1411 ちょっと王都まで
「何処へ向かおうと仰るのですか?」
シュワちゃんが聞いてきた。
ウンウンと頷くモースキー組の一同。
『あ、もしかして他の面子もそっちの不安?』
俺はてっきり輸送機で飛ぶのが怖いんだと思っていたんだが。
ルベルスの世界の住人であるなら充分にあり得る話だ。
高層ビルとかないもんな。
この様子だと、どうも違うらしい。
確かに何処へ向かうとは一言も告げてはいない。
物資や馬を積み込んだ輸送機は垂直上昇しただけだし。
何処に飛び去ったかまでは分かるまい。
モースキー組の面々が視認できなくなったであろう頃合いを見計らって転送したからね。
行き先が分からなければ、そりゃあ不安にもなるか。
「ちょっと君らのとこの王都まで」
ギョッとした表情が一斉に向けられた。
『あー、それを心配していたのか』
現状は捕虜扱いだからな。
王都へ連れて行かれれば引き渡しの要求があるはずだと思っているのだろう。
俺にそんなつもりはないけどな。
交渉などするつもりはないのだ。
まあ、向こうも同じだろう。
一方的に要求するだけなのは目に見えている。
戦えば必ず勝つと確信しているだろうし。
発掘品のゴーレムがあるからな。
連中にとっては切り札かもしれないが、いかにも安っぽい。
3メートル級の標準品って感じだからな。
今回、連れて来なかったベル婆たちでも安心して任せられる程度でしかない。
数だけはそろっているようだがね。
乗り込まないと使えない上に魔力が多くないと動かせない欠点があるから意味ないけど。
仮にすべてが稼働しても、何の不安もない。
片付けるのに時間が余分にかかるだけだ。
『あー、ベル婆たちなら美味しい感じの経験値になったかもな』
新規国民組ならそこそこ稼げたかもしれない。
言い換えれば、その程度でしかないのだ。
今回の面子にとっては雑魚でしかない。
とはいえ、モースキー組には知る由もないことだ。
「心配しなくても身柄を引き渡したりはしない」
「では、何故です」
食い下がってくるシュワちゃん。
俺が何を意図しているのか分からないことには安心できないのだろう。
「何故って、分からんか」
「はい」
まあ、隠すことでもない。
「エーベネラント王国は宣戦布告もなく戦争を吹っ掛けられたんだぞ。
このまま何もせずに引き下がっては、向こうの連中に舐められるだけだと思わんか?」
「まさか……」
意外な言葉を聞いたとばかりに驚きを見せるシュワちゃん。
仰け反ってすらいるんですがね。
そこまで驚くとか、俺の方が驚きだわ。
「まさか、何だ?」
「王都に攻め入るおつもりでは?」
恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「少し違うな」
当たらずとも遠からずといったところか。
「え?」
「攻め入るのは城だけだ」
国民の被害は最小限に止めないといけない。
戦後処理でカーターの苦労が増えることは避けなければならない。
「城だけ結界で隔離して攻め落とす」
故にこういう特殊な城攻めをする。
毎度のことだけど、これ大事。
「「「「「なっ!?」」」」」
シュワちゃんだけでなく他のモースキー組までもがそろって驚きの声を上げた。
「無茶です!」
愕然としたまま固まってしまったモースキー組の中でシュワちゃんだけが言い放つ。
「城内には古代遺跡から発掘された多数のゴーレムが常駐しているんです」
必死な様子で力説してくる。
あまりの剣幕に他のモースキー組はキョトンとしているんだけどな。
どうやらゴーレムのことを知っているのはシュワちゃんだけのようだ。
他の面子は王城を攻め落とすイメージが湧かなかっただけなんだろう。
「問題ないな」
「な……」
短くそう漏らしたきり固まってしまうシュワちゃん。
俺が即答するとは思っていなかったのだろう。
背後ではトモさんが「関係ないね」とか言ってる。
俺の「問題ないな」をもじったようだけど……
『もしかして昔の刑事ドラマの台詞か?』
芸人の物真似で有名になったやつだ。
実際には該当のシーンなんて1回しかないんだけどね。
まあ、そちらはスルーだ。
「そのゴーレムで亜竜と戦えるか?」
それでも俺が続けて問いかけると、すぐに我に返ったが。
「い、いえ……」
どうにも歯切れが悪い。
何分くらいもたせられそうか聞いてみたものの答えられないようだ。
「その、亜竜と相対したことがありませんので……」
「あー、それな」
質問が悪かったようだ。
