1399 ダイビーング!
「さて、それじゃあ行きますか」
「「「「「はーい」」」」」
俺の呼びかけに子供組が手を挙げながら元気よく返事をした。
同行予定の人魚組は頷きで応じている。
応答が統一されていない。
このあたりはユルユルと言っていいだろう。
それを咎めるようなことはしない。
する者もいない。
精鋭ではあるけど軍隊じゃないからね。
「んー」
カーターが首を傾げている。
「もしかして着陸しないのかな?」
もしかしなくても着陸はしないつもりである。
「する必要あるかい?」
カーターたちを安全圏に退避させておかなきゃならんからな。
着陸してハッチを開けたら向こうさんが乗り込んでくる恐れだってあるんだし。
滅多なことではそうならないとは思うけど。
ただ、そのあたりは向こうの生き残り指揮官しだいで変わってくる。
乗り込めても、どうにかできる訳ではないんだけどね。
それでも面倒ではあるのだ。
「無いだろうね」
カーターが苦笑しながら答えた。
シンプルに片付けるなら、それが一番の方法だと察したようだ。
制圧する面子だけで飛び降りれば、すぐに方がつくもんな。
カーターには今まで色々と見せているから分からないはずがない。
そんな訳で必要最小限の面子だけで効果の準備に入る。
俺も席から立ち上がった。
一応だけど、俺も行くことにしたからね。
「おや、彼女たちだけを行かせるんじゃないのかい?」
俺の気が変わったのかとカーターが聞いてきた。
「殲滅戦をするなら、それで充分なんだが」
「ああ、なるほど。
降伏勧告をするんだね」
カーターは察しがいい。
「それくらいは責任者がやらないとね」
現場の責任者として話をする必要があるかなって思ったのだ。
え? この戦争における責任者はカーターだろって?
最高責任者はな。
エーベネラント王国の王様なんだから、それは当然のことだ。
しかしながら、本来であれば最前線に出てくることもなかっただろう。
向こうの指揮官だって、侵攻する相手国の王様がヒョコッと現れれば驚くはず。
というか、信じない恐れだってある。
極秘の侵攻作戦なんだしな。
それを察知されているとは思わないだろう。
まして、それに対応していきなり王が出張ってくるなど想像さえしていまい。
その点、俺は傭兵として雇われた現場責任者である。
これ以上の適任はいない……こともないか。
護衛騎士をまとめる隊長ヴァン・ダファルがいるからな。
まあ、カーターの護衛で残るから適任かどうかは別にして俺しかいない訳だ。
向こうが俺のことを単なる傭兵隊長としか見なかったら面倒なことになりかねないがね。
有り体に言ってしまうと徹底抗戦もあり得る訳だ。
向こうだって何の戦果もなく撤退して無事でいられるとは思っていないだろうし。
その時は力尽くでやるしかあるまい。
極めて脳筋的発想ではあるが、その方がシュワちゃんたちのためでもある。
今のままでは確実に責めを受けるのだ。
侵攻軍はほぼ全滅したのにおめおめと帰ってきたのかってな。
完全勝利すら目論んでいた上の連中からすれば、あり得ない結果である。
嫌みを言う程度では終わるまい。
シュワちゃんたちには同情を禁じ得ないというものだ。
ならば俺たちの軍門に降った方がよほど楽であろう。
捕虜の引き渡しなんてするつもりはないからな。
逆に捕縛する側に回ってもらう予定だし。
それなりに大変だとは思うけど、捕虜であるから深く悩む必要はない。
シュワちゃんたちも気が楽だと思う。
え? シュワちゃんとは誰かだって?
そんなの1人しかいない。
モースキー軍の生き残りを指揮する指揮官のことだよ。
不死身のサイボーグを演じたアノールタド・シュワルベ似のオッサンだな。
だからシュワちゃんだ。
誰が言い出したか知らないが、日本だと定着してしまっているからな。
ルベルスの世界じゃ誰のことやらサッパリなんだが。
いい年したオッサン相手にこんな呼び方したらキレられるかもしれん。
それ以前に自分のことだとは思わないか。
元日本人組にしか分からないようなネタだし、雰囲気から察することもなさそうだ。
まあ、リアルでそんな呼び方するつもりもないけどさ。
「ハルト殿が一緒かー」
カーターが生暖かい目をして俺を見てくる。
「何だよぅ」
「いやいや、深い意味はないんだよ」
なんて言ってるけど微妙に笑みを浮かべている。
そのまま笑みが深くなればニヤニヤした感じになりそうだ。
大方、過保護だとか何とか思っているのだろう。
とうとうミズホ国民以外からもそんな風な目で見られるようになってしまったさ。
実に居心地が悪い。
言うまでもなく皆も似たような視線を送ってくるもんね。
まあ、ミズホ組は仕方ない。
いつものことだからな。
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輸送機のハッチを開放。
「準備はいいか?」
「「「「「ィヤー!」」」」」
子供組がノリノリで返事をする。
何故か返事の仕方が軍隊っぽいノリだ。
決して「嫌」ではないと思う。
確かYESの略式がYEAHとかYAHじゃなかっただろうか。
ミーニャだけは「ニャー!」と言っているように聞こえたけどな。
何であれ紛らわしいったらありゃしない。
おそらくは動画で戦争物の映画とかを見た影響だろう。
多分そのうち飽きるだろうから特に注意はしない。
「こちらも全員オーケーです!」
人魚組を代表してヤエナミが返事をした。
「あー、はいはい。
それじゃあ降下開始ぃ」
緊張感のない掛け声で頭から突っ込むように飛び降りる。
両手を突き出せば飛び込み競技のように見えたかもしれない。
前が見えなくなるから、そんな真似はしないけどな。
それは追随してくる子供組や人魚組も同じである。
え? 空気抵抗で目が変にならないかって?
