1421 違いの分からない男
「向こうの貴族は考えなしの愚か者が多いようだね」
カーターが信じられないと頭を振る。
「場合によっては本当にゴーレムから攻撃されると思わないのかな」
想像力の欠如を指摘しながら嘆息した。
確かにそういう懸念はある。
攻撃の威力が損傷しない程度のものなので無視されているだけだ。
まあ、多少の足止めはできているようだけれど。
それも周辺被害を確認して炎症が発生するようなら消火活動を行うが故のものだが。
つまり、ゴーレムにダメージが入っている訳ではない。
「連中は既に攻撃されていると思っているさ」
触手じみたコードに引きずり込まれている他の連中の姿を見ればね。
自分たちが肉食獣に捕食される草食獣も同然の状態であると感じているはずだ。
それを指摘しても絶対に認めないだろうけどな。
本能的にそう感じたとしても感情がそれを許さない。
つまらないプライドがそうさせる訳だ。
「奴隷扱いされていることに気付けないくらいだからな」
これもまた連中は認めないだろう。
高貴な我々が云々とか言っちゃうのが目に見えている。
言えば言うほど連中の器がどんどん小さくなっていくんだけど。
いや、化けの皮がはがされていくと言うべきか。
本来の小ささは変わらぬままなのだ。
が、虚栄心によって大きく見せようとしていた訳である。
ゴテゴテにハリボテを張り付けているだけなので、いざ剥がれるとショボい。
その落差を目の当たりにした者は失笑を禁じ得ないだろう。
「あー、そうかぁ」
「それにゴーレムから攻撃されることはないはずだ」
「おや、言い切るんだね」
「遺跡に向かって攻撃しない限りはって条件がつくけどな」
それはさすがにダメージが入るかどうかでは判断されまい。
防衛対象への敵対意志があるかどうかが基準になると思われる。
割と高度な判断をしているので、事故や流れ弾では敵認定されないとは思うが。
「そういうことか」
カーターはどういうことかすぐに理解したようだ。
「ゴーレムにとって守るべきは遺跡だけなんだね」
「そういうことだ。
奴らにとっては遺跡ではなく守るべき施設なんだろうがな」
「何を守るつもりか見当もつかないけど」
カーターが頭を振った。
「古代人の居住施設ってところかな」
「えっ?」
意外だったのか、カーターが俺の方をマジマジと見てきた。
「こうして見ていた限りでは他に発掘品があるようには思えないし」
このことから、ここの遺跡が研究施設や軍事施設の線は消えた。
でなければ他に何かしら発見されていただろう。
魔道具は使い捨ての火魔法の杖があるが、これは違うはず。
どう見ても発掘品とは考えにくい。
ゴーレムの高度な作りからするとチープすぎるもんな。
故に別口で用意したものだと考えた。
「そうだね」
カーターも同感のようだ。
「だとすると地上部分はどういう扱いなんだろう?」
それは、ごく自然な疑問だと言える。
この差は何なのか。
地上も古代人の施設として考えないのは何故か。
「奴隷用の居住区画の扱いなんだと思うぞ」
「その根拠は?」
「地上と地下で線引きをしている節があることがひとつ」
「うん、それっぽいよね。
地下が攻撃されていないから、まだ不透明な部分はあるけど」
「そうだな」
そこは同意せざるを得ない。
「だが、ゴーレムが地上だけで被害を食い止めようとしているように見えるのも事実だ」
「なるほど、そういうことか。
地上ならば被害がどれだけ出ても問題ないってことだね」
「どれだけというのは問題あるな」
「そうなのかい?」
「被害の規模にもよるんだよ。
だからゴーレムが消火活動もしている」
「あ、そうか。
地上の被害しだいでは地下にも影響が及んでしまうから」
特に火災は延焼していくと、どうにもならないほど被害を拡大させる恐れがある。
「そういうことだ。
だから奴隷を使って何としても地上で敵対勢力を止めようとする」
