1397 生き残りをどうするか
「気丈な指揮官がいるなら話をする余地があるって訳だ」
壁面モニターに目を向けながらカーターに語り掛ける。
「あ、降りるのかい?」
カーターが俺の意図を読み取ってくれた。
俺の目線から推測したようだ。
「いきなり行くと混乱するだろうけどな」
苦笑を禁じ得ない。
どういう事態になるかは想像するのも容易かった。
ただし、何パターンか存在する。
これと決められないんだよね。
データがまるで足りてないから。
まず考えられるのは、上空から降り立つことで神かその眷属と勘違いされるパターン。
土下座コースか逃走かってところだろう。
指揮官は前者のような気がする。
いかにも武人って感じのオッサンだからね。
何か不死身のサイボーグを演じたアノールタド・シュワルベに似ているし。
髪の色は深緑だけどな。
このオッサンが土下座するとか、ちょっと考えづらいところはあるけれど。
ただ、意外と信心深くて真っ先にということもあるかもしれない。
何とも言えない訳だ。
いずれにせよ逃走だけはしないと思う。
あと、集めた生き残りは逃げそうだ。
今の状況にかなりビビっている。
天罰だの何だのと騒いでいたからな。
オッサンが一喝して黙らせたみたいだけど。
士気は最低状態なのは間違いない。
ちょっとしたことで散り散りになって逃げるだろう。
その時にオッサンが止められるかどうかが鍵だ。
次に考えられるのが、悪魔とか魔族に間違えられるパターン。
無いとは言いきれないんだよな。
人の姿をして空を飛ぶ存在を見て誰が普通の一般人ですと答えると思う?
神か悪魔かって想像するのがオチだ。
単純に考えるようにできてるからな、人間なんて。
どちらになるかは五分五分なんだろう。
悪魔側になれば、敵対コース確定だ。
少なくとも土下座はない。
オッサンは戦おうとするかもな。
どっちに転ぼうと兵たちは逃げる気がしてならないけど。
まあ、ここまでが過剰反応した場合だ。
混乱した状態が維持されたままだと起こり得る未来かな。
どちらにしても望ましくない。
故にそうならないようズルをするつもり。
事前に軽くバフっておく訳だ。
話も聞かずに土下座したり攻撃してきたりはしなくなるだろう。
あるいは一目散に逃げ出したりもしないと思う。
ただし、どういう反応をするかは未知数だ。
バフはとりあえず混乱しなくなる程度にしか掛けるつもりがないからね。
オッサンは、たぶんそれで冷静な判断ができるようになると思う。
兵たちは俺たちの登場によって再び混乱するんじゃなかろうか。
怪奇、空より降り立つ黒い影みたいな風に思われるかもしれん。
相応にプチパニック状態になると読んでいる。
そこから先が未知数なのだ。
敵対するか逃げるか、すべてはオッサンしだいである。
「どう立て直すかを見るんだね」
カーターはニッコリ笑った。
『これは分かっているな』
さすがはカーターと言うべきだろう。
目先の変化だけを見ずに考えている。
「そういうことだ。
向こうの対応しだいで、どうするかを決める」
「真面目な指揮官だと敵対する恐れもあるよ」
人数的には向こうの方が多いから否定はできない。
それに命令を受けて侵攻してきている訳だしな。
忠実に任務を遂行しようとするなら、どう動くかは微妙なところだ。
全滅したと言っても差し支えないほどの状態だから撤退しようとしているけど。
敵に発見されたとなれば口封じに動こうとすることも充分に考えられる。
さすがに、エーベネラント王国の領土内へ完全に入り込むような真似はすまい。
自殺願望があるなら話は別だが。
いや、あえて入り込むことはあり得るのか。
この状況だからこそ亡命する目的で越境してくることも考えるべきだ。
今の状態で帰還すれば無事ではいられないと読むだろうからな。
下っ端の現場指揮官とはいえ、今となっては最高責任者になってしまった訳だし。
詰め腹を切らされるなど充分にあり得る話ではないだろうか。
『上はどうしようもないクズどもだからな』
憂さ晴らし感覚でやりかねない訳だ。
そのあたりを考慮してオッサンが降伏前提の行動を取ったとしても不思議ではない。
妻子がいるなら難しいだろうがな。
敵前逃亡が万が一にも知られてしまったなら殺される。
言わば人質のようなものだ。
戦争に行く前から首根っこを押さえられているようなものである。
下の連中に魔道具を使っているような魔力の反応はない。
直に監視はされていないはずだが脅しの言葉くらいはかけられていても不思議ではない。
必ずとは言わないがね。
この侵攻作戦に反対していたとか。
日頃から反抗的だったとか。
そういう理由がない限りはやっていられないだろう。
出陣する全員にそんなことをするなど効率が悪すぎる。
ブラフだとしても手間がかかりすぎるからな。
元からクズの言うことを聞くような奴を脅してどうするのかって話でもある訳で。