そんなの理力魔法か風魔法で弾けばいいだけだ。
特に減速もしない。
ギュンッと勢いよく降下する。
「ヒャッホーだニャー」
「ヒャッホーなのー」
「ヒャッホーだよー」
「「ヒャッホーですぅ」」
子供組がますますハイになっている。
『大丈夫かなぁ』
些か不安になるテンションだ。
思わず【多重思考】と【天眼・遠見】のコンボで降下中の皆を見てしまったさ。
ノリノリな子供組は実に楽しそうだ。
フリーフォールやバンジージャンプの気分を味わっているのだろう。
『遊びに行くんじゃないんだが……』
そうは思うが、ここで発散してくれるなら上出来だ。
というより、子供組は元よりそのつもりなんだろう。
降下した後は自重しなければならないと自覚しているからこそのノリだ。
この調子なら、地上でやりすぎることもなさそうである。
一方で人魚組は困惑の表情だ。
子供組のハイテンションぶりが理解の範疇を超えているといったところか。
『心配しなくても、あれは今のうちに発散しようとしてるだけだ』
人魚組たちに対して念話を飛ばしておいた。
そのまま喋っても、降下中の風切り音で声がかき消されるからな。
この距離じゃスマホでチャットとかするのも変だろうし。
なんにせよ、俺の説明で人魚組の面々も納得したようだ。
表情がようやく安堵した感じになった。
とはいえ悠長にしている訳にはいかない。
こうしている間もグングンと地面が迫ってくるからな。
タイミングを見計らう。
ちょっとインパクトのある着地をするつもりだ。
モースキーの生き残り連中を脅かしてやろうって訳だな。
最初の印象しだいで反応が変わるだろうし。
怪我をさせないようにだけ注意しておく。
『お、気付いたようだな』
モースキー軍の連中が騒ぎ出した。
右往左往する様が見て取れる。
ワーキャーと喚くのはどうなんだろう。
何でもない時ならば「本当に軍属なのか?」そう思ったに違いない。
さすがにショックを受けた直後のことだから、そこまでは思わないが。
弱めのバフをかけたくらいではメッキがはげるのが早い。
狼狽えていないのはシュワちゃんくらいのものだ。
轟々という風切り音の壁を突き抜けてくる怒鳴り声が聞こえてきた。
「静まれぇぇぇぇい!」
聞こえてきた声に思わず感動してしまった。
『おおっ、トモさんがこの場にいればなぁ』
好きな○○さんの1人、好きな月照さんの声にそっくりだったのだ。
言うまでもなくシュワちゃんの吹き替えを担当する伝田月照さん、その人である。
あとで音声ログを聞かせてあげよう。
そんなことを考えたが、必要ないか。
どうせシュワちゃんたちを連れて行くことになるんだし。
そうなれば嫌でも聞くことになるだろうからね。
だけど、やっぱり音声ログは聞きたがるかもしれない。
怒鳴った時の感じは本当にそっくりだと驚かされたからさ。
何にせよシュワちゃんの怒声は相応の効果があったらしい。
兵たちは狼狽えなくなった。
とはいえ、それが精一杯だ。
実はシュワちゃんも余裕がなかったとかではない。
単純に時間の問題だ。
モースキー軍が見守る中、次々に地面へと着地していく俺たち。
もちろん頭から激突なんて無様な真似はしない。
直前で前転しつつ風魔法で一気に減速。
ただし、完全には勢いを殺しきらず──
ドドドドドドドドドドドドン!
派手な音を立てて着地した。
もうもうと巻き起こる土埃が俺たちの姿を隠す。
煙いが、それは理力魔法で防いだ。
風魔法で吹き払うのはなしである。
これも演出だからな。
音もなく華麗に降り立つよりもインパクトがあるだろ?
自然のスモークですぐには姿を見せないのも謎めいた雰囲気を強調できるし。
これだけやれば侮ってはこないだろう。
たぶん……
読んでくれてありがとう。