「ならばオーガと戦ったことはあるか?」
「はっ、はい! ありますっ」
今度はビシッと直立になって答えていた。
シュワちゃんの後ろに控えているモースキー組がざわついている。
『何だ?』
「スゲえ、あんな化け物と戦ったことあるのか」
「騎士様となるとオーガとも戦わなければならんとはな」
「さすが隊長だ」
「おお、そうだな」
「俺らにゃ無理だべ」
「んだな」
シュワちゃんの株がグングン上がっている。
オーガと戦ったことがあるというだけで、この有様だとは思わなかった。
本人はかなり顔色を悪くさせているんだけどな。
勝敗のほどは不明だが死にそうな目にあったのは間違いあるまい。
『今の顔面蒼白な状態を見られなくて良かったな』
モースキー組の先頭に立っているため、背後の面々から顔を見られずにすんでいる。
見られてしまうと「ああ……」という感じで皆も察しただろうしな。
運のいい男である。
「ならばオーガとは比べられるだろう?」
「は、はい……」
肯定の返事はしたが、どうにも頼りなげだ。
多分そうだと思うといった雰囲気がありありと感じられた。
「おそらくはオーガと互角かと」
そう言ってから首を捻った。
自分の発言に疑問を感じているかのようだ。
「いえ、ゴーレムの方が防御力の面で有利だと思います」
「圧倒的に有利って訳ではないんだな?」
「そこまでの差はないはずです」
そう答えてから──
「私個人の見立てでしかありませんが……」
自信なさげに付け足した。
「では、オーガを瞬殺できる性能はないだろう?」
「は?」
何を言ってるのか聞き取れなかったかのような反応だった。
絵に描いたようなポカーン顔をしているシュワちゃんである。
とはいえ次の瞬間には理解が及んだらしく──
「いっ、いえっ、失礼しましたっ」
慌てて取り繕おうとしていたけどな。
「一方的に圧倒するほどの差はないはずです」
「そうか」
それが分かれば充分だ。
「だったら尚のこと問題ない」
「それは、どういう……」
意味なのかと問おうとしたのだろう。
しかしながら、シュワちゃんは最後まで言い切ることなく絶句した。
まさかと言わんばかりに驚愕を顔に張り付けている。
「エーベネラント王が雇った傭兵は全員が一騎当千の精鋭だ」
俺の言葉に、シュワちゃんが目を見開ききった状態で固まってしまった。
俺たちミズホ組がオーガを瞬殺しうる存在だと理解したようだ。
察しが良くて何よりである。
本当はオーガ程度では何の問題もないと具体的に言いたかったのだが、そこは控えた。
シュワちゃんでこの反応だもんな。
モースキー組ならパニックになりかねない。
まあ、城に乗り込んでからパニックを起こす恐れはあるんだけどさ。
「そう……ですか」
シュワちゃんの返事には不自然な間があった。
背後に控えるモースキー組のことを気にしたが故だろう。
自分の気付いたことを部下たちに悟られやしまいかと冷や冷やしていたものと思われる。
パニックを起こさぬよう気を遣っている様子がうかがえた。
「まあ、じきに分かることだ」
「はあ」
背後を気にしすぎるあまりシュワちゃんは生返事をしている。
「到着すれば嫌でも目の当たりにするんだからな」
「はあ」
やはり生返事である。
が、2回目の生返事は背後を気にしてという感じが薄い。
もしかすると今日中に到着するとは思っていないのかもしれないな。
『既に飛んでいるんだがなぁ』
というより結構な距離を飛んでいたりするのだが。
国境の緩衝地帯など遥か後方だ。
さすがに数分でモースキーの王都モースランドに到着とはいかないがね。
やろうと思えば不可能ではないけれど、それは刺激が強すぎるだろう。
気が付けば王都に到着していたなんてモースキー組には悪夢に等しいかもしれない。
何日もかけて移動してきたはずが、わずかな時間で戻ってしまうのだから。
しかも移動した感覚は皆無というのがな。
そういう感覚がないのは仕方ない。
今もまったく揺れていないからだ。
ハッチを閉じた直後に離陸を開始したが、誰も気付かなかった。
その時ですら、まるで揺れることがなかったせいだ。
もしかすると現実として受け止め切れない恐れもある。
幻覚を見ているなどと思い込みかねない。
え? 大袈裟だって?
俺もそう思いたいけど、断言はできないんだよな。
既に色々と非常識なところを見せているし。
錯乱する恐れすらある。
少し時間的な猶予がほしいところだ。
到着直前まで意識させないのが、いいんじゃないだろうか。
読んでくれてありがとう。




