1389 ミーティング
モルトの表情が渋いままだ。
「人員の入れ替えもマズいような気がしますね」
もっともな懸念だと思う。
え? 今更?
モルトも危険は承知していただろうさ。
予測もしていたはず。
とはいえ、読み切れなかった部分があるのだろう。
仮に読み切れたとしても決断は変えなかったとは思うがね。
誰も見捨てない。
その決意がモルトから感じられたから。
いや、他の店長候補たちもそれは同じだろう。
事前に危険性はあることを説明されていたからな。
主に横暴な貴族からのアホな要求が入るなどのトラブルについてだったが。
「すみません。
ちょっと失礼します」
モルトが席を離れ、再び候補者たちとのミーティングを始めた。
『俺も対応すべきかな』
とりあえず今回の遠征メンバー全員にスマホで呼びかけてみた。
ウィスパーのグループチャット機能であるGミーティングはこういう時にこそ使わねば。
[緊急かもしれない事案発生?]
[どうして疑問形なの?]
すかさずミズキからツッコミが入った。
[どうせ大したことないのよ。
逃げ口上のための布石でしょ]
マイカは辛辣である。
モフモフを奪われたままなのがお気に召さないらしい。
かといって自動人形だと納得しないしな。
温もりが違うだの、毛づやがリアルじゃないだのとブーブー言うのだ。
どれだけクレームに対応しようとも、それは変わらない。
結局、本物にはどう足掻いても敵わないのだ。
だからといってリアルなモフモフを与える訳にはいかない。
反動が凄いことになるのは目に見えているからな。
最初から与えなければ発作も起きないが不満は溜まるといったところだ。
微妙なバランスの上に成り立っている。
どうにか他のことで発散させないと面倒なことになりそうだ。
[いや、こういう時のハルさんはセーブしてると思う]
トモさんがそんな発言をした。
[どういうことでしょうか?]
フェルトが疑問を投げかける。
[ショックを与えないために控えめな表現にしたってことじゃないかしら]
俺の代わりにエリスが答えた。
間違っていないので俺からはノーコメントだ。
[疑問形が控えめな表現になるのでしょうか]
マリアがツッコミを入れてくる。
[不器用なハルトさんらしいですよ?]
クリスがすかさずフォローコメントを入れてくれた。
フォローになっているのか微妙なところだが。
[それで緊急の事案とは何じゃ]
ガンフォールが参戦してきた。
何故か湯気アイコンがコメントに付けられていたけど。
風呂に入りたいアピールじゃあるまいし。
[もしかして蒸気アイコンと間違えてません?]
そんな風に聞いてきたのは人魚組のヤエナミだ。
湯気アイコンが蒸気アイコンだったらと想像してみる。
[確かにそれだと怒って急かしているように見えるかもしれないな]
同じく人魚組のナギノエが誰よりも先にコメントしていた。
[あー、そーいうことだったんですかー]
Gミーティング上でも喋っている時と同じようなおっとりぶりを見せるマリナミ。
それは、まあいい。
次のコメントが意味不明であった。
[○]
クノミカが1文字だけ入れてきたのだ。
『なんだ、これ?』
普段から口数は少ない方だが、Gミーティング上だと凄いものだ。
徹底されているというか何というか。
どういう意味か理解するのに苦労させられる。
今のところサッパリなんですがね。
それならコメントしなきゃいいのにと思わなくもないんだが。
[ガンフォールさん、使うアイコンを間違えたんですね]
ユリノエは特に疑問を持つこともなく普通にコメントを入れてくるし。
古くから付き合いがあると理解してしまえるから普通に流せるのだろうか。
マイカのモフモフ発作の具合をミズキが読むような感覚なのかもしれない。
とにかく人魚組は分かっているらしい。
地味子ことアスカミも普通にイラストを張り付けてきたしな。
こちらは見ただけで理解できるので助かる。
ちなみに描かれていたのは銀髪でミズホ服を着た2頭身キャラだ。
ローズらしきチビキャラも背後霊のように張り付いている。
どちらも笑顔でサムズアップしていた。
もしかしなくても俺のデフォルメキャラなんだろう。
『いつの間に……』
絵を描くのが旨いとは思っていたが、こんなに素早く描けるものだろうか。
あとで確認したら特級スキルの【イラスト職人】をゲットしてたよ。
熟練度も85とベテランクラスだったし。
それこそ「いつの間に」と言いたくなったさ。
だが、お陰でクノミカのコメントの意味が理解できた気がする。
[もしかしてなんだが、クノミカは納得したという意味で1文字コメントしたのか?]
