツバイクにプレッシャーをかけてしまうだけだ。


 そんな訳で少し間を置いて向こうには分からないよう軽く深呼吸した。


「すまないが」


 ビクッ!


 俺が話し始めようとするとツバイクが過剰とも思えるほどの反応をした。


『なんでだよっ?』


 思わずツッコミを入れてしまう。

 落ち着いた調子で威圧しないよう【千両役者】スキルまで使ったのにこれである。


「そんなに緊張しなくていいんだぞ」


「済みません、済みません」


 ペコペコと謝るツバイク。


「……………」


 呆気にとられるしかなかったですよ?

 深呼吸してなかったら土下座されていたんじゃなかろうかってくらい必死だったもんな。


「よく分からんが、普通に喋るぞ」


「はい」


「紙についてだが……」


 今度は過剰な反応はなかった。

 むしろ安堵しているような雰囲気すら感じるのだけど。


 おそらくは何か勘違いしていたのだろう。

 親書の内容にクレームをつけられると思ってしまったとかな。


 なんにせよ、ツバイクが話を聞く体勢になってくれるなら問題ない。

 話を続ける前にエリスにアイコンタクトを送った。

 おそらくは察してくれると信じて。


「ミズホ国でも大量に作っている」


「えっ!?」


 ツバイクは驚きに目を見張る。


「本当ですかっ?」


「こんなことでウソを言っても意味ないぞ」


「そ、そうでした。

 申し訳ありません」


 再びペコペコと謝ってきた。

 が、今度は畏縮した感じがないのが救いだ。


 何度もビビられるのは精神的によろしくない。

 ここでエリスを見ると、ニッコリ笑みを浮かべて紙を差し出してきた。

 自前の倉庫から引っ張り出してきたものだ。


 俺が自分で出せば良さそうなものなのにと思うかもしれない。


 が、わざわざそうしたのには理由がある。

 目の前で何もない場所から引っ張り出すのを見せるのはマズいと判断した結果だ。


 今の状態だと何が切っ掛けでビビられるか分かったものじゃないからな。

 変にツバイクを刺激ししたくなかったのだ。

 視界から外れた場所にいるエリスが用意したものなら、どうとでも誤魔化せる。


 俺はエリスから3種類の紙を受け取った。


『まずはザラ紙から説明するか』


 3種類あるうちで最も安価なものを説明すべく側近に渡そうとしたのだが。

 側近経由でツバイクに渡すことを3回も繰り返すのは、間怠っこしい。


 え? 経由する必要ないだろって?

 俺の座る玉座からツバイクがいる場所までちょっと距離があるんだよ。

 普通の謁見ってこんなものだろ?


 セッティングしたのはガブローの側近なんだけど。

 知識と経験のある者に任せた方が無難だと思って任せた結果だ。


 お任せでやっていたら、映画とかで見たことあるような謁見の形になっていた。

 本来はこれが正解だろう。

 親善大使は王子で公式訪問なんだし。


 ただ、俺としては違和感バリバリだった。

 居心地が悪すぎる。

 おまけに不便だし。


『失敗したなぁ』


 とは思ったが、ここまでくれば後の祭り状態である。

 どうにかするには俺の方から近づくぐらいしか手はないだろう。

 ツバイクを呼び寄せるのは無理があるしな。


 謎のビビりがあった訳だし。

 俺の方から近づいても、それはあるかもだけど。

 少なくとも逃げられはしないだろう。

 向こうを呼びつけるのは、何時まで待っても距離が縮まらない恐れがあるし。


『まあ、いいか』


 何か面倒になってきたし。

 スッと立ってツバイクの方へと歩み寄った。


 俺としてはゆっくり歩いたつもりである。

 いきなり懐に入り込んで脅かそうなんて意図は微塵もない。

 にもかかわらずツバイクの血相が変わった。


「───────────っ!?」


 声にならない悲鳴と一瞬で血の気を失った顔色。

 恐怖に強張っているとしか思えない表情。

 そしてガクブル状態でフリーズ。


 思わず振り返って皆の方を見たさ。

 声には出さなかったが──


『どういうことぉっ!?』


 と目で問いもした。

 反応は様々だったけどな。


 やっちゃった的な空気を漂わせて呆れていたり。

 しらんがなと言いたげにそっぽを向かれたり。

 自業自得でしょとお怒りだったり。


『俺が悪いのか?』


 そういや予告なく前に出てしまったな。

 普通の謁見ではあり得ない行動だから驚かせてしまったとか?


 だとしても、ここまでビビられるのは何か違うと思うんだが。


『どうしてこうなった!?』


読んでくれてありがとう。

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