「徹底しているね。
奴隷は完全に盾扱いだ」
その認識は間違ってはいないだろう。
厳密に言うとゴーレムという盾を使うためのパーツでしかないがね。
「なんにせよ地上が奴隷用の居住区画である可能性は高い」
「否定はしきれないかな」
「そう考える根拠はもうひとつある」
「そうなのかい?」
「そこまで明確なものじゃないがな」
「うん、それで?」
「奴隷用の居住区画に城を建てると思うか?」
「あー、それはそうだろうね」
カーターは苦笑しつつ同意する。
「そっかー、奴隷用なら建てるのは城じゃないよね」
「防衛施設なら普通は要塞だろう」
広義においては要塞のカテゴリーの中に城も含まれるとは思う。
だが、この場合の要塞は防衛だけを目的にしたものを意味する。
王族が住まうことなど微塵も考慮していないものだ。
そこに華美な要素や政および外交面などの実務機能は含まれない。
端的に言うならば質実剛健だろうか。
「うん」
それはカーターも理解してくれているようだ。
説明が省けるのはありがたい。
「もしくは相手を欺くために普通の家とか」
「ああ、そういうことも考えられるか。
油断して近づいたところで攻撃したりするんだね」
「そういうことだ」
まあ、前者の方が可能性としては高いとは思うが。
相手を油断させられるのは最初だけだしな。
「いずれにせよ城ではない」
「それは地下に住んでいたであろう古代人の特権だね」
カーターはそう言うが、地下構造物を地下レーダーで調べた感じでは城っぽくはない。
だが、言いたいことは分かるのでスルーした。
「あと城は比較的新しい時代のものだ」
「そうなんだ」
「石材の経年劣化の具合からすると古代人の時代のものではないのは明らかだ」
「言われてみると、そこまで古いものには見えないね」
カーターが頷きながら言った。
「でも、古代人なら魔道具の技術でどうにかできそうだよ」
「そういう高度なことがされている城ではないな」
「おー」
軽い驚きを見せつつも感心した様子を見せるカーター。
「それとデザインの面から見ても古代文明とは異なる部分が多い」
その時代にはなかった建築様式で建てられているのだ。
現状の王城は優美だったり華美だったりとデザイン性を優先したものである。
要塞としての要素は薄い。
まったく損なわれている感じではないがね。
「うんうん」
頷いて話の続きを促してくるカーター。
「これは建て替えたのは間違いないと考えていいと思うんだ」
「うん、それは私も同意する」
「この場合にポイントになるのはゴーレムがそれを許容していることだ」
「あっ、そうか」
カーターが失念していたと目で語っていた。
「建て替えるというとこは、今まで建っていたものを潰さないと始まらない」
「そゆこと」
「地下と同じ扱いだと潰せないことになる、か……」
壊し始めた時点でゴーレムに敵と見なされていたかもしれないからな。
「かもしれないではないと思うぞ。
確実に排除すべき敵認定されていただろう」
「そうかぁ」
「が、現実には城が建てられている」
「そこは明らかに違う点だろうね」
ようやく、カーターも納得できたようだ。
「ハル兄」
と、このタイミングでノエルが呼びかけてきた。
「どうした?」
「袋のネズミ」
それだけを告げてきた。
お陰で周囲の反応が割れる。
ミズホ組が出番だとばかりに軽く柔軟し始めたのに対し……
「どういうことだ?」
「さあな」
「誰か分かるか?」
「分からん」
「意味不明だ」
それ以外の面子は首を傾げるばかりだ。
カーターも例外ではない。
「彼女は何が言いたいんだろう?」
「諺だよ」
「ミズホ国の?」
「そうさ」
厳密に言えば日本のと言うべきところだが。
「追い詰められた相手のことを、そう言うのさ。
閉じこめられたネズミは逃げられないだろう?」
「ふむ、確かに」
周囲の面々も合点がいったようだ。
読んでくれてありがとう。