ツバキが聞いていた。
俺と同じように疑問に感じていたようだ。
[○]
[だから、それでは分かりにくいのだ]
返事まで「○」であったことにツバキが抗議する。
[まあまあ、いいじゃないですか]
カーラが取り成している。
クノミカが、お辞儀アイコンを入れてきた。
[ごめんなさいだってよ]
ここで俺がコメントを入れると、ツバキは引き下がったらしくコメントしてこなかった。
[ところでガンフォールよ、間違えたということで良いのじゃな]
シヅカがそれた話を戻しにかかる。
[そうじゃ]
割とあっさり肯定するガンフォール。
[すまぬな。
こういうのは扱いに慣れなくてのう]
今度は土下座アイコンを入れてきた。
どうやら無理にでも使って慣れようとしているようだ。
その割にチョイスが微妙なままである。
間違えた直後だから選択を誤らないよう確実なのを選んだみたいだな。
その分、大袈裟になってしまったけど。
[親父殿、年甲斐もなく無理なことをしなくても良いのでは]
そのコメントの直後に──
[★◎λ×#$‰!]
という出鱈目な入力でコメントされた。
どちらもハマーのものなんだが……
[何事だ?]
[こちらはこういう状況です]
ボルトからアイコン付きでコメントが入った。
拳骨と火花のアイコンだ。
それだけで1号車にて何が起きているのか理解するには充分であった。
頭を抱えて悶絶するハマーの姿が目に浮かぶようだ。
その時に結果として無茶苦茶な入力をしてしまったのは想像に難くない。
なんにせよハマーのコメントは余計な一言だった訳だ。
せめて口で呟くだけだったなら違う結末もあったかもしれない。
『Gミーティング上でわざわざ公表されちゃあ、どうしようもないよな』
既に恥ずかしい思いをしてるのに倍増する勢いで上塗りされるのだ。
他の相手ならともかく、遠縁にあたるハマーに対しては遠慮もしないだろう。
逆もまた然り。
互いに遠慮しなかったが故の結果である。
『もう少し空気を読めよな』
人のことは言えないと思うが、ハマーよりはマシだと思う。
普通は無遠慮に言う必要のないことを公表したりしないだろう。
地雷原に自分から突っ込んでいったようなものだ。
そこまでやらかした以上、同情する気もないけれど。
[何にせよ、早く話を進めろというリクエストは了解した]
そう断ってから話を続ける。
モースキー王国で何が起きようとしているか。
現状で分かっていることを説明していく。
[今度も戦争だ]
トモさんが途中でそんなことを言い出した。
[今度もって何よ]
すかさずマイカのツッコミが入るし。
[何処かで聞いたような台詞だね]
ミズキはマイペースでコメントを入れている。
[そんな暖気なことを言っている場合ですか]
指摘したのはエリスだ。
戦争がらみの話となると茶化すつもりはないようだ。
[状況はどうなっていますか?]
マリアが聞いてくる。
俺が先に調査を始めていない訳がないと思い込んでいるようだ。
『いや、事実だけどさ』
侵攻軍がどのあたりにいるかは既に掴んでいる。
モルトとの話が終わった直後から調査を進めていたのだ。
[あー、これがリアルタイムの状況な]
そう言って上空から撮影している映像を流す。
[空中空母を派遣したんですね]
クリスの言う通りである。
毎回、自動人形で偵察していたのでは芸がないからな。
え? 使うの忘れていただけだろって?
そうとも言う。
そうとしか言わない、というツッコミは禁止だ。
[大きいドローンですね]
代わりにと言ってはなんだが、そんなツッコミを入れてきた者がいる。
カーラだ。
『これ、マジコメントだよな?』
嫌みとかではないのは分かるんだが、それでもドキッとするタイミングである。
あまり心臓によろしくない。
[たまたま近くにあったからな。
自動人形を送り込むより楽だったんだよ]
[本当かなぁ?]
マイカが意地悪なツッコミを入れてくる。
[そんなことより下の様子を気にした方が良いのではないか]
[そうでした]
ツバキの指摘にカーラが同意する。
マイカも深くはツッコミを入れる気がないらしく追撃はなかった。
[主よ、場所は何処じゃ]
シヅカが聞いてきたので地図情報も提供する。
[これは大胆なことをしますね]
エリスが苦笑のアイコン付きでコメントしてきた。
[北へ向かっていたのでは?]
[逆方向ですよね]
疑問を呈するマリアに追随するクリス。
確かに疑問はもっともだ。
モルトの情報によれば北へと侵攻するはずの軍が南下しているのだから。
[だから侵攻が遅れているんだよ]
モースキー王国は予定を変更したのだ。
でなければ、とっくに戦争が始まっていたことだろう。
連中はエーベネラント王国と戦争するつもりである。
読んでくれてありがとう。