そういう面倒なことはしたがらないだろう。
余程のことがない限りは。
「身内がいるなら尚更だね」
カーターも俺と同じようなことを考えていたようだ。
というより向こうの方が先か。
「そこは交渉しだいだろう」
「話に乗ってくるかな?」
カーターは少し難しいのではと言いたげな様子で聞いてきた。
「言ったろう?」
俺は不敵に笑いかける。
「向こうの対応しだいで、どうするかを決めるって」
事前に言っておいた言葉を再利用させてもらった。
「なるほど、そういう意味だったのか」
カーターは感心して頷いた。
些か誤解されてしまったようではある。
俺が最初から読み切っていたように思われてしまったが、そんなことはない。
ハッタリもいいところだったのだ。
まあ、誤解してくれるなら儲けものである。
わざわざバカ正直に訂正したりはしない。
今回に限って言えば、その方がいいような気がした。
嫌な予感とはまた違う別種の予感だ。
当たってくれるかどうかは俺にも分からない。
そうなるように最善を尽くすとしよう。
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チョロッとバフをかけると、シュワちゃん似のオッサンは明らかに様子が変わった。
それまでは生き残りを集めて一塊になるのが精々だったのだが。
バフ後は兵たちに指示を出して周辺を見回らせている。
決して単独にはさせない慎重さもあった。
「どうやら物資を回収するべく動いているようだね」
壁面モニターでその様子を見ていたカーターが言った。
「馬を集めて運ぶ気のようだ」
確かにカーターの言うような動きを見せている。
「無駄なことを」
「そうかい?」
「全部は無理だろ。
馬だって逃げ出してるしな」
訓練を受けた軍用馬でもファントムミストには恐怖を感じたのだろう。
本能には逆らえないってことだ。
元々は臆病な動物だからな。
耐えられなくなったら逃走するのは当たり前である。
そして、馬が本気で逃げればどうなるか。
馬の脚力で全力疾走されたら人間が後から追いかけても、どうにもなるまい。
日頃から馬に慣れ親しんでいる西方人なら容易に分かるはず。
それ以前に物資の総量からして考えるまでもないことなのだ。
輜重兼任の弓兵部隊が全体の4割近くいたからな。
補給することをロクに考えず侵攻するつもりだったようだ。
後続の部隊がないのがその証である。
そう考えると、通過してきた村落は最初から潰す予定だったのかもしれない。
目撃者を消すならついでにってことだな。
「だとしても可能な限り持ち帰りたいってことじゃないかな。
物資を無駄にすれば、指揮官だけじゃなく兵まで責任を取らされる恐れがあるよ」
「あー、それは考えなかったな」
真っ先に考えるべきことだろうに。
クズな上層部ならば人より物資を優先で考えても何ら不思議ではない。
むしろ、そういう方向へ話が流れていくと読むべきだ。
「どうあってもこれは助けるべきか」
ファントムミストで死ななかったことを考慮すれば、まともな連中だろうしな。
敵対するにしても、やむを得ない理由からと考えるべきだ。
この連中はあの世行きにはしないつもりだったが。
攻撃してくるなら痛い目を見せようとは考えていた。
電気ビリビリとか。
重力魔法で身動きを取れなくするとか。
理力魔法によるバンジージャンプとか。
無数のゾンビに囲まれるような幻影を見せるとか。
亜竜が襲いかかってくる幻影もありか。
色々と考えたがリアルで痛いのは電気ビリビリだけだな。
あとは息苦しくなったり縮み上がったりはするけど直接のダメージはないはずだ。
重力魔法はそうでもないか。
加減を間違えると物理的にダメージが入る。
関節とか骨とか。
場合によっては内臓……
『だあ─────っ、考えないっ、考えないっ!』
グロな感じになりそうなことは想像してはいけない。
重力魔法を使うのはなしだ。
俺の精神が持たない。
「予定変更かい?」
俺があれこれ考えている間にカーターが聞いてきた。
【多重思考】スキルがあるので平行して答えるくらいどうということもない。
もう1人の俺を呼び出すまでもないことだ。
「まあね、それしかないと思う」
俺は嘆息した。
「如何なる理由であれ敵対するなら痛い目くらいは見せるべきかと思ったんだがな」
「敵対しない場合は?」
「連れて行って、バカ貴族どもを締め上げるのを手伝わせる」
「なるほど、なるほど」
カーターが頷きながら楽しそうに笑った。
「行動で本気かどうかを確かめようというんだね」
「予定ではそのつもりだったんだがな」
「ああ、そうだった。
予定変更したんだよね」
「面倒だから力尽くで敵対させない。
潰すのは王城で踏ん反りかえっているクズ共だけで充分だ」
読んでくれてありがとう。




