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1408 スカウトも楽じゃない

「考える時間をいただけませぬか」


 俺がスカウトの言葉をかけたシュワちゃんの返答がこれである。


「ああ、構わない」


 即答など要求してはいない。

 あとになって気の迷いだったと言われるよりは熟慮した方がいいに決まっている。


「それと迷いを残しそうなら断ってくれ」


「ですが、それでは……」


「俺は誘いをかけただけだ」


 無責任と言われてしまうかもしれないが。


「無理強いはしたくないんだよ」


 俺の気持ちを伝えるつもりで言ってはみたのだけれど。


「……………」


 シュワちゃんの返事がない。

 ただ、考え込む感じではなさそうだ。

 俺の方をジッと見て次の言葉を待っているように見受けられる。


 どうやら言葉が足りないらしい。

 真意をはかりかねているといったところだろうか。


「理由があろうがなかろうが乗り気じゃなければ意味がない」


 違うか? と目で問いかける。


「……………」


 まだ返事がない。


「前に進むなら悔いなく心残りなく、だ」


「……………」


 やはり返事はなかったが、少しだけ変化があった。

 一瞬だがハッとした表情を見せたのだ。


「……悔いなく心残りなく」


 俺の言葉を反芻するように呟く。

 そして俺との対話が終わらぬ間に沈思黙考し始めた。


 無意識なんだろう。

 生真面目な男だというのは分かっているしな。


 俺の言葉がよほど響いたか。

 話している相手を無視する格好になるが、そこは失念しているものと思われる。


「充分に考えるといい」


 俺がそう声をかけると……


 ガバッ


 凄い勢いで直立姿勢になった。

 かなり慌てた様子を見せている。


「申し訳ありません!」


 まるで鬼軍曹にしごかれている新兵のようだ。

 ああ、あっちは「サー、イエッサー!」しか言わないんだっけか。


 とはいえリアルな軍隊を知っている訳じゃない。

 映画の中の話だから誇張はあるだろう。

 にもかかわらず、それを想起するということにシュワちゃんの慌てぶりがうかがえる。


「いや、気にしなくていい」


 思わず苦笑させられてしまったさ。


「別に俺の部下って訳じゃないんだし」


「ですがっ」


 当人は納得できないようだ。


「何を意固地になってるか知らないけど、さっきの俺やカーターみたいになりたいか」


 思い出すだけで恥ずかしい。


「ハルト殿、思い出させないでくれるかな」


 カーターも苦情を言ってくるくらいだ。

 まあ、照れくさそうに苦笑しながらではあるが。


「スマンスマン」


 未だにお互いダメージが残る状態だとは……

 如何にやらかしていたかが分かろうというものである。


「こんな具合にはなりたくないだろ」


 シュワちゃんに言うと、物凄く気まずそうな顔をされてしまった。

 それで更に精神的ダメージを受けたさ。


 大人しく引き下がってくれたから良かったけど。


「とにかく、じっくり考えて結論を出してくれるか」


「はい」



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 その後はモースキー組への面談を行った。

 ただ、これについては奥さんたちに任せたけどね。

 兵士でなくなったらどうするかの確認だけだし。


 うちに来ることになるなら学校で教育することになるけど。

 来ないなら、何か職に就かなければならない。


 商人や職人という選択肢は難しいだろう。

 あとで確認したところ修行の期間が中途半端な者が多かったのだ。


 半人前の状態で徴兵されて兵としての訓練を受ける日々。

 数年もの時間を潰してしまった現状では修行のし直しも難しい。

 どの店や工房も受け入れてはくれないだろうからな。


 成人しても半人前に劣るような状態では見込みなしと見なされるようだ。

 そういうのは西方人にとって、とても恥ずかしいことでもあるらしい。


 それに従業員や弟子の候補は彼らだけではない。

 競争相手となるのは未成年だが、兵士たちの方が不利である。


 見込みなしと最初から見られている者たちより可能性を秘めた新人ってことだな。

 若い方が飲み込みがいいという固定概念が西方で定着しているせいだ。


 そうなるとハードルはドンドン上がってしまう訳で。


『こんな所でも就職氷河期を見せつけられることになるとはな』


 モースキー組が捨てられた子犬と重なって見えてきた。

 せめて一人前になってから徴兵されていたならと思ってしまう。


 ブランクがあっても独立は不可能ではなかったかもしれないからな。

