1416 そしてゲットしたものは
輸送機のハッチを開放する。
モースキー組がざわつき始めた。
そりゃそうだ。
俺たちと違って飛んでいるという意識がないんだからな。
「外が違う」
輸送機に乗り込む前と景色が違うと言いたいのだろう。
「どうなってるんだ?」
「分からんよ」
訳が分からないと困惑するモースキー組。
「なあ、これ移動してないか?」
ようやく気付く者が出てきたようだ。
それとも気付いていながら認めたくなかったのだろうか。
「……してる」
「しかも速い」
そう言えるのは低空を飛行しているからだ。
地表近くを飛べば景色が流れていくのもよく分かる。
かなり減速していたとしても体感速度は上がろうというもの。
まあ、ホバークラフト列車ほどスレスレの高度ではないがね。
「馬車よりも速いんじゃないか?」
「ウソだろ?」
「こんな大きなものが……」
「信じられん……」」
「なんてこった……」
呆然とするモースキー組一同。
シュワちゃんなどは声を失っているかのように静かだ。
立ったまま失神してるんじゃないかと思ったくらいだからな。
錯乱されるよりはずっとマシなので放置してるけど。
「こうやって外の様子を見るのも面白いね」
カーターが上機嫌で話し掛けてきた。
「馬車のように乗り心地を気にしなくていいし」
揺れはもちろんGなども感じないよう設計してあるからな。
セールマールの科学では実現するのは何時になることやら。
まったく魔法様々である。
「今更だな」
「再認識したってことだよ」
カーターが苦笑する。
モニターの映像とは明確な違いがあることを肌で感じたからだろうな。
「だからといってハッチには近づくなよ。
落ちれば命の保証はできない高度だからな」
「おっと、そうだね」
フラフラと前に出かけていたカーターがピタリと止まった。
護衛の騎士たちが慌てている。
カーターの前に並んで壁になろうとしていた。
「邪魔だなぁ。
外の景色が見えないよ」
「無茶を言わないでください。
陛下の御身に万が一があってはならないのです」
壁の1人が焦った顔で苦言を呈する。
「それはハルト殿を信用していないということになると思うのだが」
バッサリ切り捨てるように反論するカーター。
「お前たち、戻れ」
壁に加わらなかったヴァンが隊長として命令を下した。
戸惑いを見せる騎士たち。
壁の隊列が乱れた。
が、戻ろうという意志を見せる者はいない。
カーターの身を案じるが故だろう。
ヴァンもそれが分かっているようで仕方ないとばかりに嘆息する。
「ヒガ陛下、この場所で外に落ちることはあるのでしょうか」
「魔法で保護しているから万が一にもそんなことはないな。
ただし、自分で外に出ようとした場合は話が違ってくるぞ」
「なるほど、そうですか。
では、あの扉の所まで行かなければ大丈夫ですね」
「ああ」
床面や壁に穴が開かない限りはな。
そんな真似がカーターにできるはずもない訳で。
「何の問題もない」
俺が保証すると、ヴァンはキッと部下たちを睨みつけた。
「ヒガ陛下がこう仰っている。
それでもお前たちは戻らんと言うのか」
護衛の騎士たちの反応は鈍い。
「つまり、友好国の王様が信用ならんと公言する訳だな」
ヴァンの言葉を聞いて騎士たちが震え上がった。
「決してそのようなつもりは……」
「態度がそれでは何を言っても意味がない」
言い訳しようとした騎士の1人の言葉を切り捨てた。
「まだ分からないのか。
友好国であるミズホ国の国王陛下を愚弄しているのだと」
別に気にしちゃいないんだが、これは向こうの事情もある。
口出しは控えるべきだろう。
それよりも、だ。
頭の痛い問題がひとつ出てきた。
「あー、頭痛が痛い」
言い回しが妙だが、これは意図的なものだ。
俺としては疑似餌で釣りをするような感覚である。
「なにバカなこと言ってるのよ」
マイカにツッコミを入れられた。
さっそく疑似餌が突かれましたよ。
あとは食いつくかどうか。
「そこは頭痛がする、もしくは頭が痛いでしょ」
『キターッ!』
言ってくれると思いましたよ、奥さん。
「フハハハハ、バカなことを言いたくなるような状況なのだよ」
「なに言ってるのよ、バカバカしい」
付き合いきれないとばかりにフンと鼻を鳴らすマイカだが。
ミズキは引っ掛かったことに気付いているのか同情的な視線を向けていた。
「そう思うのなら、あっちの震えている連中を励ましてきてくれ」
言いながら胸元でモースキー組を指差した。
あからさまに指差すと向こうの面々を刺激しかねないからな。
「えー?」
マイカがようやくといった感じで俺の指差した方へと視線を向けた。
「あらぁ?」
向けた途端に素っ頓狂な声を出す。
モースキー組が青ざめた顔をして俺たちの方を見ているのに気付いたようだ。
より正確に言うなら、俺の方を見ているのだが。
原因はヴァンの発言なのは言うまでもない。
ハッキリと陛下とか王様とか言ってくれたからな。
『別に口止めしなかったけどさ』
いずれバレることだし。
ただ、このタイミングはどうなんだろう。
なんだか土下座コース再びな気がしてきたというのもあって辟易していたのだ。
できれば丸投げしたいってことで──
「ではマイカくん、よろしく頼むよ」
俺のルアーフィッシングに食いついてきたマイカに任せることにした。
「なんでアタシなのよぉ」
とかブリブリ言いながらも、モースキー組の方へ向かっている。
そんな訳で説明は任せてしまう。
丸投げバンザイ!