 少なからず支援する必要はあるとは思うが半人前の状態よりはマシなはず。

 現状のままだと八方ふさがりに近いからな。


 かといって国民でもない者たちを俺が教育するのも変だし。

 ビルのように友人でもないからな。


 モースキー組にとっては、どうにもならないほど厳しい状況だ。

 せめて何か妙案があれば良いのだが……

 そんな風に考えていた俺は──


『ん?』


 ふと思い出した。

 ゲールウエザー王国で職人が不足気味だったことを。


『毛皮職人だったよな』


 業種的にはかなり狭いのだが。

 成り手が極端に少ないことを考えると業界的にも選り好みはできまい。

 状況が大幅に改善したという報告は入っていないからな。


 職人の卵を育成するため、うちも協力しているのだ。

 具体的に言うとジェダイトシティに修行に来ている面子がいる。

 これはゲールウエザー王国から報酬をもらっているので無償ではない。


 故に放っておいても情報は入ってくるって寸法だ。

 それによると状況は芳しくない。


 焼け石に水とは言わないが、職人の絶対数が不足している。

 国土が広くて人口が多いのが災いしているな。

 職人の成り手が足りていない状況だ。


 これならモースキー組でも入り込む余地はあるだろう。

 修行を彼らの地元で行わないというのも追い風となる。

 ジェダイトシティでなら偏見の目にさらされたりはしないからな。


 問題は畑違いになることだが。

 そんな贅沢は言っていられまい。


 半人前で放り出されたも同然な上に長いブランクもある。

 ド素人よりマシな状態と言っていい。


 どう考えても一から修行のし直しになるだろう。

 こうなってくると畑違いかどうかなどは関係なくなってくる。

 強制はできないがね。


 それでも声をかければ乗り気になる者は多いだろう。

 選り好みはできないと分かっているだろうし。


 そうなった時はクラウドに話を通さねばならなくなるか。

 モースキー組の意向を聞いてからにはなると思うけど。


 断られた時のことも考えないといけないし。

 考えることが多すぎる。

 これはモースキーの王侯貴族を締め上げてからにした方が無難か。


 胆力があるはずのシュワちゃんでさえ動揺させてしまっているのだ。

 モースキー組ならば更に酷いことになりかねない。

 その状態で敵の本拠地に乗り込むのは嫌なものだ。

 集団パニックを起こされて彼らの中から犠牲者が出たんじゃ目も当てられないからな。


 これは問題の先送りではない。

 俺が面談しなかったこととも関係していない。


 ちゃんと別の仕事をしていたからな。

 まずは物資の整理。

 トモさん夫婦と人魚組とで手分けして分類していく。


 え? 子供組は何をしているのかって?

 馬の監視と護衛を兼任してもらっているさ。


 人魚組が抜けた穴はマリカとシーダがフォローに入っている。

 頭数は少なくなったが、子供組や幼女モードになっているマリカは楽しそうだ。


 シーダは馬の背を飛び回って牧羊犬ならぬ牧羊猫気分を味わっているっぽい。

 こちらも御機嫌のようなので、俺の方から口出しすることもない。


 同じ種類の干し肉の入った樽を積み上げていると──


「さすがに多いね」


 カーターが声を掛けてきた。


「しょうがないさ。

 軍隊を何日も動かすんだから」


「それは分かるけど、輸送機に積み込めるのかい?」


 もっともな疑問を口にするカーター。

 物資を積み込めば馬を乗せられなくなる。

 モースキー組の入る余地だってないのは誰の目にも明らかだからな。


 それ以前にすべての物資を積み込むことさえ難しいように見えるだろう。

 本当は空間拡張の魔法がかけられているので、そんなこともないんだけど。


「乗ってきた輸送機に普通に積み込むなら無理だな」


 モースキー組に見せる訳にもいかないから返答はこんな格好になってしまう。


「じゃあ、どうするんだい?」


「こうする」


 大きな光の魔方陣を展開してそれらしく見せつつ追加の輸送機を次々に引っ張り出した。

 同時に認識阻害もかけて馬たちを怯えさせないようにするのも忘れない。


 モースキー組にはそこまでの配慮はしないがね。

 人間は慣れてもらわないとな。


 これから城に乗り込んで派手にやらかすつもりだから。

 ショックに耐性をつけてもらわないと。

 そういう意図があったのだが、どうなったのかというと……


「「「「「──────────っ!?」」」」」


 大きな声で悲鳴を上げることだけはなかった。

 まあ、及第点ギリギリっぽいけどな。


読んでくれてありがとう。

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