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「迂闊でした。
考えが至らず申し訳ありません」
ヴァンから深々と頭を下げて謝罪された。
謝罪の内容は俺がミズホ国の王であることがモースキー組にバレたことについてだ。
「気にしなくていい。
俺が口止めしなかったのは、こうなることを想定していたからだ」
「ですが……」
「ちなみに土下座の後だから面倒になっただけで特に何とも思っていない」
「だそうだよ、ダファル。
あまり気に病まないことだ。
その方がハルト殿に迷惑をかけてしまうよ」
さすがはカーター。
分かってらっしゃる。
「承知いたしました」
そう言ってヴァンは深々と頭を下げた。
そこから先はいつも通りのクールなイケメンキャラに戻っている。
『皆もこれくらいスパッと割り切って切り替えてくれればね』
現実はそう甘くはない。
マイカがモースキー組への説明に失敗したことで再土下座されてしまったんだよね。
俺の正体には薄々は見当がついていたはずなんだが。
ミズホ国のことは知らなくてもカーターとタメで話をしていた訳だし。
それにエーベネラントの騎士たちにも土下座されてしまった。
理由はヴァンが彼らを叱った内容がすべてである。
彼らの謝罪を受け入れたのに簡単には土下座をやめてもらえませんでしたよ?
気付いたら[土下座を呼ぶ男]なんて称号がついてたし。
『なんじゃ、そりゃあああぁぁぁぁぁっ!?』
内心で叫び狂ったさ。
表面には出さないように【千両役者】を使ったのは言うまでもない。
嵐を呼ぶ感じならキャッチフレーズにもなって格好もついたかもしれないが。
土下座を呼ぶってなんぞ?
格好いいとか悪いとか言う以前に俺の精神をすり減らしにかかってくれるんですがね。
つい今し方の土下座だけでも、ゴッソリやられたというのに。
『称号よ、お前もかっ』
何処かで聞いたような台詞を叫びたくもなってしまうさ。
言っとくけどリアルじゃ叫びませんよ?
こんな称号、恥ずかしくて公表できる訳がない。
これ以上のメンタルアタックは御勘弁ってね。
モースキー組もエーベネラント組も土下座をやめさせるのに苦労させられたんだから。
お陰で輸送機を止めることになったからね。
現在、モースキー王国の王都の手前でホバリング中ですよ。
光学迷彩を使っているから発見されたりはしないけどさ。
下らないクズ連中をさっさと片付けて帰りたいっていうのはあるんだよ。
今回は終わってもガンフォールやモルトたちと合流しないといけないんだけど。
それと月狼の友と人竜組の面々に連絡を取ってお仕事を依頼済みだ。
こちらも合流予定というか、仕事の仕上げとして敵の王城へ来ることになっている。
モタモタしていると俺たちが制圧する前に皆が来てしまいかねない。
それどころか土下座の解除さえままならぬタイミングで誰か来たかもしれないのだ。
幸いにして解除中に輸送機に乗り込んでくる身内はいなかったけどさ。
どうにか説得して上体を起こしてもらったよ。
敵地へ乗り込む前に心が萎えそうなんですがね。
「んでは、反転して王都モースランドの様子を御覧いただくとしようかね」
そう言うと、モースキー組の面々がギョッとした顔で俺の方を見てきた。
「まさか……」
シュワちゃんが呟いた。
「とっくに到着してるぞ。
でなきゃ移動を止めたりはしないって」
「「「「「……………」」」」」
モースキー組は驚かなかった。
驚くことに疲れたせいかもしれない。
誰もが諦観を感じさせる表情で嘆息していたからな。
読んでくれてありがとう。




